更新日 2011.01.11

「遡及処理基準」の論点整理

第2回 前期財務数値の位置づけと監査意見

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公認会計士 中田 清穂 TKCシステム・コンサルタント
公認会計士 中田 清穂
いよいよ2011年4月以降に変更する会計処理や誤謬について、「遡及処理基準」が適用されます。従来の日本の会計慣行にはなかった考え方も多く、その論点さえ十分に整理されていない企業も多いようです。このコラムでは、「遡及処理基準」の重要な論点を整理し、解説します。

平成22年3月5日に金融庁から公表された「監査基準の改訂について」(公開草案)の「4「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の適用に伴う対応について」では、以下の記載があります。

  1. 現行の金融商品取引法上の開示としては、当期の財務諸表と前期の財務諸表を並記することとされている。ただし、前期の財務諸表は、原則として、前期に提出された有価証券報告書に含まれていた財務諸表がそのまま記載されている。
  2. 遡及基準の適用で金融商品取引法上、前期の財務諸表は、当期の財務諸表の一部を構成するものとして、当期の財務数値に対応する前期の財務数値を比較情報として位置づけて開示する。

上記のポイントは以下の通りです。

  1. 現行の金融商品取引法上は、二期の財務諸表が「並記」であるが、遡及基準適用後の金融商品取引法上では、「当期の財務諸表」のみが開示される。
  2. (1)の「当期の財務諸表」には、比較情報としての前期の財務「数値」が含まれる。

結果的に二期分の財務情報が開示されるのですが、その位置づけが異なるのです。

現行の金融商品取引法上は、二期の財務諸表が「並記」なので、前期の財務諸表については「前期に提出された有価証券報告書の前期分の財務諸表がそのまま記載」されるのです。つまり遡及させずに「そのまま写したもの」になります。

したがって、全く同じものなので、監査報告書も、前期に提出された有価証券報告書の前期分の財務諸表を対象とした監査報告書が、そのままコピーされて挿入されるのです。

しかし、遡及基準適用後の金融商品取引法では、二期の財務諸表の「並記」ではないので、「前期に提出された有価証券報告書の前期分の財務諸表がそのまま記載」されることはありません。遡及処理実施後の前期財務「数値」を、当期の財務諸表の「一部」として示すのです。

したがって、「財務諸表」としては前期分のものがないので、前期に提出された有価証券報告書の前期分の財務諸表を対象とした監査報告書をコピーして挿入することはないのです。監査報告書は、「比較情報を含む当期の財務諸表」を対象としたものだけを挿入することになるのです。

このように、監査報告書の対象となる当期財務諸表に、遡及処理実施後の前期財務「数値」が含まれることになると、会計監査人が当期財務諸表を監査する際には、遡及処理実施後の前期財務「数値」も監査しなければなりません。

当期の財務諸表の「一部」として示される比較情報としての「数値」は前期分だけですが、この比較情報としての前期「数値」は、実務上可能な限り過去に遡る必要があるので、遡る期間と内容によっては、非常に監査工数がかかると予想されます。

比較情報としての前期「数値」にかかわる監査工数をなるべく抑えるためには、会計監査人が閲覧する資料やデータをきちんと整理して、チェックしやすい仕組みにしておくことが重要だと思います。

そのポイントは、過去の決算期の、仕訳帳、勘定科目元帳、試算表などの帳表について、

  1. 遡及前と遡及後でなにがいくら変わったのか、その比較が容易にできること
  2. 遡及前と遡及後の相違項目について、その内容・詳細がわかりやすく説明できること
  3. 遡及前の結果もきちんと残しておくこと(遡及後の情報だけになるような上書きをしないこと)

具体的には、事前に比較用のスプレッド・シートを用意しておくなどといった対応が考えられるでしょう。
こういったポイントを軽視すると、経理・決算の現場は大きな負担を強いられることになるでしょう。

筆者紹介

公認会計士 中田清穂 (なかた せいほ)
TKC全国会中堅・大企業支援研究会 顧問
TKC連結会計システム研究会・専門委員

著書
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』(中央経済社)
『連結経営管理の実務』(中央経済社)
『SE・営業担当者のための わかった気になるIFRS』(中央経済社)

ホームページURL
有限会社ナレッジネットワーク http://www.knowledge-nw.co.jp/

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