IFRSはどこへいくのか?

第2回 なぜ世界中の会計基準を統一するのか(2)

更新日 2011.07.21

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―会計基準を巡る金融資本の野望と政治力学―

神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授
田中 弘

コンバージェンスからアドプションへ

 世界の会計基準を統一して、各国で作成する財務諸表が比較可能なものにしようという発想から、最初は「世界標準としての会計基準」が提案されました。「国際会計基準(International Accounting Standards : IAS)」という名称でしたが、この段階ではいまだ理念的で、世界の経済界や会計界では、どちらかといえば「エスペラント語」といった扱いでした。

 その後、各国の会計基準を調和化しようとして「会計基準のハーモナイゼーション(調和化)」が模索され、最近ではそれを一層推し進めるための企画として国際的会計基準と各国基準のデコボコを均すための「コンバージェンス(収斂)」が推進されてきました。

 現在は、欧州を中心にして(特に、EU各国が使う共通の会計基準として)開発されてきた「国際会計基準(International Financial Reporting Standards : IFRS)」と各国の会計基準とのコンバージェンスから、各国がIFRSを自国の基準として採用する「アドプション(自国の企業への強制適用)」の段階に入ってきたといえます。

 IFRSは、正しく日本語表記しますと「国際財務報告基準」ですが、これまで通り「国際会計基準」と呼ばれることが多いようです。なお、IFRSには、IASCが設定した会計基準(IAS)のうち現在も有効な基準も含まれています。そのため、「IFRS」と表示したり、「IFRS・IAS」と表示したりしますが、意味するところは同じです。

 IFRSは、「アイ・エフ・アール・エス」と読むのが正しいのですが、英語圏以外の人たちには発音しにくいので、「イファース」「イファーズ」と呼んだり「アイファース(ズ)」と発音することが多いようです。

 EU(European Union : 欧州連合)が域内(EUを構成する27カ国)の上場企業が作成する連結財務諸表に適用する会計基準としてIFRSを採用したのは、表向きは「EU市場で使う統一的会計基準」ということでありましたが、実利の面では、ソビエト連邦が崩壊した後のアメリカによる欧州侵略に対抗する手段として、アメリカ企業の利益だけを追求する会計基準ではなく、欧州の経済的、政治的利益を護るための独自の基準を作ろうとするものでありました。

 後で詳しく述べますが、EUではIFRSを連結財務諸表にしか適用しません。単体の財務諸表(個別財務諸表)には各国独自の会計基準を適用しています。この点は、世界中の会計先進国はどこも同じです。

 現在、世界の110を超える国・地域がIFRSを、何らかの形で自国企業の連結財務諸表に適用しているといわれています。適用の仕方や内容は国により異なり、オーストラリア・香港などのようにIFRSに書いてあるそのままに適用していると公言している国もあれば、EU諸国のように、IFRSの一部を除外して(これを「カーブアウト」という)強制適用している国・地区もあります。

東京合意(Tokyo Agreement)

 日本は、2007年にIFRSを設定している国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board : IASB)と結んだ「東京合意」により、目下、日本基準とIFRSとの相違を解消するコンバージェンス(IFRSと日本基準との間にある大きなデコボコを均す作業)を進めているところです。

 2012年までには「IFRSを日本企業に強制適用するかどうか」を決めるとしています。2012年まで「強制適用するかどうか」の判断をしないのは、アメリカが2011年までその判断をしないからだといわれてきました。アメリカは当初、今年の6月までに「IFRSの採否(アメリカ企業へ強制適用するかどうか)」を決めるということでしたが、「IFRSの中身がよく分からない」「アメリカ企業に与える影響がつかみきれない」などといった理由から、採否の決定をずるずると延期してきました。今のところ、採否の判断は今年の末になるとみられています。

 日本はアメリカの決定を待っているのです。アメリカが「IFRSを米国企業に強制適用する」と決めたなら、わが国は同じことを決めるしかないでしょう。アメリカも含めた世界の国々がIFRSを自国企業に適用すると決めたならば、日本には同じことを決めるしか選択肢はないようです。

 ところが、アメリカは、そう簡単には「IFRSを採用する」とは言わないのです。むしろ、現在のIFRSをアメリカ色に染め切る(アメリカ企業に有利なように変える)ことに腐心し、それができないならばIFRSを採用しない・・・といった姿勢をちらつかせています。世界の会計基準は、各国の利害や思惑がからんでいるので、そうは簡単に統一することはできないのです。

 世界にはいろいろな国があります。正直に言いますと、アメリカとイギリスといった「物づくり」では稼ぐことができなくなって、「金融」と「企業売買ゲーム」に軸足を移した国々と、ドイツ、フランス、日本を含むアジアの諸国のように「物づくり」で成り立っている国々とでは、そう簡単に利害を調整することはできないでしょう。

国際会計基準の歴史と目的

 少し歴史を振り返ってみましょう。国際会計基準(IFRS)を設定しているのは国際会計基準審議会(IASB)です。IASBの前身である国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee : IASC)は、会計基準の国際的ハーモナイゼーション(調和)を目的として1973年に発足しました。

 当時の国際会計基準(IAS)は、すでに紹介しましたように「理念・理想は高くても実用的ではない」「エスペラント語だ」として実務界からはほとんど見向きもされませんでした。

 転機が訪れたのが1988年です。各国の証券監督当局の国際機構である証券監督者国際機構(International Organization of SECurities Commissions : IOSCO)が「一定の会計基準が完成すれば、国際的に資金調達する企業の財務諸表作成基準としてIASを認知する」と意思表明したのです。

 IOSCOは、各国の「会計基準を設定する法的権限を持った政府機関の集まり」ですから、ここがIASを「国際的な会計基準」として認知すれば、「エスペラント語」扱いを受けてきた国際会計基準が一気に「実用基準」になるのです。

 「一定の基準(コア・スタンダード)」で問題になったのが「時価会計基準」でした。時価会計の基準は米国以外にはなく、各国の環境や考え方が異なり、一向にまとまりませんでした。そこで各国の合意が得られないまま、IASCの事務総長であったカーズバーグが起草委員会のメンバーを総入れ替えしたり、一時議論凍結などを繰り返したあげく、「どこの国も使わないという暗黙の了解」のもとに米国の時価基準をコピーすることを提案し、何とか形だけはコア・スタンダードを完成させたのです。    

実用段階に入った国際会計基準

 2000年5月、IOSCOはIASを「外国会社が国際的に資金調達する場合に使用する財務諸表作成基準」として承認しました。一応の完成をみた国際会計基準(IAS)はこうして「エスペラント語」扱いから実用段階に入ったのです。

 それまで、ヨーロッパを中心に会計基準の統一を図ってきた国際会計基準委員会(IASC)も組織変更して国際会計基準審議会(IASB)となり、設定する基準の名称も「国際会計基準(IAS)」から「国際財務報告基準(IFRS)」と変更しました。IASBは、ヨーロッパの統一基準だけではなく、より広く世界的な会計基準を設定するために、各国の基準との間にある大きな差異を解消する(コンバージェンス)ことを目的として積極的に活動を始めたのです。

 実は、IASBが「ヨーロッパ会計基準」を「世界の会計基準」に適用範囲を拡大しようとしたことが、世界の産業界・会計界を今日のような大混乱に陥れたのです。「ヨーロッパ会計基準」ということであれば、アメリカが口を挟むこともなかったでしょうし、会計哲学を異にするアメリカや日本の会計基準と無理やり統一するための摩擦や政治的駆け引きもなかったでしょう。

ノーウォーク合意

 国際会計基準と自国会計基準のコンバージェンスで難航したのは、日本とアメリカでした。日本もアメリカも大きな資本市場と独自の会計制度・会計基準をもっています。世界の会計基準を1つにまとめるのは、IFRSと日本の会計基準、IFRSとアメリカの会計基準の違いをすこしずつ均す作業(コンバージェンス)が、日本とIASB、アメリカとIASBの間で進める必要がでてきたのです。

 そうした中、2002年10月に、IASBはFASBとの間で「ノーウォーク合意」を結びました。ノーウォーク合意とは、「最も発達した資本市場であるアメリカで採用されているUS-GAAPと欧州をはじめとして世界的に採用が拡大している国際会計基準(IFRS・IAS)とをベースにして、高品質な国際的に認知された会計基準を両者の会計基準の実質的なコンバージェンス(収斂)という形で達成しよう」というものでした。

 簡単に言えば、これからの国際会計基準は、ロンドン(IASBの本部がある)とFASB(コネチカット州ノーウォークに本部がある)で相談して決める、というものです。要は、これからの国際会計基準はイギリス(IASB)とアメリカ(FASB)が相談して決めるというのです。

 なぜ、欧州のドイツ・フランスやオーストラリア、日本、韓国などを排除するのでしょうか、IASBの山田辰己理事は、次のように説明しています。「FASB以外の会計基準設定主体を加えて、IASB、FASB及びその他の会計基準設定主体という3者による世界基準の作成というモデルも考えられないことはないが、意見の食い違いの調整を3者間で行うことの困難さを考え、IASBとFASBの2者間のみで議論を行うこととしている」と(山田辰己「IASBのコンバージェンスに向けた活動について」『税経通信』2007年11月号)。

 これほど世界を馬鹿にした話はないのではないでしょうか。2人(2機関)が相談すれば結論が出せるが、3人(3機関)以上になると意見が食い違い纏まりがつかないからだというのです。国際的には「纏まらない」と分かっている話を、IASBとFASBで纏めるのです。2人で話し合って決めたから、各国はそれに従えというのです。

 いままではドイツもフランスも「アメリカへの対抗力」としてIASB・IFRSを支持してきました。しかし、アメリカの束縛から離れてヨーロッパの企業に適用することを意図して設定されてきた国際会計基準が大幅にアメリカ色に染められるのをみて、EU各国から不満や批判の声が上がってきているのです。

当コラムの内容は2011年6月に開催した「TKC IFRSフォーラム2011.6」の参考資料の内容を掲載しています。

参考文献

田中 弘『国際会計基準はどこへ行くのか―足踏みする米国,不協和音の欧州,先走る日本』時事通信社,2010年
田中 弘『複眼思考の会計学―国際会計基準は誰のものか』税務経理協会,2011年
田中 弘『不思議の国の会計学―アメリカと日本』税務経理協会,2004年
田中 弘編著『わしづかみ 国際会計基準を学ぶ』税務経理協会,2011年

筆者紹介

田中 弘(たなか ひろし)
神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授

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