IFRSはどこへいくのか?

第8回 日本の動き(2)

更新日 2011.09.21

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神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授
田中 弘

中・長期的経営に資する会計を

 日本が「物づくり」で国の経済を成り立たせ、さらに世界に貢献し続けるためには、日本企業は中・長期の視点に立って経営する必要があると思います。これまでの日本企業の活躍を見れば分かるように、特に研究開発型の製造業が中心にならなければならないのです。

 ベンチャー投資家として高名な、原丈人氏(デフタ・パートナーズグループ会長)は「いま、会社は株主のものだという価値観に基づいて、アクティビストやヘッジファンドは、短期的に株価を上げる圧力をかけるだけでなく会社の内部留保を取り崩すことを要求し、収益が上がればその大部分を配当金とすることを求める。そのために会社は、将来への備えも開発投資もできず、衰退してしまう。(中略)短期的に利益を最大にするよりも、長期的なことを考えて経営したほうが、株主にとっても長期的にプラスになる」と言っています。(「新しい資本主義」PHP新書)

 そうであればこそ、日本の会計も中・長期的な経営に資するように工夫しなければならないのではないでしょうか。それは必ずしも日本独自の会計というわけではなく「物づくり」を基本とする国々・地域に共通する会計であろうと思います。何も特別な会計ではなく、中・長期の観点で経営されている企業にとって「鏡」となる利益情報・原価情報を提供する会計であるはずです。

 実証研究で名を馳せた米コロンビア大学のペンマン教授は、IFRSが重視する公正価値(時価)会計について「生産や販売を事業内容とする通常の企業では、理想的な公正価値会計は実施できず、そこでは歴史的原価会計が良好な代替案(選択肢)になる」ことを指摘しています。

 物づくりが経済・産業の中心となっている国の会計と、金融で成り立つ国の会計は、同じである必要はないと思います。資源が豊富にある国の会計と資源が乏しい国の会計も、同じである必要はないでしょう。利子を取ることが商売になる国の会計と利子を取ることができない国の会計は、同じであるはずがないのです。イギリスとアメリカでさえ、利益観を異にしています。伝統的に、循環的・規則的なフローを利益と考えてきたイギリスと、ストックの増加分を利益と考えるアメリカでは、利益観も会計観も違って当たり前なのです。

 日本が採るべき国際会計戦略としては、まだまだいろいろなことがあろうかと思います。しかし、これと言った奇策や特効薬があるわけではありません。ここは地道に、日本の中・長期的観点からの経営姿勢やそれを映し出す会計制度を構築することに尽きると思われます。

日本が、今やるべきこと―IFRSよりも大事なことがある

 東日本を襲った大地震と原発事故によって多くの企業は被災資産の減損損失・株価急落による巨額の評価損・売上げの急減・復興費用など、今期以降の決算は多難です。さらに日本企業はIFRSの強制適用が近いと予想されることから会計の課題は計り知れないくらい大きいといえます。

 国内・国際の会計問題の重要性は十分に認識しなければなりませんが、今現在、日本の産業界が全力を挙げて取り組むべき課題は大震災と原発事故の後始末・復興であり、さらなる安全対策を確立することであることは世界中の誰もが承知していることであり、かつ、世界の投資家・産業界は、日本に対して何を措いても一日も早い復興と安全性の確保を期待しているはずです。

 世界がいま日本に求めていることは、IFRSを急いで適用するとか一日も早く「IFRSグループに入る」という話ではないはずです。世界はいま、日本の復興の成否が自分たちの経済や生活を大きく左右することを知っています。だから、今「日本は復興を最優先するために、IFRSを採用するための検討や準備に時間が取れない。IFRSをいつから、どういう形で採用するかは、時間をかけて再検討する」と宣言しても、世界中の投資家や産業界は日本の決定を大歓迎するのではないでしょうか。

 日本の会計界は今まで、世界にキャッチアップしようと猪突猛進してきましたが、今回の東日本大震災から、世界の動きを冷静に観察するよい機会と時間を貰ったと考えたいところです。

 日本の会計界が今なすべきことは、IASBとIFRSがどこへ行こうとしているのかを検証する時間と、米国に倣って「足踏み」する勇気を持つことではないでしょうか。それでなくてもIFRSが描く会計の世界は実に「いかがわしい」のです。その「いかがわしさ」に世界の政治家・世界の投資家・世界の経営者―とりわけ「物づくり」で経済を成り立たせている国々の―が気づきはじめているのです。日本が「足踏み」すれば、それに同調する国々がたくさんでてきてもおかしくはありません。

当コラムの内容は2011年6月に開催した「TKC IFRSフォーラム2011.6」の参考資料の内容を掲載しています。

参考文献

田中 弘『国際会計基準はどこへ行くのか―足踏みする米国,不協和音の欧州,先走る日本』時事通信社,2010年
田中 弘『複眼思考の会計学―国際会計基準は誰のものか』税務経理協会,2011年
田中 弘『不思議の国の会計学―アメリカと日本』税務経理協会,2004年
田中 弘編著『わしづかみ 国際会計基準を学ぶ』税務経理協会,2011年

筆者紹介

田中 弘(たなか ひろし)
神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授

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