更新日 2014.09.08
KPMG税理士法人
パートナー 藤森 康一郎
国際取引の大半が関連者間によるグループ内取引により占められている今日、移転価格とは、本来的には税務の問題ではなく、企業の事業活動の本質に関わる問題であるといえます。当コラムでは、「なぜ移転価格問題が引き起こされるのか」といった事業上の要因から各国と日本での執行状況の対比、また、実務上の事例等、移転価格における最前線の実務を解説します。
1.OECD移転価格ガイドラインによるルール
現在、世界の約80カ国において移転価格税制が導入されているが、経済開発協力機構(以下、OECD)の加盟国であるか否かに関わらず、それらの国々の大半がOECD移転価格ガイドライン(Transfer Pricing Guidelines for Multinational Enterprises and Tax Administrations)に従って、国内制度を整備している。そのため、表面上、移転価格税制に係る法律や規則は、時効あるいは除斥期間やペナルティの長短もしくはその内容についての多少の違いはあっても、重要な部分について、移転価格税制を導入している国々の間に重大な相違はないといっても過言ではない。
例えば、最も基本的な条項ともいえる独立企業間価格算定方法については、ブラジル等の一部の例外を除き、移転価格税制を導入しているほぼ全ての国で、OECD移転価格ガイドラインと共通した内容の規定が設けられており、OECD移転価格ガイドラインが改訂されれば、大半の国々で移転価格税制を規定した法律、規則あるいは通達等にその内容が反映されるのが一般的である。従来からOECD移転価格ガイドラインに規定され、ほぼ全ての国の国内ルールで導入されていた、取引価格そのものを比較する独立価格比準法、売上に対する総利益を比較する再販売価格基準法、製造原価に対する総利益を比較する原価基準法のいわゆる基本三法に加え、独立企業間価格算定方法のひとつとして、売上や総コスト(原価及び販売管理費用の合計)に対する営業利益等を比較する取引単位営業利益法がOECD移転価格ガイドラインに新たに設けられた際も、既にCPM(comparable profit method)と呼ばれる類似の手法についての規定が設けられていた米国を除き、日本をはじめ大半の国において、移転価格税制に係る国内のルールにこの算定方法が追加された。
2.執行についての相違
そのため、「移転価格税制はどこの国でも基本的には同じ考えの下で執行されている」と誤解されることが多く、このような誤った認識の下で対応した結果として、深刻な問題に陥ってしまった多国籍企業もかなりの数に上る。同じような文言が使われている規定であったとしても、その規定についての解釈が異なれば、当然のことながら、その適用結果も異なる。
したがって、多国籍企業が各国の移転価格税制に対応するに当たっては、それぞれの国の移転価格税制に係る法律や規則の文言の表面的な類似性に関わらず、その執行については国によって根本的な相違があるケースも多いことに留意しなければならない。
3.「所得移転の蓋然性」と「更正事由の特定」
移転価格税制の執行に当たっては、世界各国にほぼ共通して、「所得移転の蓋然性」と「更正事由の特定」という二つの概念がそのベースとなっている。「所得移転の蓋然性」とは、外観上、移転価格税制上の問題が発生している可能性の高いか否かについての検証を意味する。例えば、日本企業の米国子会社の利益水準が、一般的に米国で同様の事業に従事するような独立企業(関連者との取引のない企業)の平均的な利益水準と比較しても著しく高いようなケースでは、日本の親会社と米国の子会社との間の取引価格に何らかの問題があり、本来は日本法人に帰属すべき所得の一部が米国法人に移転している「所得移転の蓋然性」が高いものと考えられることになる。
しかし、蓋然性は、あくまでも可能性の問題に過ぎず、これだけで更正に至ってしまうようなことがあれば、国家が財産権のような重要な権利を不当に侵害することにもなりかねない。したがって、財産権保護の観点から、原則として、「所得移転の蓋然性」の検証のみを以て更正することはできないと大半の国で考えられている。
そこで、「所得移転の蓋然性」が高いと判断されるような企業については、次に「更正事由の特定」がなされることになる。「更正事由の特定」とは、すなわち、事実関係の精査により、国外関連者間取引に係る価格設定方法に構造上の問題があることを証明することを意味する。例えば、技術やブランド等の無形資産は、導入される個々の市場における競争力によって、その価値が異なるため、同等もしくはそれ以上の技術力を持った競合が犇めいているような市場と類似の技術力を持った競合がいないような市場とでは、技術供与に係るロイヤルティ料率に違いがあって然るべきであるにも関わらず、競合の状況の異なる各国に展開する全ての生産子会社に対するロイヤルティ料率が一律であれば、ロイヤルティの料率設定方法に構造上の問題があるといえる。
また、特定の国に所在する販売子会社に対する製品の販売価格の設定方法について、現地法人の利益水準が一定になるように日本の親会社からの出し値を調整する多国籍企業も多いが、現地法人にストライキがあったり、不合理な支出があったりと、現地法人の責めに帰すべき事由により余計なコストが発生していても、常に現地法人の利益水準が一定に保たれるような価格設定方法には、やはり構造上の問題があるといえる。
4.各国の執行の状況の差異
各国における移転価格税制の執行の傾向に係る差異には、多くの場合、これら二つの概念のいずれに、よりウエイトを置くかの違いによるものと考えられる。例えば、米国においては、早くから移転価格税制に係る調査で統計的手法が活用され、一定の利益水準を下回っている企業については、税務調査に当たって、その理由が中心に議論されることが一般的である。これは米国の課税当局が、移転価格税制の解釈に当たって、既に述べた「所得移転の蓋然性」と「更正事由の特定」という二つの概念のうち、外観にて判断される「所得移転の蓋然性」に、よりウエイトを置いているためである。また、中国の課税当局による移転価格税制に係る更正においては、その更正通知の内容として、当局が用いた統計手法についての詳細な説明とともに、統計上の利益水準を下回っていることについての問題点の指摘が大半を占めているが、これも中国の課税当局が、米国同様、移転価格税制の解釈に当たって、「所得移転の蓋然性」に、よりウエイトを置いているためである。
なお、米国においても中国においても、ドキュメンテーションや同期資料と呼ばれる文書化義務があるが、「所得移転の蓋然性」にウエイトを置くこれらの国々では、四分位範囲(インタークオタイルレンジ)が多用される傾向がある。四分位範囲とは、サンプルの値を高い順から並べ、これらのサンプルの定性的な内容に関わらず、上位の25%と下位の25%を機械的に排除することを以て、類似性の高いと推定される範囲を導き出す統計の手法のひとつであるが、最終的な結果を、個々のサンプルの比較可能性の高さによるのではなく、機械的に算出するこのような手法の多用も、「所得移転の蓋然性」に、よりウエイトを置いていることを示しているものといえる。
5.日本の執行状況
一方で、移転価格税制について、上述した「所得移転の蓋然性」と「更正事由の特定」の二つの概念のうち、「更正事由の特定」に、よりウエイトを置いた解釈をする日本のような国の課税当局においては、利益水準云々よりも、価格設定方法の具体的な構造が、よりフォーカスされる傾向がある。したがって、これらの国では、四分位範囲のような定性的な比較可能性よりも機械的な算定による統計的手法を中核的要素としたような価格設定方針は、受け入れられ難いものと考えられる。現実に、日本においては、平成23年10月に公表されたパブリックコメントへの回答という形で、課税当局が、類似性の程度が十分ではない非関連者間取引により形成された数値に対して統計的手法を適用した結果として生み出された数値の幅は、独立企業間価格の幅とは認められない旨を明確にしている。そのため、日本におけるこれまでの調査事案の中には、四分位範囲の中に利益水準が入っていることを主として主張し続けた企業が、結果として大きな更正を受けたというケースが数多くある。
また、平成22年度の税制改正において新たに設けられた租税特別措置法第22条の10第1項の文書化規定の理解に当たっても、「所得移転の蓋然性」をより重視する米国や中国の文書化義務のように四分位範囲を用いた統計を中心とするものではなく、「更正事由の特定」が重視されている日本における移転価格税制の執行に則した、事実関係及び論理性をベースとする、国外関連者間取引に係る価格設定の構造についての経済合理性を証明するものと考えるべきである。
以上より、多国籍企業における、グローバルレベルでの移転価格税制への対応に当たっては、表面的な文言の類似性に捉われることなく、各国における実際の執行の背後にある、それぞれの課税当局の移転価格税制についての解釈に着目すべきである。
プロフィール
藤森 康一郎(ふじもり こういちろう)
KPMG税理士法人
パートナー
国際事業アドバイザリー
移転価格事業戦略コンサルティング
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