更新日 2024.11.14
株式会社TKC 顧問
税理士 朝長 英樹
昨今、ストックオプションの税法上の取扱いが話題となっていますので、本コラムでは、ストックオプションを役員に付与した法人の取扱いを取り上げてみたいと思います。
法人がストックオプションを役員に付与した場合の法人税法上の取扱いは、所得税関係法令における取扱いほど複雑ではありませんが、平成29年度税制改正により、法人税法34条(役員給与の損金不算入)の適用対象となったことで、分かりにくくなっています。
このため、本コラムでは、この法人の取扱いについて確認と検証を行うこととします。
当コラムのポイント
- ストックオプションを役員に付与した法人の法人税における取扱いの確認
- ストックオプションを役員に付与した法人の法人税における取扱いの検証
- 目次
-
今回は、前回に引き続き、ストックオプションを役員に付与した法人の法人税における取扱いの検証を行い、最後に、付記として、ストックオプションの個人における所得の捉え方について筆者の意見を述べることとします。
(3) 平成18年度税制改正で、ストックオプションの法人税制は、業務主宰役員給与の税制と同様に、「所得税と法人税とを総合して考えた」判断や「所得税課税との整合性を考慮した」判断をするという観点から創られたが、このような観点からストックオプションの法人税制を創ることは、適切と言い得るか
平成18年度税制改正で、ストックオプションの法人税制をどのようにして創ったのかということについては、次のように説明されています。
「所得税と法人税とを総合して考えた場合に、損金計上が先行して事実上の課税の繰延になること、さらに所得税が低率の課税であるときに法人税が全額損金算入する〔原文ママ〕と課税ベースを縮小させる結果になることから、・・・」(財務省『平成18年度 税制改正の解説』344・345頁)
「新株予約権を対価とする役務提供費用について、被付与者における所得税課税との整合性を考慮した上での損金として認識すべき時期についての規定が設けられました。」(同前346頁)
この説明によれば、法人税において、法人が役員に付与したストックオプションの役務の提供に係る給与を損金に計上するのか否かということ、そして、その給与を損金に計上する場合にいずれの時期に計上するのかということについて、「所得税と法人税とを総合して考えた」判断や「所得税課税との整合性を考慮した」判断をした、ということになります。
そして、平成18年度税制改正で創設された法人税法54条(現在の法人税法54条の2)の規定は、確かに、そのような内容のものとなっており、具体的には、所得税において「適格ストックオプション」と呼ばれるもの(措法29の2)については役員の役務の提供に係る給与を損金に計上せず、所得税において「非適格ストックオプション」と呼ばれるものについては役員の役務の提供に係る給与を損金に計上し、その損金の計上時期も所得税における取扱いに合わせたものとなっています。
また、業務主宰役員給与の損金不算入制度に関しても、制度創設の趣旨において「個人事業者との課税上の不公平を惹起している給与所得控除に相当する部分について損金算入を原則として制限することとした」(財務省『平成18年度 税制改正の解説』332頁)と説明されており、「所得税と法人税とを総合して考えた」判断や「所得税課税との整合性を考慮した」判断をしたものであったことが明らかです。
しかしながら、法人税法における損金の計上の可否や損金の計上の時期は、本来、同法における損金のあるべき姿を追求するという観点から判断をするべきものであって、「所得税と法人税とを総合して考えた」判断や「所得税課税との整合性を考慮した」判断をするべきものではなく、この点は、その損金が役員に付与したストックオプションの役務の提供に係る給与であったとしても、何ら変わることはありません。
そもそも、法人間で一方が費用となり他方が売上等となる取引を行ってその取引の対価として新株予約権が用いられたという場合であっても、一方の法人の費用について、その損金算入の可否や損金算入の時期を他方の法人の売上等の益金算入の有無や益金算入の時期に合わせるなどということにはなっておらず、また、そのようにすることの正当性を理論的に説明することも困難なわけですから、常識的に考えても、法人の取引の相手方が個人であった場合にだけ、上記のような取扱いとするということには、少なからず、疑問があります。
以上のような事情から、筆者は、法人税法における損金の計上の可否や損金の計上の時期は、法人税法における損金のあるべき姿を追求するという観点から判断をするべきであって、「所得税と法人税とを総合して考えた」判断や「所得税課税との整合性を考慮した」判断をするという観点からストックオプションの法人税制を創るということについては、適切とは言い得ない、と考えています。
(4) 法人税法54条の2第2項においては、法人が個人から受ける役務の提供の全般について、個人に給与等課税事由が発生しないときは、その費用又は損失を損金不算入とするとしているが、そのような仕組みは、適切と言い得るか
第1回の(5)で述べたとおり、法人税法54条の2第2項においては、法人が個人から受けた役務の提供で個人に給与等課税事由が発生しないものについて、法人に発生する費用又は損失を損金不算入とするとしています。
この仕組みは、第1回の(5)で述べたとおり、法人が個人に対して役務の提供の対価として新株予約権を付与した場合に限って適用されるものではなく、法人が個人に対して役務の提供の対価を交付した場合で個人に給与等課税事由が発生しないものの全てに適用されるものであって、その適用範囲は、非常に広くなっています。
このため、法人税法54条の2第2項の仕組みの適否等は、同法34条1項の役員給与の税制や同法54条の2第1項のストックオプションによる費用の損金算入時期の繰延べの仕組みの適否等に勝るとも劣らず重要なものとして、良く検証することが必要となります。
また、この仕組みを定める規定は、法人税法54条の2第2項(平成18年度税制改正によって創設された時は、法人税法54条2項。以下、同じです。)で、新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例を定める同条1項の後の項となっており、これが適切であるのかという立法上の問題も看過できません。
現在の法人税法54条の2第2項のような内容のものを設けるということであれば、その適用範囲の広さやその内容の重要性からして、本来は、同条の前に、別条として設ける必要があると考えられます。
仮に、法人税法54条の2第2項と同条1項を一つの条の中に定めるとしても、まず、同条2項で定めていることを先に1項として定め、その後に、同条1項で定めていることを2項として定めるとともに、条文見出しは、「給与等課税事由が生じない場合の費用又は損失の損金不算入等」などとするべきです。それは何故かというと、法人税法54条の2第2項によって費用又は損失を損金に計上できないということであれば、そもそも、同条1項によって費用の損金算入時期を判断する必要もないからです。
つまり、法人税法54条の2第2項は、「新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例等」などとして、新株予約権を対価とする費用の損金算入時期の特例を定める項の後に、項を付け加えて定めるなどということをしてよい内容のものでは全くない、ということです。
しかしながら、平成18年度税制改正で法人税法54条の2第2項を設けたことについては、財務省『平成18年度 税制改正の解説』の「五 新株予約権を対価とする費用等(創設)」の「1 制度創設の趣旨」(344頁~346頁)の中では、一言も言及されておらず、創設後の制度を説明した「2 新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例」の中で、次のように説明されているのみです。
「⑸ 上記⑴の場合において、被付与者たる個人において役務の提供につき給与等課税事由が生じないときは、新株予約権を発行した法人(承継新株予約権を交付した合併法人等である法人を含みます。以下「発行法人」といいます。)のその役務の提供に係る費用の額は、その発行法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しないこととされています(法法54②)。
すなわち、付与した新株予約権がいわゆる税制適格ストック・オプション(租税特別措置法第29条の2(特定の取締役等が受ける新株予約権等の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等)の規定によりその行使による株式の取得に係る経済的利益に所得税が課税されない新株予約権をいいます。)である場合等、給与等課税事由が生じない場合には損金算入額はないこととなります。
(注)行使時の株価が行使価額を下回っていることにより所得税の課税対象額がゼロとなる場合にも、給与等課税事由は生じたこととなります。」(347・348頁)
この説明には、筆者が太字で示した「等」という文字が「場合」の後に挿入されていますので、この説明は、法人税法54条の2第2項が「付与した新株予約権が・・・である場合」以外にも適用されるということを前提としたものであることが明確です。
しかし、財務省『平成18年度 税制改正の解説』には、法人税法54条の2第2項を設けた趣旨目的も、また、上記の「等」がどのような場合であるのかということも、全く書かれていません。
要するに、法人税法54条の2第1項よりもその適用される範囲がはるかに広く、かつ、重要な内容の定めである同条2項が設けられた趣旨目的は分からず、また、同条1項が適用される前にその適用の有無を判断しなければならない規定が同項の後の項として定められた理由も分からない、ということです。
そして、平成18年度税制改正で法人税法54条の2第2項が設けられた時から、同項と同法34条1項には、これらの規定が重複適用される役員報酬と役員退職金が出てくることが明らかであったわけですが、これらの規定には、重複適用を排除する文言も存在しません。
このような状態となっていること自体にも、勿論、問題があるわけですが、それ以上に問題があるのは、法人税法54条の2第2項と平成28年度税制改正で設けられた同法54条2項との関係です。
これらの条文を並べてみると、次のとおりとなっています。
法人税法54条の2第2項(平成18年度税制改正で創設)
2 前項に規定する場合において、同項の個人において同項の役務の提供につき給与等課税事由が生じないときは、当該役務の提供を受ける内国法人の当該役務の提供を受けたことによる費用の額又は当該役務の全部若しくは一部の提供を受けられなかつたことによる損失の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
法人税法54条2項(平成28年度税制改正で創設)
2 前項に規定する場合において、同項の個人において同項の役務の提供につき給与等課税額が生じないときは、当該役務の提供を受ける内国法人の当該役務の提供を受けたことによる費用の額又は当該役務の全部若しくは一部の提供を受けられなかつたことによる損失の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
これらの規定の「前項に規定する場合」、「同項の個人」及び「同項の役務の提供」は、これらの規定の前の項(いずれも1項)を確認してみると、何ら制限等は付されていません(「新株予約権を付与した場合」や「譲渡制限付株式を交付した場合」などとはされていない、ということです。)ので、それぞれ、「役務の提供を受ける場合」、「個人」及び「役務の提供」ということになります。
これらの規定で、異なるところは、「給与等課税事由が生じないとき」と「給与等課税額が生じないとき」だけですが、給与等課税事由は生ずるが給与等課税額は生じないというとき以外は、これらの規定の内容に違いはなく、給与等課税額が生じないというときは、そもそも法人も個人も何も処理をしないと思われますので、事実上、これらの規定に違いは全くない、と言っても決して過言ではありません。
このように、二つの規定で事実上同じことを定めたというものは、他に例がないはずです。
二つの規定が同じ内容を定めているということになると、一つの規定のみが適用されることがあるということを説明できませんので、重複排除の文言を挿入することさえ困難となります。
要するに、これらの規定は、法令作成の常識からすると、その妥当性が説明できないものとなっている、ということです。
何故、このようなことになっているのかというと、これらの規定の企画立案及び条文案の作成の段階において十分に深度ある検討が行われなかったためであると推測されます。
以上のような事情にあることからすると、筆者は、個人に給与等課税事由が発生しない役務の提供について費用又は損失を損金不算入とする法人税法54条の2第2項の仕組みについては、適切ではないと言わざるを得ない、と考えています。
このように、法人税法54条の2第2項に関しては、その適用範囲が非常に広くなっているため、法人においては、個人に給与等課税事由が発生するのか否かということを明確に判断することができなかったり、個人に給与等課税事由が発生する時期を明確に確認することができなかったりするケースが出てくることもあるはずですが、そのようなケースが出てきた場合には、個別の事情に応じて、適宜、最善と思われる対応をするしかないと考えられます。
(5) 平成28年度税制改正と平成29年度税制改正で、「企業価値の向上」等に資するものは損金としてよいという考え方でストックオプションの法人税制の改正が行われたと言ってよい状態となっているが、そのような考え方で同税制を改正することは、適切と言い得るか
平成28年度税制改正では、届出が不要となる事前確定届出給与に特定譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)による給与を追加する改正(法法34①二、法令69②)が行われましたが、この改正の趣旨及び背景に関しては、次のように説明されています。
「『コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会報告書(コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~)(平成 27年7月24日とりまとめ)』においては、・・・別紙3として、『法的論点に関する解釈指針』が示されました。・・・上記の『法的論点に関する解釈指針』において、実務的に簡易な手法である「金銭報酬債権を現物出資する方法」を用いて「いわゆるリストリクテッド・ストック」等を導入するための手続の整理・明確化が行われたため、今後は、この手法によって、「いわゆるリストリクテッド・ストックによる役員報酬」の支払が見込まれることとなったことから、次の⑶①の改正が行われました。」(財務省『平成28年度 税制改正の解説』332頁)
この説明の文章からは、リストリクテッド・ストックによる役員報酬が増加することが見込まれることとなったため、それを理由として、リストリクテッド・ストックによる役員報酬について、届出が不要となる事前確定届出給与等に追加して、損金算入のハードルを下げた、としか読み取ることができず、どのような考え方や理論に基づいて損金算入のハードルを下げたのかということが分かりません。
そして、平成29年度税制改正では、リストリクテッド・ストックによる役員報酬と同様に、ストックオプションによる役員報酬についても、法人税法34条1項2号イの事前確定届出給与から除くことで、役員報酬を損金算入するハードルを下げていますが(注11)、これについても、財務省『平成29年度 税制改正の解説』の改正の趣旨及び背景の説明(301・302頁)の文章からは、どのような考え方や理論に基づいて損金算入のハードルを下げたのかということを読み取ることができません。
(注11)リストリクテッド・ストックによる役員報酬とストックオプションによる役員報酬について、法人税法34条1項2号において、どのようにして損金算入をするハードルが下げられているのかということを確認しておくと、次のとおりです。
法人税法34条1項2号柱書において、「確定した数の株式(・・・)若しくは新株予約権・・・を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」、そして、「確定した額の金銭債権に係る第五十四条第一項(・・・)に規定する特定譲渡制限付株式若しくは第五十四条の二第一項(・・・)に規定する特定新株予約権を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」を同号に掲げる給与と定めることで、「リストリクテッド・ストック」と呼ばれるものによる役員報酬と「ストックオプション」と呼ばれるものによる役員報酬は、いずれも同号に掲げる給与となることになります。
そして、法人税法34条1項2号イにおいて、イに掲げる場合の給与から、括弧書で、「株式又は新株予約権による給与で、将来の役務の提供に係るものとして政令で定めるもの」を除いていますが、このようにイに掲げる場合の給与から「株式又は新株予約権による給与で、将来の役務の提供に係るものとして政令で定めるもの」を除いても、それが同号柱書に掲げる給与であることに何ら変わりはありません。
それは何故かというと、法人税法34条1項2号柱書の最後の括弧書においては、「次に掲げる場合に該当する場合には・・・」と定めているため、同号イに掲げる場合の給与から「株式又は新株予約権による給与で、将来の役務の提供に係るものとして政令で定めるもの」を除いても、それを支給する場合は、同号柱書の最後の括弧書の「次に掲げる場合」に該当しなくなるだけであって、それが同号柱書の給与であることに変わりはないからです。
この「株式又は新株予約権による給与で、将来の役務の提供に係るものとして政令で定めるもの」は、法人税法施行令69条3項において、株主総会等の決議により、当該決議の日から一月を経過する日までに、法人税法54条1項に規定する特定譲渡制限付株式又は同法54条の2第1項に規定する特定新株予約権を交付する旨の定めに基づいて交付される特定譲渡制限付株式又は特定新株予約権による給与とされています。法人税法施行令69条3項において、このように定めると、通常、「リストリクテッド・ストック」と呼ばれるものによる役員報酬と「ストックオプション」と呼ばれるものによる役員報酬は、その殆どが法人税法34条1項2号イに掲げる場合の給与から除かれることとなります。
そうすると、「株式又は新株予約権による給与で、将来の役務の提供に係るものとして政令で定めるもの」は、法人税法34条1項2号イに規定する「届出」を行う必要がなくなりますが、同号柱書に掲げる給与には該当しているため、同項によって損金不算入とされる給与とはならない、ということになります。
ただし、法人税法34条1項2号の給与となるためには、「株式を交付する場合」(同号ロに掲げる場合)には、その株式が適格株式(市場価格のある株式又は市場価格のある株式と交換される株式(当該内国法人又は関係法人が発行したものに限ります。)をいいます。)でなければならず、「新株予約権を交付する場合」(同号ハに掲げる場合)には、その新株予約権が適格新株予約権(その行使により市場価格のある株式が交付される新株予約権で当該内国法人又は関係法人が発行したものをいいます。)でなければなりません。
しかしながら、この二つの役員報酬について損金算入のハードルを下げた理由が全く分からないのかというと、そういうわけではありません。
それは、どういうことかというと、財務省『平成28年度 税制改正の解説』の上記の改正の趣旨及び背景の説明(331頁~333頁)の中には、「企業の持続的な成長が促されるよう」、「企業価値を向上させるため」、「企業価値創造を引き出すため」、「企業価値の向上のため」、「企業家精神の発揮に資するような」、「企業価値向上に向けた」などの文言が存在し、また、財務省『平成29年度 税制改正の解説』の上記の改正の趣旨及び背景の説明の中には、「企業の持続的な成長が促されるよう」、「企業価値創造を引き出す」、「企業価値の向上のため」、「企業家精神の発揮に資するような」などの文言が存在しますので、総じて言えば、リストリクテッド・ストックによる役員報酬とストックオプションによる役員報酬については、それらを「企業価値の向上」等に資するものと捉え、そのようなものであれば、損金算入を認めてよい、という考え方が採られていると推測することができる、ということです。
確かに、上記の平成28年度税制改正の説明と平成29年度税制改正の説明を一読しただけであれば、多くの者がこのような考え方には一理あると感じるのではないでしょうか。
しかし、良く考えてみると、法人税を廃止すれば、企業価値は大きく向上しますし、法人税の税率を下げれば下げるほど、企業価値は向上しますし、また、法人税を廃止するということまではせずとも法人の所得を分配するものを損金として法人税を留保利益だけに課税する留保利益税に変えれば、企業価値は確実に向上することになります。
このように、企業価値を向上させることを追求すればするほど、法人税に関しては、それを否定する方向に向かって行くことになるわけです。
これが何を意味するのかというと、企業価値を向上させるものは損金とするという考え方は、法人税法においては、採り得ない、ということです。
勿論、「政策」として、一定の期間や一定の納税者などについて「企業価値の向上」等に資するものを損金とする措置を講ずるというようなことは、あり得ます。
しかし、そのようなことは、「政策の法」として存在する租税特別措置法で「政策」として行うべきことであって、「理論の法」である法人税法で行うべきことではありません。
法人税に関しても、「理論」と「政策」は、峻別しなければならず、混同してはならないわけです。
このような基本的な事項を踏まえて、リストリクテッド・ストックによる役員報酬とストックオプションによる役員報酬について、法人税法34条1項2号イの給与から除くことで役員報酬を損金算入するハードルを下げた改正について、改めて考えてみると、平成18年度税制改正で役員給与の損金算入のハードルを大きく上げたことには、そもそも理論的に大きな疑問があるため、損金算入のハードルを下げたこと自体は、肯定的に評価すべきものと考えられますが、しかし、「企業価値の向上」等に資するものは損金としてよいという考え方が同法の考え方となり得るのかということについては、疑義がある、と言わざるを得ません。
以上のような理由から、筆者は、「企業価値の向上」等に資するものは損金としてよいという考え方でストックオプションの法人税制を改正することについても、適切とは言い得ない、と考えています。
(6) 役員給与の税制の基本的な考え方が平成18年度税制改正前のとおりであれば、ストックオプションの法人税制は、非常に理論的かつ簡素なものとなる
(6)では、役員給与の税制の基本的な考え方が平成18年度税制改正前のとおりであれば、ストックオプションの法人税制は、どのようなものとなったのであろうかということを考えてみたいと思います。
これを考えるに当たっては、まず初めに、役員給与の税制の基本的な考え方が平成18年度税制改正前のとおりであった場合に、同改正で、役員の報酬・賞与・退職給与に関する税制において、どのような改正等が行われることになったのかということを考えてみる必要があります。
現実に行われた平成18年度税制改正における役員給与の税制の改正は、「役員給与の支給の恣意性を排除する」という観点から行われていますので、「役員給与の支給」という行為の取締規則であるかの如く詳細かつ細部にわたって規定した複雑な仕組みとなっています。
役員給与として新株予約権が付与されるという場合には、法人税においても、所得税においても、「給与」と「新株予約権」の取扱いがどうなるのかということが問題となるはずですので、「給与」という用語と「新株予約権」という用語の両方を用いている条項(附則を除きます。)がどれくらいあるのかということを検索してみると、所得税法・所得税法施行令・所得税法施行規則と租税特別措置法には1項もありませんが、法人税法には3項があって、法人税法施行令には11項もあります(注12)。
(注12)「譲渡」という用語と「新株予約権」という用語の両方を用いている条項(附則を除きます。)を検索してみると、所得税法に2項、所得税法施行令に6項、そして、租税特別措置法に5項、租税特別措置法施行令に6項、租税特別措置法施行規則に2項となっていますが、これに対し、法人税法には4項、法人税法施行令には13項となっています。
所得税には、給与所得もあれば、譲渡所得もありますので、所得税に関する法令に「新株予約権」について定める条項が多くなるのは止むを得ませんが、法人税には、所得は一つしかなく、しかも、所得税において譲渡所得が生ずる場面は、法人税とは関係のない場面であるはずですから、本来は、法人税に関する法令においては、これらの両方の用語を用いる条項は、所得税に関する法令におけるよりも、少ないはずです。また、ストックオプションの法人税制は、所得税におけるストックオプションの取扱いに合わせて創ったとされていますので、法人税法においては、所得税法や租税特別措置法における用語の定義をそのまま用いたり、これらの法の条項が適用される場面を自ら書き下ろすことなくその場面を定めた条項のみを引用したりすることができますので、本来は、法人税法の条文は、所得税法や租税特別措置法の条文よりも、少なく、かつ、短くて済むはずです。
しかし、現実には、その反対となっています。
何故、そのようなことになっているのかというと、その理由は明確であって、ストックオプションの法人税制は、役員給与の税制の一環として「役員給与の支給」という行為について「恣意性を排除する」という、法人税法があたかも行為規制の法であるかのごとき観点に立って創られているからです(注13)。
(注13)「役員給与の支給」という行為について「恣意性を排除する」という観点から法令の定めを創るということになると、必然的に、その定めは、詳細かつ複雑なものとならざるを得ません。
役員給与の税制が異例の詳細かつ複雑なものとなっているのは、このような観点から創られたためであると考えられます。
周知のとおり、法人税法は、本来、良いことをして儲けようが悪いことをして儲けようが、儲けたのであれば、その儲けの額に応じて税金を払ってもらう、という法律であって、良いことをしなければならないとか、悪いことをしてはいけないとかということを定めるものではありません。
換言すれば、役員給与の支給が恣意的であろうがなかろうが、法人の所得の金額を正しく計算するという観点から、所得の金額の計算上、所得の金額を減少させるものは、損金の額とし、所得の金額を分配するものは、損金の額とはしない、ということにする必要があるということです。
それでは、法人税における役員給与の税制について、平成18年度税制改正前の「所得を得るためのものは損金とし、所得を分配するものは損金としない」という考え方に基づいて仕組みを改正するということになると、法人税法の規定は、どのようなものとなったのでしょうか。
その答は、かなりシンプルなものであって、法人税法34条の中に、「所得の分配」と判断されるものの基準をストックオプションによる役員報酬にも適用できるように定めるだけでよく、同法54条や54条の2のようなものを創る必要はない、ということになったはずです。
要するに、役員給与の税制の基本的な考え方が平成18年度税制改正前のとおりであれば、ストックオプションの法人税制は、非常に理論的かつ簡素なものとなったはずであるということです。
なお、当然のことながら、業務主宰役員の報酬の給与所得控除額に相当する金額を損金不算入とする旧法人税法35条のようなものを創るなどということにもなりません。
付記 付与時のストックオプションの価額(時価)を超える部分の金額は、役務の提供の対価ではなく、株式の値上りによって生じたキャピタルゲインではないのか
ストックオプションの価値を法人税と所得税においてどのように捉えるべきであるのかということについて、一言、述べておきたいと思います。
ストックオプションも、「オプション」であることは間違いありませんので、「オプション」が株式の発行法人等の株式を取得することができるものではなく、その他の金融商品を取得することができるものであったと仮定して、「オプション」を付与する法人と「オプション」を付与される役員において、どのような取扱いとなるのかということを考えてみましょう。
法人が役員に役務の提供の対価として「オプション」を付与したということになると、法人は、役員に対して役務の提供の対価として、その「オプション」の時価(プレミアム)に相当する金額を支払った、ということになります。
そして、その法人は、役員の役務の提供の期間に応じてその「オプション」の時価(プレミアム)に相当する金額を「役員報酬」として損金算入することになります。
この場合に、役員における所得税の取扱いがどうなるのかというと、その「オプション」の時価(プレミアム)に相当する金額は、役員が役務の提供をして得たもの以外の何物でもありませんので、役員においては、給与所得を生じさせる給与収入とされるはずです。
その後、その役員は、権利行使の時点で、権利行使をすれば利益が得られる状態(インザマネーの状態)にあるということであれば、権利行使をして、「オプション」の対象物となっている金融商品を取得するはずですが、この権利行使をして得られる利益は、「オプション」の対象物となっている金融商品の値上がりのみを原因として生じたものであり、その金融商品が値上がりしなければ生じないものであって、役員の役務の提供があったことでその利益が生じたとは言い得ないはずです。
このため、その役員がこの権利行使をして得る利益は、キャピタルゲインであって、役務の提供の対価ではない、ということになり、給与所得以外の所得として課税されることとなるはずです。
常識的に考えると、これが「オプション」の法人税と所得税における理論的に正しい取扱いということになるものと考えられます。
そして、「オプション」の対象物がその「オプション」を付与した法人等が発行する株式となっているということであったとしても、それは、役員に渡されるものに違いがあるというだけのことであって、その役員に渡されるものの価額が変わるわけではなく、また、その役員が役務の提供を行い、その法人がその役員に役務の提供の対価を支払ったという事実も、何ら変わりませんので、上記の取扱いは、全く変える理由がないはずです。
付与時のストックオプションの価額(時価)を超える部分の金額については、株式の値上がりによって当該金額が発生したということに他ならず、その法人は役員にストックオプションを付与した時に既にその役員に対価(プレミアム相当額)を渡していますので、その法人がその役員に役務の提供の対価として権利行使の時に当該金額を渡したという事実はないはずです。
つまり、役務の提供の対価の額は、付与時のストックオプションのプレミアム相当額であって、そのプレミアム相当額を超える金額は、役務の提供の対価ではなく、株式の値上りによって生じたキャピタルゲインではないのか、ということです。
了
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2024.11.14
第3回(最終回) ストックオプションを役員に付与した法人の法人税における取扱いの検証(その2)
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