更新日 2024.11.05
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
公認会計士・税理士 城 知宏
「事業再生」の概要と、中堅・大企業によるスポンサー支援の方法等について記載します。
当コラムのポイント
- 事業再生とはどういったものか
- 事業再生におけるスポンサーの役割と支援の方法
- 事業再生の手続きの概略と情報収集
- 目次
-
前回の記事 : 第2回 経営者の責任~現実社会にあるドラマの世界~
外部環境の変化等によって、既存事業のみでは、従来の収益力を保つこと・伸ばすことが難しく、新規事業への進出を検討する企業も増えています。とはいえ、企業の収益の柱となりうる事業を生み出すことはそう容易ではありません。
ところで、スポンサー支援を検討しうる、中堅・大企業の側から見た場合に、窮境に陥った相手(事業者)であったとしても、事業という単位で切り出せば、十分に魅力を持っていることもあります。赤字だから、債務超過だからといって検討から除外するのではなく、そういった事業をM&Aで取得し、自社とのシナジーを生み出し、範囲の経済・規模の経済を企図した既存事業との水平・垂直の統合、ないしは多角化を企図した既存事業のリスクヘッジを試みるのはいかがでしょうか。
本稿では、事業再生を支える、もう一人のプレイヤーであるスポンサーの視点から検討することとします。
1.変化の激しい時代だからこそ、新規事業への参画を検討する会社が増えている
事業を取り巻く環境変化は日増しに早くなっており、最近ではAIの台頭によって、経済社会全体が大きな変化を迫られています。そのような中で、新規事業への参画を検討する会社も増えていますが、事業が安定するまで、相当な時間とコスト、経営者の情熱、関与する人達の不断の努力、時には運も必要かもしれません。そして、事業が安定した後でも、収益の柱となるような事業にまで成長するかどうかは不確実性が高く、そのような中で新規事業を立ち上げるには、会社にとってリスクの大きい意思決定と言わざるを得ません。
こういったリスクを極力減らすために、既に事業として整っている会社や事業をM&Aにより取得するという選択もあります。M&Aの手法としては、法人ごと譲り受ける(株式譲渡)方法や、事業のみを譲り受ける(事業譲渡、会社分割)方法、株式移転・株式交付等がありますが、一般的にM&Aの対象となる企業は、窮境状況にない安定した事業活動を行っている企業が相手となる、いわゆる平場のM&Aが多いと思われます。こうした平場のM&Aとは異なり、再生企業の事業のみを取得するという方法もあります。一般的には、再生企業をGood事業とBad事業に分け、Good事業のみを会社分割や事業譲渡で切り出して、これを取得します。下記にイメージ図を示します。
ここで、Bad事業はどうなるのか?「③残額は債権放棄」とはどういうことだ?返さなくてもいいなんて、そんなうまい話があるのか?と思われる方もいらっしゃると思います。取引金融機関等、再生企業の債権者から債権放棄を受けなければ事業が破綻する状況であれば、そのまま放置していても債権が回収不能になるだけです。破綻してしまう前に債権放棄することで破綻するよりも多くの回収が見込まれるのであれば、債権者にとっても債権放棄することに経済的な合理性があります。ただし、安易に債権放棄に応じることは、モラルハザードの問題もありますから、再生企業が債権者から債権放棄という支援を受けるために、一定のルールに基づいた手続きが複数用意されています。(手続きについては第4回でもう少し詳しくご紹介します)
2.再生企業へのスポンサー支援という手法
下記は、認定支援機関(注2)が実施した中小企業再生支援のうち、債権放棄案件における、自主再建・スポンサー支援別案件数の推移です。これを見ると、近年の中小企業再生支援は、4分の3以上がスポンサー型であることが解ります。
出典:中小企業庁:2022年度中小企業再生支援業務に関する事業評価報告書の提出を受けました (meti.go.jp)
スポンサーとなる企業から見れば、スポンサー(自社)が持つ顧客リストを活用した販売力の強化、購買力を活かした原価低減、資金力を活かした設備投資による生産効率の改善など、中小企業が持っていない経営資源を活用することで、劇的に収益性が改善する可能性はあります。具体的にこのようなシナジー(相乗効果)を発現する見込みがあるのであれば、再生企業が赤字や債務超過であることを理由に検討から除外するのではなく、スポンサー支援について検討の余地があるのではないでしょうか。
具体的な事例をお知りになりたい方もいらっしゃるかもしれませんが、私が実際に携わった案件のご紹介は、事案が特定されてしまうおそれがあるため、他の専門書や独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する事業承継・引継ぎポータルサイト(注1)などで事例を探してみてください。
3.お金を出して終わりじゃない(PMIの世界)
ところで、M&A、特に再生企業に対する支援の場合は、PMI(注3)が非常に重要であると言えます。元々自社とは異なる企業風土、文化、習慣、規則の中で発展してきた事業が、買収されて全く違う企業の一部門または企業グループに属した途端に、同じ目標に向かって進んでいくことは難しいでしょう。
以前、私は再生企業のスポンサー支援をすることになったある経営者の方に、「少なくとも週3日は支援先の会社に行ってください」とお伝えしたことがあります。同業の再生企業のスポンサー支援をされ、事業内容については熟知されていたにもかかわらずです。それはやはり、自社の企業文化と支援先の企業文化とを融合させ、より良い関係を築き、シナジーの発現に繋げていただきたいからです。もし、資金を拠出した段階でM&Aが完結したと判断されるなら、シナジーが発現するかどうかわかりません。
私が個人的に感じていることですが、赤字が何年も続いていた再生企業(およびそこで働く人)には、黒字になることや黒字になったことで起こる変化について具体的なイメージを持てていないケースがあります。例えば、スポンサーの支援により黒字が達成でき、その結果としてボーナスが支給された・金額が増えた等の実感をすることで、今までよりも前向きなマインドが生まれてくることもあります。生産効率が改善されて、残業時間が短くなり、ワークライフバランスが改善することもあるでしょう。こういった点でも、スポンサーの影響力(シナジー)が発揮されることもあります。
注1 事業承継・引継ぎポータルサイト
参考リンク トップ|事業承継・引継ぎポータルサイト (smrj.go.jp)
注2 「認定支援機関」・・・認定経営革新等支援機関の略称であり、中小企業経営力強化支援法に基づいて、中小企業庁および金融庁の認定を受けた、中小企業に対して専門性の高い支援事業を行う個人、法人等。
参考リンク 認定経営革新等支援機関 | 中小企業庁 (meti.go.jp)
注3 「PMI」・・・Post Marger Integrationの頭文字をとったもので、M&A成立後に行われる統合に向けた作業であり、M&Aの目的を実現させ、統合の効果を最大化するために必要なプロセスのこと。
参考リンク PMIを実施する | 中小企業庁 (meti.go.jp)
この連載の記事
-
2024.11.05
第4回(最終回) 事業再生の手続きと情報収集~再生企業に対するスポンサー支援への道と関与するプレイヤーとの関係~
-
2024.11.05
第3回 企業の事業展開と再生企業へのスポンサー支援~新規事業を生み出すのは簡単ではない。だからこそ再生M&Aの手法を~
-
2024.10.21
第2回 経営者の責任~現実社会にあるドラマの世界~
-
2024.10.07
第1回 事業再生~事業再生という言葉のイメージと実際~
テーマ
プロフィール
公認会計士・税理士 城 知宏(しろ ともひろ)
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
- 略歴
- 上場会社の経理課長として内部統制・連結決算、予算や有価証券報告書作成等、すべての経理業務を取り仕切ると共に、民事再生手続の申立てから、会社分割、清算までの全過程を自ら体験。独立開業後、事業再生を中心に業務を行っている。実務経験からのアドバイスが得意。
- ホームページURL
- 城公認会計士事務所
免責事項
- 当コラムは、コラム執筆時点で公となっている情報に基づいて作成しています。
- 当コラムには執筆者の私見も含まれており、完全性・正確性・相当性等について、執筆者、株式会社TKC、TKC全国会は一切の責任を負いません。また、利用者が被ったいかなる損害についても一切の責任を負いません。
- 当コラムに掲載されている内容や画像などの無断転載を禁止します。