「遡及処理基準」の論点整理

第3回 IFRSにおける遡及の考え方

更新日 2011.01.24

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公認会計士 中田 清穂 TKCシステム・コンサルタント
公認会計士 中田 清穂
いよいよ2011年4月以降に変更する会計処理や誤謬について、「遡及処理基準」が適用されます。従来の日本の会計慣行にはなかった考え方も多く、その論点さえ十分に整理されていない企業も多いようです。このコラムでは、「遡及処理基準」の重要な論点を整理し、解説します。

過去の会計期間に不正があったり、財務諸表に間違いがあれば、過去の財務諸表を作り直す。また、不正や誤謬がなかったとしても、今期から新しい会計基準を適用する場合にも、過去の財務諸表を新しい会計基準で作り直す・・・。
第1回のコラムで説明したように、遡及処理基準により、従来の日本の会計慣行ではおよそ信じられない対応をしなければならなくなりました。

この背景には、日本の会計基準をIFRSに近づける、いわゆる「コンバージェンス」対応があることは、皆さんご存知でしょう。IFRSには遡及処理規定がありましたが、日本の会計基準にはありませんでした。この相違をなくそうということで、日本の会計基準に遡及処理基準ができたのです。

では、そもそもなぜIFRSには、遡及処理規定があったのでしょうか。

それは、1989年にIASCにより公表され、その後2001年に現在のIASBにより承認された「概念フレームワーク」に記載されている基本的な考え方に基づいているからです。
概念フレームワークでは遡及処理に関連する、以下の記載があります。

  1. 財務諸表の利用者はいろいろいるが、最も高いリスクを負っているのは投資家である。
  2. したがって、投資家のニーズを満たす財務諸表は、その他の利用者のニーズも満たす。
  3. 投資家のニーズとは、投資対象企業の「将来キャッシュ・インフローの能力」を予測することである。
  4. 「将来キャッシュ・インフローの能力」は、適切な「財政状態、業績、財政状態の変動」を財務諸表によって示すことで、予測しやすくなる。
  5. 「将来キャッシュ・インフローの能力」を予測する上で「財政状態、業績、財政状態の変動」を示す財務諸表は重要な情報であるが、それ自体は予測情報ではない。
  6. 投資家が意思決定をするために、過去と現在の「財政状態、業績、財政状態の変動」をあらわす財務諸表から、「将来キャッシュ・インフローの能力」が予測できなければ、その財務諸表は目的にあったものとは言えない。
  7. 過去と現在の「財政状態、業績、財政状態の変動」をあらわす財務諸表から、「将来キャッシュ・インフローの能力」を予測するためには、過去と現在の財務諸表について重要な誤謬などがなく、いずれも同じ会計方針で作成される必要があり、そうしないと、適切な予測をするうえで、支障がある。

つまり、「予測」は、「過去」と「現在」の情報を駆使して、利用者が行うものだという考え方です。そしてそれは形式的な決まりごとなどではなく、非常に重要で、なくてはならない大原則なのです。

したがって、IFRSでは、期間比較できない財務諸表は、全く価値のないものだと言っても過言ではないでしょう。

なぜなら、期間比較できない情報は、ベースが異なる過去と現在の情報なので、予測に利用するには、あまりにも危険だからです。

前回のコラムで説明したとおり、現行の金融商品取引法上は、二期の財務諸表が「並記」なので、前期の財務諸表については「前期に提出された有価証券報告書の前期分の財務諸表がそのまま記載」されます。つまり遡及させずに「そのまま写したもの」になります。

結果として従来日本企業が作成してきた財務諸表は、利用者が「将来キャッシュ・インフロー」を予測する上では、ほとんど役に立たなかったと言われても仕方がないでしょう。

日本ではコンバージェンスの一環でIFRSと同じ基準ができたように受け取られて、実務負担が膨大になることを憂える関係者が多いようです。しかし、これは単に形式的な問題ではなく、意味のある財務諸表にするという本質を理解することこそ大切だと思うのです。

筆者紹介

公認会計士 中田清穂 (なかた せいほ)
TKC全国会中堅・大企業支援研究会 顧問
TKC連結会計システム研究会・専門委員

著書
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』(中央経済社)
『連結経営管理の実務』(中央経済社)
『SE・営業担当者のための わかった気になるIFRS』(中央経済社)

ホームページURL
有限会社ナレッジネットワーク http://www.knowledge-nw.co.jp/

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