更新日 2014.02.24
TKC全国会 中堅・大企業支援研究会会員
税理士・中小企業診断士 西村 道浩
グローバル展開する企業にとって、国際税務の知識は必須です。このコラムでは、海外進出から撤退の段階別に、関連する国際税務の個別論点を取り上げ解説いたします。
第3回は、②海外オペレーション時(海外事業のライフ・サイクルにおける"成長期・成熟期"に相当)における国際税務の主要論点の1つである移転価格税制について検討します。
Ⅰ 外国子会社配当益金不算入制度導入後の移転価格課税強化の方向性
平成21年度税制改正による外国子会社配当益金不算入制度の導入以降、日本の税務当局は外国子会社から日本の親会社への配当による資金還流時に、従来のような追加課税を行うことができなくなりました。具体的に、外国子会社配当益金不算入制度の導入前・後における日本の親会社における法人税負担額を比較してみましょう。
なお、簡便化するため、日本親会社の利益は外国子会社からの受取配当のみ、実効税率40%で全額外国税額控除をとれるものとし、外国子会社の利益は1,000、現地実効税率30%、税引後利益の全額を配当するものとします。
導入前では、日本親会社は外国子会社からの受取配当700に海外で支払った外国税額300をグロスアップした1,000の課税所得に対して、法人税等400から外国税額控除300を控除した100の法人税等を日本で支払っていました。
一方、導入後では、日本親会社は外国子会社からの受取配当700から益金不算入額665を控除した35の課税所得に対して、14の法人税等を日本で支払うことになりました。
日本の税務当局にとっては、実に86(=100-14)もの税収減となるわけです。
この結果、日本の税務当局は、従来のように外国子会社が利益を配当還流する段階ではなく、利益を計上した段階において移転価格税制や(第4回で説明する)タックス・ヘイブン税制による課税を強化するスタンスに変化しているものと思われます。
次の表は、平成22事務年度~平成24事務年度における移転価格税制に係る調査状況を示しています。ご覧の通り、非違(申告漏れ)があった件数及び申告漏れ所得金額ともに、3事務年度連続で前年より増加していることからも、課税強化の方向性が見て取れます。
【移転価格税制に係る実地調査の状況】
22 | 23 | 24 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
件数等 | 前年対比 | 件数等 | 前年対比 | 件数等 | 前年対比 | |
非違があった件数 | 146 | 146.0% | 182 | 124.7% | 222 | 122.0% |
申告漏れ所得金額 | 698 | 101.6% | 837 | 119.9% | 974 | 116.4% |
(平成25年10月に国税庁が発表した平成24事務年度の法人税等の調査事績の概要等に基づいて作成)
II 移転価格課税が連結実効税率に与える影響
移転価格課税が行われると、その取引自体は元々連結財務諸表上で消去されているため影響がない一方で、多額の税金費用が追加計上されることになりますので、連結実効税率は上昇(結果、ROEは低下)することになります。また、移転価格課税による連結実効税率の大幅な上昇があると、親会社の連結実効税率と法定実効税率との差異の原因として、連結財務諸表の注記により開示されることになります。
下記の表は、2010年以降の主な移転価格課税のリストです。
【2010年以降の主な移転価格課税案件】
課税時期 | 社名 | 更正所得額 | 更正税額 |
---|---|---|---|
2010年 | A社 | 100億円 | 32億円 |
B社 | 105億円 | 53億円 | |
C社 | 174億円 | 26億円 | |
2012年 | D社 | 143億円 | 67億円 |
E社 | 160億円 | 80億円 | |
2013年 | F社 | 103億円 | 49億円 |
G社 | 200億円 | 33億円 |
(注)新聞報道及びプレスリリースに基づき作成
このうちの1社の事例で、移転価格課税に伴う連結財務諸表及びROEへの影響を検証してみましょう。
事例企業では、遡ること6年間の外国子会社との取引につき移転価格に基づく更正を受け、この処分を不服として異議申立て及び租税条約に基づく相互協議の申立てを行いました。連結損益計算書上では、相互協議により二重課税の排除が見込まれる前提で、日本と外国子会社所在地国との法人税率差による差額及び追加納税に伴う附帯税額の合計額(2,194百万円)が過年度法人税等として計上され、結果として、連結実効税率は64.21%(前期比25.56%増)に上昇し、ROEは1%(前期比5.3%減)まで低下しました。
なお、事例企業では、相互協議により二重課税の排除が見込まれる前提で過年度法人税等を計上しましたが、新興国との相互協議は合意に至らないこともあり、また、異議申立てや税務訴訟などによる国内救済措置についても勝率は1割程度と高くありません。仮に、二重課税が排除できない場合には、更なる連結実効税率の上昇とROEの低下を招くことになります。
Ⅲ 相互協議の現状と本社主導による税務管理の必要性
下記のリストは、平成25年6月現在の相互協議の相手国を、OECD加盟国と非加盟国の別、地域別に示しています。日本は53の租税条約で64か国と相互協議条項を持っており、下記のリストに記載されている23か国と交渉を行っています。
【相互協議の相手国(平成25年6月現在)】
欧州 | アジア・大洋州 | 北米 | |
---|---|---|---|
OECD 加盟国 |
ベルギー チェコ※ デンマーク※ フランス※ ドイツ※ アイルランド※ イタリア※ ルクセンブルク※ オランダ※ スウェーデン※ スイス※ イギリス※ |
オーストラリア※ 韓国※ |
カナダ※ アメリカ※ |
OECD 非加盟国 |
中国※ 香港※ インド※ インドネシア※ マレーシア シンガポール※ タイ※ |
||
12か国 | 9か国 | 2か国 |
- (備考)
- 平成25年6月末時点で、相互協議の申立てがなされている相手国(計23か国)。
国名の右の「※」 は、事前確認に係る相互協議の申立てがなされている相手国(21か国)。
最近5年間における相互協議の相手国の数は、おおむね横ばいで推移しています。
(平20:22か国→平24:23か国)
(国税庁HPより)
下図で、アジアの新興国を中心としたOECD非加盟国との相互協議の発生・処理・繰越件数を見てみますと、繰越件数が徐々に増加しているのがわかります。OECD非加盟国との相互協議は、①相手国の人材・ノウハウ・経験の不足、②OECDコメンタリー・同ガイドラインに沿った議論が行われないこと、③相手国政府のポリシーとして歳入確保に重点が置かれ還付への抵抗が強いこと、などの理由から交渉が難航し、先進国相手ならばほぼ成立する相互協議も、OECD非加盟国相手では一歩も退いてもらえない現状が垣間見えます。
(国税庁HPより)
我が国最大の貿易相手国である中国の例でみると、①機能・リスクに見合わない中国国内のコンパラブルの使用や無理な利益分割法の適用により、中国側に実態からかけ離れた過大な利益を認める課税、②現地子会社の利益率が低いことを理由とする支払いロイヤルティの否認、などが起きていますが、納税者サイドの事前準備や調査対応が不十分であると、その後の相互協議の交渉でも相手国が説得に応じないという事態も起こり得ます。
IV まとめ
移転価格課税は、過去6年に遡って課税されるため、6年分の課税を一度に受け多額の追徴課税が発生することに加え、近年増加するアジアの新興国との相互協議では二重課税を排除できないリスクもあることから、連結実効税率及びROEへの影響が非常に大きく、移転価格課税のリスクが顕在化する前からの本社主導によるグローバル税務管理が重要だと言えるでしょう。
日本の本社では、最低限、①外国子会社の事業活動や現地税務当局への対応などにつき現地の代理人に任せきりにしない、②外国子会社の果たす機能や負担するリスクを把握し、それを文書化しておく、③外国子会社の利益水準が機能に見合った適正なものであるか継続的にモニタリングし、適正水準であることを種々のデータで現地税務当局に説明できるようにしておくことが重要です。
参考文献
- 大河原健、須藤一郎 『国際取引のグループ戦略』 東洋経済新報社
- 仲谷栄一郎、井上康一、梅辻雅春、藍原滋 『外国企業との取引と税務(第4版)』 商事法務研究会
- 佐和周 『海外進出・展開・撤退の会計・税務』 中央経済社
- 手塚仙夫 『税効果会計の実務(第8版)』 清文社
- 月刊国際税務 2013年7月号『最近の相互協議の状況について』
プロフィール
税理士・中小企業診断士 西村 道浩(にしむら みちひろ)
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