更新日 2025.04.24
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
税理士・公認会計士 小形 剛央
資本コストの代表的な算定方法であるWACC(負債-株式の加重平均資本コスト)とCAPM(資本資産評価モデル)とはどのようなものか、コーポレートガバナンス・コードで求められている企業経営における資本コストへの取り組み方法について紹介します。
当コラムのポイント
- 資本コストは資金提供者である投資者を意識
- 資本コストに絶対的な正解は無い
- 大事なのは投資者との積極的な対話とアップデート
- 目次
-
1.投資者の視点を踏まえたポイント
東京証券取引所では、2023年3⽉、プライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しておりますが、上場会社の皆様の検討の参考にしていただくため、2024年2月(2024年11月改訂)に「投資者の視点を踏まえたポイント」、2024年11⽉に「投資者の目線とギャップのある事例」を公表しました。ここでは、その中から、「資本コスト」に関する部分を取り上げたいと思います。
(1) 投資者の視点から資本コストを捉える
投資者が認識する⽔準から乖離した株主資本コストを用いている事例があります。CAPMでは投資家の想定よりも低い値となることがよくあるため、その他の算出⽅式もあわせて用いることや、投資者に意⾒を聴くなど、投資者との目線にズレがないかを確認することが考えられます。
株主資本コストを推計する手法として、多くの企業ではCAPMが利用されていますが、その算出値はあくまでも⼀つの推計値です。株主資本コストは「投資者の期待収益率」であるという観点からは、必ずしもCAPM等のモデルを用いて算出すればそれだけでよいというわけではなく、資本コストの⽔準について、「投資者と認識が揃っているか」ということがポイントとなります。
こうした投資者との共通理解を醸成するため、たとえば、
- ① 自社で認識している資本コストの⽔準と併せて、算出に用いたモデル・パラメータを開示
- ② 複数のモデル・パラメータを用いて分析
- ③ 説明会や面談を通じて、投資者に自社の資本コストの⽔準についてヒアリング
などを⾏い、投資者の視点から資本コストを把握することが期待されています。
(2) 資本コストを低減させるという意識を持つ
中⻑期的な企業価値向上の実現に向けては、資本コストを上回る資本収益性を達成したうえで、その差(※)を拡大させていくことが必要となります。こうした観点からは、単に資本収益性の向上に取り組むだけではなく、資本コストを低減させる取り組みも期待されています。
(※) ROEと株主資本コストの差は「エクイティ・スプレッド」
ROICとWACCの差は「EVA(Economic Value Added︓経済的付加価値)スプレッド」
と呼ばれます。
資本コストの決定要因は様々であり、一概には言えませんが、例えば、投資判断に必要な情報開示が不十分な場合、経営の不透明性が投資家の不安要素となり、株主資本コストの上昇要因になります。そのような場合、開示情報の拡充や効果的な投資家との対話により、情報の非対称性を解消することが株主資本コストの低減に有効だと考えられます。
その他、投資者の経営に対する信頼や、収益の安定性・持続性に対する確信度を⾼める観点から、コーポレート・ガバナンスの強化なども、株主資本コストの低減に有効な手段だと考えられます。
2.資本コストへの取り組み方法のまとめ
最後に、資本コストへの取り組み方法についてまとめたいと思います。
- ① WACC・CAPMで理論上の資本コストを算定する。(理論的に計算する資本コスト)
- ② 投資者の視点から資本コストを捉える。 (投資者が期待する資本コスト)
- ③ 投資者と建設的に対話し、常にアップデートする。
- ④ 経営者はコーポレート・ガバナンスを強化し、自社の資本コストについて語れるようにする。
~コーポレート・ガバナンスコードとは~
コーポレート・ガバナンスを実行するための行動規範。金融庁と東京証券取引所が原案をまとめ、2015年6月から上場会社を対象に導入した。「株主の権利・平等性の確保」「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」「適切な情報開示と透明性の確保」「取締役会等の責務」「株主との対話」の5つの基本原則があり、より細かな補充項目を含めると83の原則で構成される。
本コードにおいて、「コーポレート・ガバナンス」とは、会社が株主をはじめ、顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。本コードは、実効的なコーポレート・ガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、これらが適切に実践されることは、それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。
了
この連載の記事
-
2025.04.24
第3回(最終回) 企業経営における資本コストへの取り組み方法
-
2025.04.07
第2回 WACC・CAPMの算出方法
-
2025.03.13
第1回 資本コストが重視される背景
テーマ
プロフィール
税理士・公認会計士 小形 剛央(おがた たけひさ)
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
- 略歴
- 専門:企業会計(財務会計、管理会計)、戦略経営、事業承継
上場会社の会計顧問・税務顧問を基軸に、多数の中小企業の健全発展を伴走支援によりサポートしている。日本の課題である事業承継についても注力している。 - 著書等
- 『これだけは知っておくべき社長の会計学』幻冬舎
- 『いきなり事業承継成功読本』講談社
- ホームページURL
- ON税理士法人
免責事項
- 当コラムは、コラム執筆時点で公となっている情報に基づいて作成しています。
- 当コラムには執筆者の私見も含まれており、完全性・正確性・相当性等について、執筆者、株式会社TKC、TKC全国会は一切の責任を負いません。また、利用者が被ったいかなる損害についても一切の責任を負いません。
- 当コラムに掲載されている内容や画像などの無断転載を禁止します。