北海道の商業・公共施設を顧客にサイン工事を手がける日宣。最近は屋内位置情報サービスの開発と販売にも力を注いでいる。長谷川日出夫社長は「新しい事業の柱として位置情報サービスを育てていきたい」と力強く語る。

プロフィール
はせがわ・ひでお●1939年北海道札幌市生まれ。1984年に日宣を設立し代表取締役社長に就任。
座右の銘は「率先垂範」。
長谷川日出夫社長

長谷川日出夫社長

 北海道と各地をつなぐ空の玄関口、新千歳空港。年齢や国籍を問わず日々多くの旅行客が行き交う構内には、目的の場所まで速やかに移動できるよう大小さまざまな案内サインが掲示されている。その8割以上を製作しているのが札幌市に拠点を置く日宣である。

「新千歳空港の国際線ターミナルや旅客ターミナルビルをはじめ、札幌駅前通地下歩行空間(チカホ)、大丸札幌店の外壁サイン、JRA札幌競馬場など北海道の商業・公共施設の案内サインを多く製作しています。北海道、特に札幌の中心地を歩けば、弊社が手がけた看板、サインを目にすることでしょう」

 そう断言するのは長谷川日出夫社長である。顧客の意図や要望をスピーディーかつ精緻にデザインへ反映する企画・設計力が強みで、工事の発注元である大手建設会社はもちろん、納品先施設からの信頼も厚い。新型コロナの影響でここ数年は受注が低迷していたが、行動制限の緩和にともない業績も徐々に回復傾向にある。

 1984年の創業以来、現在にいたるまで経営者として会社のかじ取り役を担ってきた長谷川社長。今年で83歳を迎えるが、事業拡大への意欲はまだまだ衰えていない。特に同社がいま挑戦している「屋内用位置情報サービス」の普及には、並々ならぬ情熱を注いでいるようだ。

低コスト・工事不要が売り

 長谷川社長は言う。

「当社の屋内用位置情報サービス『IGPS』は自分が今どこにいるかを携帯端末で確認できるサービスで、イメージとしては『屋内版グーグルマップ』です。すでに新千歳空港で運用を始めており、ゆくゆくは全国の大型商業施設やテーマパーク等への導入を目指し積極的な営業攻勢をかけているところです」

 日本ではビーコンを用いた位置情報確認サービスが出回っているが、運用面の課題として「ビーコンを施設のいたるところに設置しなければならない」(長谷川社長)。さらに配線も複雑になるため、イニシャルコスト、ランニングコストともに高額になることが多いという。一方、IGPSはビーコンではなくサーバーとの通信で位置情報を参照する仕組みのため、低コストかつ複雑な工事を行わずに導入できる。

 使い方もシンプル。利用者は施設内に掲示してあるポスターのQRコードをスマートフォンやタブレット端末で読み取ることで現在地を速やかに把握できる。目的地への案内機能のほか、英語、中国語、韓国語を含む6カ国語に対応。ブラウザで起動するため、アプリをインストールする必要もない。

「実用化にあたりユーザーにとって使いやすい仕様を目指しました。アプリを利用しない位置情報サービスは他になく、特許も複数取得しています」

旅行客の迷子状態を解消

 と長谷川社長は話すが、日宣のメイン事業はあくまでも案内サインの製作である。これまでにITツールを手がけた経験は一切ない。そんな同社にとって、屋内用位置情報サービスの開発は前代未聞の挑戦だったはず。なぜ長谷川社長は経験もノウハウもない領域に果敢にも飛び込んだのか。

 それは、新千歳空港のスタッフから寄せられた、ある相談がきっかけだった。

「旅客対応担当者から『構内で現在地を確認できる仕組みを作ってほしい』という相談を受けたのです。詳しく聞いたところ、迷子状態の旅行客が多く、空港スタッフが案内に苦慮していると悩まれていたのです。新千歳空港さんとはサイン製作のほか、エスカレーターの進行方向を示すLED点滅装置や逆走防止センサーなどさまざまな工事をご依頼いただいていたので、日ごろから緊密に連絡を取っていました。ITツールを作った経験はありませんでしたが、これまでにない画期的なサービスを生み出すことの面白さや『知り合いのつてをたどれば実現できるのでは』という期待から、当社で引き受けることにしたのです」

 思い立ってからの行動は素早かった。長谷川社長が情報技術に詳しい経営者仲間に声をかけ、位置情報サービスの開発プロジェクトを立ち上げたのが2015年のこと。その後、試行錯誤やトライ&エラーを積み重ね、17年に完成。テスト運用を複数回繰り返したのち、新千歳空港への導入が正式に決まった。

 こうして屋内用位置情報サービスにビジネスチャンスを見出した長谷川社長。ユーザーをさらに拡大するべく、販売責任者の宮崎秀仁営業課長兼ITディレクターとともに積極的な営業攻勢をかけた。

「広告やテレビコマーシャルに予算を割けるほどの余裕はありませんから、電話やメールを使って地道に営業展開しました」(長谷川社長)

川崎重工業と協業へ

 そんな同社の活動を後押しする出来事が起こる。今年3月、テレビ東京系列の経済番組「カンブリア宮殿」で川崎重工業の屋内位置情報サービス「iPINT-K」の開発ストーリーが紹介されたのだ。

「IGPSと用途や仕組みがとても似ていたので、何か協力できないかと放送を見て思い立ちました」と長谷川社長。すぐさま川崎重工業の開発担当者にIGPSの紹介資料をメールで提供したところ、「ぜひ会ってお話ししたい」との返事が返ってきた。その後、担当者が実際に日宣のオフィスを訪れ、面談を交わしたところ製品のコンセプトや今後の販売方針が一致。機能のアップデートや販売戦略について積極的に情報交換を行うことが決まったほか、iPINT-Kの代理店契約も結んだ。

「大手企業の商材を扱えることは当社にとって願ってもないことです」と長谷川社長は目を細める。

 川崎重工業という強力な味方を得たことで長谷川社長は再び積極的な営業攻勢に打って出る。失注先にも積極的にアプローチしたところ、徐々に面談に応じてもらえるようになった。現在は大型商業施設をはじめ、そうそうたる企業と商談中で、ある商業施設ではIGPSの導入に向けて運用試験を行っており、もう間もなく正式導入が決まる見込みだという。

「基本的にはIGPSとiPINT-Kの両方を提案し、お客さまの要望や予算等に合わせてどちらを導入するか決めていただいています」(長谷川社長)と、商品のすみ分けも明確だ。

「最近はIGPSとiPINT-Kの連携について検討しているところです。具体的にはIGPSのQRコードから位置情報を呼び出す仕組みをiPINT-Kに搭載することを目指して開発を進めています」

 と続ける長谷川社長。新型コロナの影響でサイン工事の受注が滞った分、屋内用位置情報サービスで巻き返しを図りたい考えだ。

 捲土重来(けんどちょうらい)のときは、そう遠くなさそうである。

(協力・税理士法人戸井会計事務所/本誌・中井修平)

会社概要
名称 株式会社日宣
創業 1984年2月
所在地 北海道札幌市白石区菊水元町6条3丁目4-13
URL http://www.hi-nissen.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2022年12月号