モンスターペアレンツ、モンスターペイシェントなど、理不尽極まりない要求で組織を悩ます困った人々が増えている。もちろん、中小企業にもモンスタークレーマーの影が忍び寄りつつある。

 クレーマー(企業や店舗などに理不尽な要求を繰り返す顧客)が社会問題化しています。実際、昔に比べてクレーマーは増えているのですか。

 間違いなく増えています。1984年、アメリカのジョン・グッドマンという人が「顧客が苦情を企業に伝えるのは26件中1件」という有名な測定結果を発表しました。この数字が長らく業界の常識としてまかり通ってきたわけですが、私は現在の日本にそぐわないと感じていました。そこで、同様のリサーチしてみたところ、なんと4.63回に1回という結果が出たのです。つまり、この数字の変化を文字通りにとらえるなら、30年前に比べてクレーム発生率が5~6倍にはね上がっているということになります。

 なぜ、それほどクレーム発生率が上昇したのでしょうか。

 時代の変化でしょう。たとえば、戦後からしばらくはクレームなんてありませんでした。みんな生きるのに必死でしたからね。ところが、高度成長を経てバブル景気を迎え、衣食住足りて「変な暇」ができてしまった。お金と暇はあるけどやることがない、じゃあ店に行って文句でも言おうかと……。それがエスカレートしながら今に続いているという印象です。

毅然とした態度ではねつける

 今と昔でクレーマーの質に変化はありますか。

 基本的には変わりませんが、金品の要求が増えたように思います。要するに「金返せ」という要求ですね。昔は「金返せ」というのは“非常識”だったんです。それが普通の人たちの感覚でした。だから謝罪で済むことが多かった。ところがいまではまずはお金です。しかも現状回復以上のものを要求しようとする。これも時代の変化としか言いようがありません。それから、別の話になりますが、警察の暴力団対策が厳しくなるにつれ、困りはてたいわゆるコワイ人がしのぎのためにささいなことに因縁をつけて金をせびるという案件も増えているようです。

 クレーマー対応の欠かせないポイントを教えてください。

 「“解決しない苦情はない”という考え方」「“お話を聞かせていただきます”という気持ち」「“お困りなのはお客さま”という基本姿勢」――この3つを心得ておくと、相手の話をおだやかに余裕を持って聞けるはずです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、これが難しい。ついつい自分あるいは会社を守ろうとして、いい加減にやり過ごそうとしたり、言葉の端々にエゴが出たり、謝罪がおざなりになったりしがちです。すると、それを敏感に感じとった相手の怒りがますます燃え上がるというよくあるパターンにはまりこんでしまう。ひたすら土下座して謝罪しろと言いたいのではありません。相手の納得を得るための最短コースを冷静に見極めながら柔軟かつ毅然として対応するということです。顧客が納得すれば手打ちができるわけですから、感情に流されず、あくまでもそこを目指すことが大事なのです。それと、顧客の納得を遠ざけ、クレームがこじれるのは、大抵の場合、初期対応の不備です。とにかく初期対応に神経を使ってください。

 クレーマーのペースに巻き込まれずに毅然とした対応をとるには、何を気をつければいいのでしょうか。

 まず、名前、住所、連絡先を聞いてください。これは基本中の基本です。「名前なんかどうでもいいだろう」とあくまで答えようとしない人とは「苦情には会社で対応させていただきますので、申し訳ありませんが、お名前をうかがえないならお答えできません」と交渉を打ち切って構いません。個人情報を知られてしまうと、さまざまな意味で理不尽な要求はしにくくなるものです。

 それから「そんなことも分からないのか、このバカ」「お前を見てると暑苦しいんだよ、このデブ」など、クレームとは関係のない人格を否定するような言葉を発するクレーマーへの対応は拒否してください。それから、怒りのあまりワーっと大きな声でどなりちらす人がよくいますが、途中で遮ってはいけません。火に油を注ぐことになります。すっきりするまでしゃべるだけしゃべらせて下さい。そして、相手を冷静に観察すること。声のトーンや眉の上がり下がり、しゃべり方などを見て、怒りが収まりつつあるのを見計らって何らかの解決策を提示するなど、適切に対応するのです。難しいことではありますが、経験を積んでいけばできるようになります。

 金品を要求されたら?

 安易に金品支払いの約束をしてはいけません。あくまで原状回復のために必要な金額を証明するものを要求してください。たとえば、「お前のところで食べたもので腹痛をおこしたので病院代と会社を休んだ日数分の賃金を補償しろ」と言われたとしても、「すぐにはお支払いできません。会社でできる限り対応しますので、病院とお勤め先からそれらを証明するものをもらってきてください」と返してください。このようなクレームは詐欺の場合も多いので、いちいち要求に応じていたらきりがなくなります。

 「社長を出せ」との要求にはどう対処すれば?

 応じてはいけません。社長が対応しても意味がないからです。どうしてもというなら「私が権限をいただいておりますので、私の言葉が社長の言葉と思っていただいて結構です」と返してください。

 われわれ素人が、とりあえず相手につけ込まれないコツというのはありますか。

 できないことや無理な要求をついのんでしまうことはよくあることですが、それは対応する側にスキがあるからです。次に挙げるようなスキがないかどうか自らを検証してみてください。

  1. 話をしっかり聞いている態度に見えない
  2. 相手の言っていることを理解できず、トンチンカンなことを言ってしまう
  3. 経験不足で上がってしまう。慌ててしまう
  4. 相手の大声や外見におびえる
  5. 同じ対応、回答を何度もする
  6. 対応側に不利なことを口にする

 早くこの場から去りたい、会話を終わりにしたいという思いがスキをつくります。いわゆるコワイ人が無理な要求をしてきても「いや、それは無理です」と冷静にはね返すことができるかどうかが成否の分かれ道になります。びびってしまっては相手の思うつぼ。どんどんつけ込まれてしまいます。腹を据えて“柳に風”のごとく柔軟に対応するのです。コワイ人でも暴力を振るうことはまずありません。相手が「こいつにいくら言っても金品はとれないな」と諦めさせる対応が必要なのです。

「初期対応」が最大のポイント

 中小企業にとって、今、どのようなクレーマー対策が必要でしょう。

 繰り返すようですが、とにかく初期対応をしっかりすることです。ここを誤らないよう、電話対応を含めて専門家による研修などで教育してください。あるいは、月に何度か「クレームの日」を設けて、みんなで現場のクレーム案件を出し合って議論するのも良いでしょう。それから、クレーム対応専門の人あるいは部署をつくることも考えてみてください。なお、担当者にはできるだけ物に動じない人を選抜すること。そして、そこに情報を集中するようにしてください。そうすることで、担当部署(人)のノウハウが蓄積され、スキルも上がります。

 ただ、そのスキルが本当に正解を導くものなのかどうかは十分に検証してください。私が勤めていた百貨店のお客様相談室も各店舗ごとに20人以上の室長がいましたが、正直なところレベル差はかなりありました。ただ要求をつっぱねるだけの人もいれば逃げ回るだけの人も……。要するに、その人の適性と知識の正しさを常に検証する仕組みも必要だということです。不正解を出し続ける担当者は、会社に大きな損失を与えます。その意味で、いま、会社の顧問に外部の実力のある苦情処理専門家を置く企業が急増しています。

 百貨店時代に経験された印象的なクレームとその対処法について教えてください。

 お中元に「もらった」カステラが賞味期限を5日過ぎていたというクレームを受けたことがありました。でも、贈った人が購入したときには賞味期限が十分に残っていたのです。もちろん販売側にはまったく責任はありません。もらった日は購入日から2週間も経っていたのですから。ところが、当時の経験の浅い若い担当者が、メーカーと一緒に1万円を持ってお詫びに行ってしまった。これがこじれる原因でした。「1万円で話をつけようなんて虫が良すぎる」と突き返されたのです。さらには保健所員を連れて店舗に乗り込んでくるなど大騒ぎになりました。この案件は明らかに初期対応に問題がありました。私なら最初のクレームにこう対応します。

 「お客さまがうちでお求めになられたんですか?」
 「いや、もらったんだ」
 「では、その方とお話させてください。購入日を確認したいので」

 その上で、贈った人に連絡し、「当方に責任はありませんから謝りに行ってください」とお願いすれば済む話です。

 結局この件は、途中から私が引き受けましたが、理にかなった対応でなんとか収束させました。その過程では、私どもに落ち度がないことを毅然として宣言し、“メーカーの社長と店長をつれてこい”との要求も「できません」と拒絶しました。最終的にはこちらが謝罪文を出して落としどころをつくりましたが、初動を間違わなければ、こんな騒ぎになることはありませんでした。

 私は基本的には「クレーマーは企業がつくる」と考えています。人格障害が疑われるような異常なクレーマーは弁護士や警察の役割でしょう。しかし、それ以前のハードクレームについては初期対応や担当者のスキルによって必ず収束できます。そのことを肝に銘じて、粘り強いクレーム対策を行ってください。

プロフィール
せきね・しんいち 百貨店に34年間在職し、長らくお客様相談室を担当。やくざ・クレーマー・詐欺師等特殊な客を専門に1300件以上のクレームに対応。退社後も、歯科業界を中心に1000件以上の苦情案件を処理。苦情処理の専門家として各方面への執筆と講演活動を行っている。『となりのクレーマー』(中央公論新社)、『日本苦情白書』(メデュケーション株式会社出版部)など著書多数

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2012年9月号