更新日 2025.04.07
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
税理士・公認会計士 小形 剛央
資本コストの代表的な算定方法であるWACC(負債-株式の加重平均資本コスト)とCAPM(資本資産評価モデル)とはどのようなものか、コーポレートガバナンス・コードで求められている企業経営における資本コストへの取り組み方法について紹介します。
当コラムのポイント
- 資本コストは資金提供者である投資者を意識
- 資本コストに絶対的な正解は無い
- 大事なのは投資者との積極的な対話とアップデート
- 目次
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1.WACCとは
(1) WACCの定義
資本コストは、「自己資本(株式)コスト」と、「他人資本(負債)コスト」の2つに区分することができます。自己資本の提供者は「株主」であり、株主が株式に対して出資した金額に対して期待するリターンが「自己資本(株式)コスト」です。一方、他人資本の提供者は銀行借入及び社債の「債権者」であり、債権者が要求するリターンが「他人資本(負債)コスト」です。
自己資本コストと他人資本コストをそれぞれの構成比に基づいて加重平均したものが「加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)」です。加重平均資本コスト(WACC)は、企業側の視点から見れば、調達資金の総コストであり、株主及び債権者側の視点から見れば、事業全体の期待リターンを意味します。
(2) WACCの算出方法
企業の市場価値は、有利子負債の市場価値と株式の市場価値の合計です。有利子負債の市場価値は、その企業が健全であれば概ね帳簿価額(銀行借入金残高及び社債残高)と考えてよいでしょう。株式の市場価値は株価に発行済株式数を乗じた値です。
有利子負債コストは、銀行からの借入金利、社債の流通利回りなどが用いられます。株主資本コストは、一般的に「資本資産評価モデル(CAPM:Capital Asset Pricing Model)」にもとづいて算出されます。
2.CAPMとは
(1) CAPMの定義
株主資本コストとは株主の期待リターンですが、有利子負債コストと異なり直接的に把握することができないため推定する必要があります。投資家の観点から考えると、株式に対する投資は、国債などと比べるとリスクが高いです。国債などは債務不履行リスクがなく、安定的な利息収入が期待できるのに対し、株式リターンを構成するインカムゲイン(配当収入)は企業の業績に応じて増減する可能性が高く、さらにキャピタルゲイン(株価値上がり益)については株式市場の動向に応じて大きく変動します。したがって、投資家が株式に投資する場合には、国債のようなリスクのない証券に対するリターンにプレミアムが存在しなければ、株式に投資する者はいなくなります。株主資本コストの算出にあたっては、無リスクの証券に対して獲得できるリターンに追加的なプレミアムを推定します。
(2) CAPMの算出方法
リスクフリーレートは、無リスクの証券に対するリターンであり、10年物国債の利回りが用いられることが多いです。
ベータ値(β)は、当該企業の株価がどれほど株式市場全体の値動きと連動するか、その感応度を示しています。ベータ値(β)が1ということは、株式市場全体の値動きとほぼ同じ値動きであることを示します。ベータ値(β)が1よりも大きいということは、当該企業の株式の値動きは株式市場全体の振れ幅よりも大きいことを示しています。景気の影響を受けやすい企業や負債への依存度が高い企業は相対的にベータ値が高くなる傾向があります。逆に、ベータ値(β)が1よりも小さいということは、当該企業の株式の値動きが株式市場全体の振れ幅よりも小さいことを示しています。日用品や電力・ガスなど、生活に必要不可欠な製品・サービスを提供する企業はベータ値(β)が低くなる傾向があります。
ベータ値(β)は算出対象企業とTOPIX(東証株価指数)の過去における株式投資収益率を入手したうえで、統計ソフトなどを活用し、回帰分析を行うことで各自算出することができますが、企業情報を扱う機関や金融機関、各種情報サイトなどから入手することも可能です。例えば、イボットソン・アソシエイツ・ジャパンでは、Japanese Individual Industry Beta & DE Ratio Reportにおいて、CAPM型の回帰分析により推計した東証33業種別株価指数の実績ベータ値ならびにD/E比率(負債・資本倍率)を毎年公表しています。
株式市場全体のリスクプレミアムは、投資家が株式で自らの資金を運用する場合に、リスクのない資産に比べてどれほど追加的なリターンを求めるかを示します。株式市場全体のリスクプレミアは長期の実績株式投資収益率(TOPIX、Nikkei225などの市場インデックス)からリスクフリーレートを控除することで各自算出することができます。また、機関投資家に調査をする方法もあります。伊藤レポート(『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」)では、日本株に対して国内機関投資家は平均で6.3%、海外投資家で平均7.2%のリターンを期待していることを示しています。全体で8%のリターンであれば、9割前後の投資家の期待収益率をカバーできることが確認できています。株式市場全体のリスクプレミアムは、こうした期待リターンからリスクフリーレートを控除した率で設定できます。
今回は、WACC・CAPMの算出方法について解説しました。
次回は、企業経営における資本コストへの取り組み方法について解説します。
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プロフィール
税理士・公認会計士 小形 剛央(おがた たけひさ)
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
- 略歴
- 専門:企業会計(財務会計、管理会計)、戦略経営、事業承継
上場会社の会計顧問・税務顧問を基軸に、多数の中小企業の健全発展を伴走支援によりサポートしている。日本の課題である事業承継についても注力している。 - 著書等
- 『これだけは知っておくべき社長の会計学』幻冬舎
- 『いきなり事業承継成功読本』講談社
- ホームページURL
- ON税理士法人
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