「包括利益」の論点整理

第1回 「利益」について考える

更新日 2011.03.07

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公認会計士 中田 清穂
TKCシステム・コンサルタント

公認会計士 中田 清穂

2011年3月期から適用になる「包括利益基準」で作成する財務諸表そのものが変わります。このコラムでは、「包括利益」について、形式的な実務対応よりも、本質的に理解し納得できるようになるための解説をします。

 今回から「包括利益」についてのコラムを全5回にわたって連載します。

1.従来の取扱い

 従来「その他有価証券評価差額」や「為替換算調整額」などは、その残高が貸借対照表に表示され、その増減が親会社株主分に限り株主資本等変動計算書に表示されていましたが、損益計算書には表示されてはいませんでした。

2.2011年3月期からの取扱い

 それが、企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」(本コラムでは、「包括利益基準」と言います)により、「その他有価証券評価差額」や「為替換算調整額」などは、「その他の包括利益」と呼ばれるようになりました。また、包括利益計算書(2 計算書方式の場合)か、損益及び包括利益計算書(1 計算書方式の場合)に表示されるようになりました。

3.新基準「包括利益基準」での疑問

 ここで何かにひっかかるような感覚になっている人も多いと思います。その疑問の一つが、「その他包括利益」というのは、「利益」なのか「利益ではない」のか、ということです。

 「その他包括利益」が「利益」であるならば、なぜ「損益計算書」の当期純利益に含めないのかという疑問がわきます。「その他包括利益」が「利益」でないのなら、なぜ「包括利益計算書」や「損益及び包括利益計算書」に表示するのかという疑問がわきます。

4.疑問の前提(従来の常識)

 未だ廃止されておらず、生き続けている企業会計原則によれば、「利益」は「収益」から「費用」を差し引くことで計算されます。「収益」は実現主義で認識されます。「その他有価証券評価差額」は、いわば「含み益」であり「実現していない利益」なので、従来の日本の会計慣行からすれば、「利益」とは言えないはずのものです。そのため、冒頭で示したように、「その他有価証券評価差額」などは、損益計算書には表示されなかったのです。

5.疑問の原因(従来の常識とは違うから疑問が生じる)

 しかし、包括利益基準では、「包括利益」を定義するうえで、企業会計原則は無視しています。そして、企業会計基準委員会(ASBJ)の「討議資料」でしかない「財務会計の概念フレームワーク」の定義を持ち出しています。通常、会計基準として正式に取り扱うためには、「討議資料」を作成し、広くコメントを求めた上で適切な修正を施し、「公開草案」を作成し、公開草案についても広くコメントを求め適切に修正を施して最終的な「会計基準」にします。しかし、企業会計基準委員会(ASBJ)の「財務会計の概念フレームワーク」は「討議資料」でしかなく、「公開草案」の作成すらされておらず、正式に認められたものではないのです。

 一方、包括利益基準では、企業会計基準委員会(ASBJ)の「財務会計の概念フレームワーク」での包括利益の定義が、IFRSでの定義と同じであるため、IFRSでの「包括利益」と同じ考え方や表示方法を取り入れても問題ないという論理構成になっているのです。

 これでは従来の日本の会計慣行に基づいて経理・決算を行ってきた関係者からすると、納得できるわけがなく、疑問を持つのも当たり前なのです。

6.理解はできても納得はできない新基準(最近の日本の会計基準の根本課題)

 企業会計原則を無視するだけでなく、正式な承認プロセスを経ていない企業会計基準委員会(ASBJ)の「財務会計の概念フレームワーク」を持ち出すという、いわば「禁じ手」を用いてまで、包括利益基準を作ったのは、IFRSへのコンバージェンスを成就させる約束をどうしても守らなければならなかったからなのです。その結果、企業会計原則では「利益」ではないものを、損益計算書にくっつけてしまったのです。

 日本ではまだIFRSを採用してはいませんが、コンバージェンスを通して、日本の原則をなおざりにして、逆にIFRSの基本概念の影響を受けて会計実務を行わざるを得ない状況になってしまっている例といえるでしょう。

筆者紹介

公認会計士 中田清穂 (なかた せいほ)
TKC全国会中堅・大企業支援研究会 顧問
TKC連結会計システム研究会・専門委員

著書
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』(中央経済社)
『連結経営管理の実務』(中央経済社)
『SE・営業担当者のための わかった気になるIFRS』(中央経済社)

ホームページURL
有限会社ナレッジネットワーク http://www.knowledge-nw.co.jp/

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