移転価格実務の最前線!

第3回 多国籍企業の対応実例(成功例と失敗例)

更新日 2014.09.22

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KPMG税理士法人 パートナー 藤森康一郎

KPMG税理士法人
パートナー 藤森 康一郎

国際取引の大半が関連者間によるグループ内取引により占められている今日、移転価格とは、本来的には税務の問題ではなく、企業の事業活動の本質に関わる問題であるといえます。当コラムでは、「なぜ移転価格問題が引き起こされるのか」といった事業上の要因から各国と日本での執行状況の対比、また、実務上の事例等、移転価格における最前線の実務を解説します。

1.対応に当たっての留意点

 本コラムの第一回及び第二回で述べてきたように、本来ならば一方の国で計上されるはずの課税所得が関連者間における不合理な価格設定の下で他方の国で計上されてしまうという移転価格税制上の問題は、単に所得移転の意図によって引き起こされるだけではなく、企業経営の日常における様々な要因によるものであり、これらの要因を念頭に、各国の執行状況を踏まえて、対応に当たらなければならない。しかし、現実には、企業が、所得移転あるいはそのように誤解されていることの要因に目を向けることなく、問題が起こっている国における、課税当局の移転価格税制についての執行状況も考慮せずに、自ら状況を悪化させてしまう企業も少なくない。

2.統計学的手法の利用について

 利益水準が過度に高いあるいは低いという外観は、関連者との不合理な取引価格の結果を反映している可能性もある。したがって、海外には、統計学的に適切な利益水準であったか否かという企業の外観に重きを置いて移転価格税制に係る調査を実施する課税当局もある。
 日本においても移転価格税制に係る税務調査の初期段階で、世界の約1億2千万社に及ぶ企業情報が収録されているビューロ・ヴァン・ダイク社のデータベースが導入されており、課税当局が統計学的な利益水準を念頭においていることは間違いない。そのため、企業が課税当局にとって適切と思われる利益水準を踏まえた対応をすることには重要な意義がある。しかし、統計学的に適切と考えられる利益水準と企業の現実の利益水準との差異を以て、移転価格税制上、関連者間取引の価格設定に問題があったとみなすことは推定に過ぎず、日本の課税当局は推定課税が許容されるような特別な理由がない限り、このような外部情報によってのみで更正処分に踏み切ることはないと言っても過言ではない。

3.日本企業の失敗実例

 ところが、日本企業の一部は、このような日本の課税当局の移転価格税制の執行状況や考え方を考慮せず、わざわざ自ら統計学的な分析を持ち出して、利益水準の妥当性の議論に終始するという誤った対応をしている。
 ある大手日本企業では、数年前の日本の課税当局による税務調査において欧州の子会社との価格設定について注目された折りに、自ら統計学的な分析を実施した。当該子会社の利益率が高い水準にあったと認識していた、この企業の担当者は、自ら実施した統計学的な分析の過程で、比較対象となるサンプルの選定を工夫して、統計学的にも高い利益水準が妥当であるという主張を展開した。それまで、課税当局は、価格設定のメカニズムの妥当性について詳しく問いただしていたが、納税者たる企業自らが利益水準による議論を展開したため、課税当局も企業が実施した統計学的な分析をベースとして、比較対象の選定条件を変更して算定した結果に基づいて更正することを決定した。しかし、この欧州の子会社の利益水準が高かった理由は、日本本社との取引において、為替リスクを子会社側が負担していたためであり、高い利益水準となっていた年には円安であり、円高であった過去年度においては低い利益水準であった。

 課税当局は、こうした事業上の理由を聞いていたのであり、決して統計学的な観点による利益水準の妥当性を聞いていたのではない。課税当局にとって、統計学的な分析による判断よりも、当然のことながら、企業の内部文書や関係者への聞き取りを通じて、ひとつひとつ事実関係を明らかにすることにより更正事由を特定する方が労力を要するが、不用意に憲法で保障されている財産権が侵害されぬよう、原則として統計学的な分析結果のような外部情報のみでの更正は行わない。すなわち、この企業は、主張すべき事業上の理由を述べず、テクニックに偏った対応に終始することにより、重要な権利を自ら放棄したことになる。

4.日本企業の成功実例

 一方、別の日本企業は、中国の子会社の利益率が、中国の同業他社に比して異常に高い水準にあったことから、日本における移転価格税制に係る税務調査の初期段階において、当該中国子会社との取引価格に問題があるのではとの厳しい追及がなされた。課税当局としては、当然、データベースにて統計的に適切と思われる利益水準を念頭において税務調査に挑んでいたものと思われるが、この企業の担当者が自ら統計学的な分析結果を持ち出すようなことがなかったため、課税当局としても、統計学的な観点からの現地法人の利益水準の妥当性について、殆ど触れることはなかった。そこで、企業側も、敢えて現地法人の利益水準には言及せずに、事実関係をひとつひとつ積み上げて、価格設定のメカニズムの妥当性について根気強く課税当局に説明し、更正を回避することができた。

5.文書化への対応について

 本コラムで紹介した二つの企業の他にも、例えば、日本の文書化ルールである租税特別措置法施行規則第22条の10第1項の規定やインタークオタイルレンジ(四分位範囲)を用いた経済分析について否定的な日本の課税当局の姿勢を加味せずに、米国の文書化ルールの下で許容されるインタークオタイルレンジを用いた経済分析を中心とする文書を税務調査の折りに提出し、それ以上の説明を行わなかった結果として、推定課税を受けた米国系企業もあった。移転価格税制に係る対応について、企業の担当者は、生半可な知識でテクニックに走るようなことはせず、企業経営の根幹に直結する問題であるという移転価格税制の本質に着目しつつ、それぞれの国での執行状況に根差した対策を心がけるべきである。

プロフィール

藤森 康一郎(ふじもり こういちろう)
KPMG税理士法人
パートナー
国際事業アドバイザリー
移転価格事業戦略コンサルティング

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