更新日 2014.10.06

移転価格実務の最前線!

第4回(最終回) 企業の事業戦略を踏まえた事前準備を

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KPMG税理士法人 パートナー 藤森康一郎

KPMG税理士法人
パートナー 藤森 康一郎

国際取引の大半が関連者間によるグループ内取引により占められている今日、移転価格とは、本来的には税務の問題ではなく、企業の事業活動の本質に関わる問題であるといえます。当コラムでは、「なぜ移転価格問題が引き起こされるのか」といった事業上の要因から各国と日本での執行状況の対比、また、実務上の事例等、移転価格における最前線の実務を解説します。

1.事業戦略と価格設定方針

 企業とは、特定の事業活動に従事する組織体であることに異論を挟む人は少ないだろう。そして、この企業の構成要素のひとつである事業とは、反復継続する同種の取引の集合体と定義することができる。したがって、個々の取引こそが、企業が日々従事する事業の根本と言える。さらに、営利企業にとっては、事業を通じて利益を得ることこそが最優先の目的となることから、「価格設定」が企業にとって重要な意味を持つことになる。また、企業のもうひとつの構成要素である組織とは、同じ目的を共有する異なる意識を有する複数の人材の集合体であるが、元来、バラバラなものの考え方をする個々の人材を一つの目的の下で効率的に活動させるためには、全ての構成員に理解できる一つの「方針」が必要となる。すなわち、特定の事業活動に従事する組織体である企業にとっては、「価格設定方針」が最も根元的な事柄ということになる。そこで、世界のクロスボーダー取引の大半が関連者間によるものだと言われている現代においては、移転価格税制が企業の事業戦略にとって非常に重要な意味を有しているということになる。

 ところが、このコラムの第1回(「移転価格問題が引き起こされる事業上の要因」)でも解説したように、様々な要因により、具体的あるいは潜在的に移転価格税制上の問題を抱えている企業は無数にある。上述したように、「価格設定方針」が企業にとって最も根元的な事柄であることに鑑みると、これらの問題を抱えている企業は、事業戦略に問題があると言わざるを得ない。

2.事業承継と価格設定方針

 話は少し逸れるように聞こえるかも知れないが、創業者から次世代への引継やカリスマ社長から、そのカリスマ社長が見込んだ後継者への交代等の事業承継における失敗例をよく目にする。外部からヘッドハンティングされてきた有能な外国人やカリスマ社長の片腕として辣腕を振るってきたナンバー2等の後継者が、わずかな期間で、第一線を退いたはずの前社長からその地位を奪われるというケースも決して珍しくはない。実は、移転価格税制上の問題も、このような事業承継の失敗も、往々にして同じ要因によるのである。つまり、移転価格税制についての対策が不十分な企業は、事業承継もスムーズにはいかないと言っても過言ではないのである。

 移転価格税制上の問題を抱える企業と事業承継に困難を極めるような企業は、ともに「暗黙知」に過度に依存した事業戦略に基づいた経営をしているものと推測される。「暗黙知」による事業戦略とは、企業のトップが、長年に渡る事業活動に係る経験に裏打ちされた発想あるいは勘によって、重要な事業上の判断を行っているようなケースである。体系的な整理もされないばかりか、可視化もされず、特定の個人の頭の中にのみ存在する、ある種の法則である。もちろん、「暗黙知」も「知」であり、それが事業を成功に導いてきた創業者やカリスマ社長のものであれば、的確なものであることが多く、企業の事業戦略にとっては重要なものである。

 しかし、事業戦略上の判断のベースとなる「知」が「暗黙知」に止まる限り、周囲から詳細な部分まで理解され難く、次世代や後継者にも引き継がれ難いのである。また、可視化されないため、批判に晒され難く、過ちが放置され、「暗黙知」による事業戦略上の判断を下した本人による事後的な検証さえも阻むものともなりかねない。事業承継の過程において、事業戦略が「暗黙知」によるものである限り、事業戦略上の指針は、当該「暗黙知」による事業戦略の発信者であるトップそのものであり、そのトップが退いた後、後継者も組織も、突如、事業戦略を失うことになってしまうのである。そのため、前任のトップが退いた後、業績が低迷したり、前任のトップの意向に合わない方向に向かったりしてしまうのである。

 事業戦略の重要な要素である「価格設定方針」についても、事業承継同様、そのベースが「暗黙知」に止まる限り、課税当局はもちろんのこと、組織の構成員からも理解され難く、次世代や後継者にも、そのメカニズムが引き継がれない。また、批判に晒され難いため、誤った価格設定であったとしても、それが改められる機会を失うことになる。

3.事業戦略を踏まえた対策

 移転価格税制に係る税務調査の折、課税当局は納税者たる企業の関連者間取引の価格設定方針の経済合理性を確認する。経済合理性が認められなければ、妥当な価格設定方針とは言えず、その帰結たる課税所得も妥当なものではないと解することができるからである。また、経済合理性のある価格設定方針とは、企業の事業戦略と一致したメカニズムを持つものであるところ、移転価格税制への事前の準備としては、事業戦略を踏まえた価格設定メカニズムの構築が最も有用ということになる。

 それぞれの企業のトップや各部署の責任者が持つ「暗黙知」も経験に裏付けられた「知」であり、場当たり的なものではなく、そもそも、環境に重大な変化が生じない限り、事業戦略上の経済合理性が認められるものである。冒頭で述べたように、「価格設定方針」は企業の事業戦略にとって重要な意味を有するものである。したがって、事業戦略を踏まえた価格設定メカニズムの構築に当たっては、企業が元々有している「暗黙知」を体系化し、形式知へと転換することになる。このような体系化は、単に税務上の問題に止まらず、企業の事業承継にも資する事柄であるとも言えよう。

プロフィール

藤森 康一郎(ふじもり こういちろう)
KPMG税理士法人
パートナー
国際事業アドバイザリー
移転価格事業戦略コンサルティング

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