更新日 2016.08.08
公認会計士・税理士 鈴木 基史
法人税申告書作成において、別表4、5に関する問題の論点の一つに新会計基準による申告調整があります。当コラムでは、新会計基準のうち「退職給付会計」「減損会計」「資産除去債務会計」「過年度遡及会計」について制度の概要をわかりやすく説明するとともに別表4、5の記載のポイントや実務上の留意点を解説します。
1.退職給付会計の歴史
かつて(今から20年位前まで)、退職一時金に対する退職給与引当金の取扱いは、次のように簡明なものでした。
- 会計上、期末要支給額の100%を引当計上すべし
- 税務上、期末要支給額の50%まで損金算入を認める
(注)税務上の50%基準は、従業員の平均勤続年数を8年、市場利子率を8%(バブル時代)とした割引計算によっています。当初は50%でしたが、その後40%、20%と引き下げられ、平成10年度の改正で全額が損金不算入とされました。
このシンプルな制度が、平成10年6月「退職給付に関する会計基準」の公表で一変しました。
企業年金制度の普及により要支給額100%基準だけでは対応できなくなったこと、外部積立の拠出金をどのように処理するか、割引計算を考慮しないやり方はラフすぎる等々への反省から、現行の緻密な退職給付会計が生まれました。
なお、現行の会計基準でも、従業員数300人以下の企業では、簡便法として要支給額100%基準が認められています。
2.退職給付会計のあらまし
退職給付額の計算は複雑ですが、退職給付会計で使用する勘定科目は、次の2つだけです。
- 「退職給付費用」……従業員の労働の対価として当期に発生した費用
- 「退職給付引当金」……将来従業員に対して支給すべき債務
それぞれ次の算式で計算されます。
- 退職給付費用=勤務費用+利息費用-年金資産の期待運用収益
±過去勤務債務の費用処理額±数理計算上の差異の費用処理額 - 退職給付引当金=退職給付債務-年金資産残高±未認識過去勤務債務
±未認識数理計算上の差異
かなり複雑な計算式ですが、ざっくり説明すると次のような内容です。
- ①当期末と前期末の退職給付債務の差額を、当期の退職給付費用として計上する。
- ②費用の認識時点と支出時点に期間的な開きがあるため、将来の支払額を現在価値に割り引く。
- ③退職給付費用は勤務費用(労力提供で新たに発生した費用)と利息費用(期首時点の退職給付債務について時の経過により発生する計算上の利息)からなる。
- ④企業外部(保険会社や信託銀行)に積み立てた年金資産は退職給付債務から控除する。
- ⑤年金資産の運用収益の見積額(期待運用収益)を退職給付費用から控除する。
- ⑥過去勤務債務(給付水準の改定等に起因して生じた増減差異)の調整が必要とされる。
- ⑦数理計算上の差異(年金資産の期待運用収益と実際の運用成果など見積りと実績の差異)も調整しなければならない。
- ⑧過去勤務債務や数理計算上の差異は一時の損益に計上せず、残存勤務期間内の年数で認識(処理)する。
3.税務上の取扱いと申告調整
税務では、退職給付の発生に対する引当経理を一切認めていません。将来の退職金支給に備えて費用処理で退職給付債務を引き当てたときは、全額が損金不算入とされます。
その際、退職一時金は退職者に現実に支給するまで損金となりませんが、企業年金の掛金については、外部へ拠出した時点で損金算入する取扱いが設けられています(法令135)。
一時金と年金のいずれにせよ、発生主義に基づいて当期に計上する退職給付費用は、全額を別表4で加算します。一方、当期に支給した退職一時金と外部への掛金拠出額は、減算することになります。
また、貸借対照表で負債計上されている退職給付引当金は、税務上は資本扱いされるため利益積立金として別表5⑴に記載されます。
具体的な申告調整は、次のように行います。
区分 | 総額 | 処分 | |
---|---|---|---|
留保 | 社外流出 | ||
(加算) 退職給付費用否認額(一時金) |
7,940,000 | 7,940,000 | |
退職給付費用否認額(年金) | 3,720,000 | 3,720,000 | |
(減算) 退職一時金支払認容額 |
4,600,000 | 4,600,000 | |
企業年金掛金認容額 | 3,390,000 | 3,390,000 |
Ⅰ 利益積立金額の計算に関する明細書 | ||||
---|---|---|---|---|
区分 | 期首現在高 | 当期の増減 | 期末現在高 | |
減 | 増 | |||
退職給付引当金 (一時金) |
165,400,000 | 4,600,000 | 7,940,000 | 168,740,000 |
退職給付引当金 (年金) |
××× | 3,390,000 | 3,720,000 | ××× |
退職一時金の引当額は全額が損金不算入なので、別表5⑴の記載は、会計上の増減および残高と一致します。一方、企業年金については、費用計上額と掛金拠出額が期間対応する場合を除き、利益積立金の残高と会計上の引当金残高は一致しません。
4.実務上の留意点
退職給付に関する各種の数値を一人ずつ計算するのは、実のところ大変な作業です。会計基準の適用を受ける上場企業等で、そのような計算を自社で行っているところは、極々少数派です。ほとんどが外部の年金数理人(コンサル会社)に委託しています。自社で計算する場合でも、そうしたコンサル会社から計算ソフトを購入して行っています。
ですから、経理部員は与えられた数字を使って仕訳を切るだけで、その数字や計算式の意味するところは、ほとんどの人が理解できていないと思います。監査を担当する監査法人もしかりです。
経理部員あるいは税理士の方が退職給付に関する会計・税務の仕事を行う際は、上記2の①~⑧で記した程度の知識が頭に入っていれば十分です。そうした方々が退職給付額の計算自体にタッチする機会など、まずありません。要するに、会計で計上する発生ベースの退職給付費用は全額否認(加算)、税務では支払ベースで損金算入(減算)という原理原則さえ理解できていれば、“退職給付会計など何するものぞ”の気構えで仕事していただいて大丈夫です。
プロフィール
公認会計士・税理士 鈴木 基史(すずき もとふみ)
神戸大学経営学部卒業
平成15~17年 税理士試験委員
平成21~24年 公認会計士試験委員(租税法)
- 著書等
- 「対話式 法人税申告書作成ゼミナール」「法人税申告書別表4・5ゼミナール」「法人税申告の実務」「対話式 消費税申告書作成ゼミナール」「根拠法令から見た法人税申告書」「法人の修正申告実務」「鈴木基史のキーワード法人税法」(以上 清文社)、「最新法人税法」(中央経済社)「やさしい法人税」(税務経理協会)他
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