東海地方を中心に不動産の売買・仲介を手がける鵜飼不動産(岐阜県)。かつて赤字決算が続き資金繰りがひっ迫していた同社は、適時適切な業績報告を足がかりに見事V字回復を成し遂げた。鵜飼隆司社長は「業績の良くないときにこそ決算書を積極的に開示するべき」と語る。
左から2番目は経理担当の武藤早智子さん
梅雨時にもかかわらず太陽がじりじりと照りつける6月の昼下がり。鵜飼不動産の鵜飼隆司社長、商工組合中央金庫(商工中金)岐阜支店の佐藤功哉氏、浅野雅大顧問税理士の3人が、前期の業績確認と今期の見通しについて話し合うために鵜飼不動産本店の応接室に参集していた。
全金融機関に月次試算表を提出
オフィス
口火を切ったのは佐藤氏。決算資料を目にしながら「前期は過去最高益を達成しましたね。物件の在庫も減っているようですが販売は順調ですか」と尋ねると、「いや、逆に仕入れが滞ったんだよね」と鵜飼社長が少し物憂げな表情で答える。これを受けて「では今期はもう少し在庫を多く持たれる方針ですね」と社長の考えを深掘りする佐藤氏……。
これは商工中金とTKC全国会の提携商品「対話型当座貸越(無保証)」の利用要件(『戦略経営者』2022年11月号 P68参照)である「対話」の一幕だ。鵜飼不動産では第3四半期の決算を迎える6月に行うのが恒例となっている。
対話型当座貸越の特徴は何といっても最高で3,000万円の融資を無担保・無保証で受けられる点。その分、直近の業績が黒字で月次試算表や決算書、記帳適時性証明書、添付書面等の資料を『TKCモニタリング情報サービス』(MIS)で開示しなければならない。
浅野雅大税理士
一方で、鵜飼不動産は浅野税理士と中嶋美穂監査担当による”伴走支援”のもと、『FX2クラウド』での自計化、巡回監査、月次決算、経営計画策定を実践。加えて、14の取引金融機関すべてにMISで月次試算表を提供するなど「ガラス張り経営」にも積極的に取り組む。このように、対話型当座貸越はTKC方式の会計を忠実に実践する同社にもってこいの商品と言えよう。
「鵜飼社長は業績管理に関心が高く金融機関との関係構築も熱心ですから、対話型当座貸越がリリースされたときも『使わない手はない』とすぐさま申し込みをされました。ちなみに、鵜飼不動産さんが岐阜県の利用第1号案件です」(浅野税理士)
中嶋美穂監査担当
出色なのがMISを利用する前から取引のあるすべての金融機関に月次試算表を提出していたこと。そのため、かつては全金融機関分を印刷し、経理担当者が一つずつ手作業で封詰めして郵送するなど手間と時間がかかっていたが、「MISによってこれらの作業が省略され、他の業務に集中できるようになったと経理担当の武藤早智子さんも喜んでおられました」と中嶋監査担当は述懐する。
とはいえ、なぜ鵜飼社長はここまでタイムリーな業績開示にこだわっているのか。それは同社のこれまでの歩みを振り返れば一目瞭然だ。
きっかけは銀行マンの"一言"
鵜飼隆司社長
鵜飼社長が入社したのは1992年。ちょうどバブルが崩壊した直後のことである。不動産売買・仲介業として地道に営業してきた同社も、例に漏れず赤字が続き、手元資金の確保に汲々(きゅうきゅう)とするなど窮地に立たされていた。「銀行が融資をためらうほどの状態だった」と、当時専務だった鵜飼社長。
「あるとき、メインバンクの担当者に借り入れの枠を増やす秘けつを尋ねたところ、『迅速に会社の状態をオープンにすること。業績が良くても悪くても真摯(しんし)に開示することです』とおっしゃったのです」
この一言に感化された鵜飼社長は経営状況を積極的に開示するようになる。調達した資金を使ってどんな物件を仕入れたのか、その後売却益がいくら上がったのか、在庫として今どれだけの物件を抱えているのか……。自社の「数字」を事細かに報告し続けたことで金融機関担当者の態度も変化していく。
「業績報告を繰り返すうちに銀行もわれわれを信用してくれるようになったのか、次第に融資が受けやすくなりました。自社の状況をここまで詳細に開示する会社は他になかったようです」(鵜飼社長)
融資枠が拡大したことで以前は手を出せなかった優良物件を売買できるようになり、みるみるうちに利益体質の会社へと変貌を遂げた。取引金融機関も増え、キャッシュフローも大幅に改善。MISを利用して以降は双方の関係がより密接になり、「必要なときに必要な支援が受けられるようになった」と鵜飼社長は述懐する。
その後、太陽光発電の売電事業やフィットネスジムのフランチャイズ経営などの新規事業を続々とスタート。昨年度は過去最高となる8,650万円の当期純利益を計上するなど、ガラス張り経営の効果は如実に現れている。
「ご存じのとおり不動産は単価が高く、仕入れるには多額の資金が必要です。特に質の高い物件ほど同業者と競合するため、売りに出された時点で購入資金を準備しておかなければなりません。私が金融機関との関係構築に注力してきたのも、手元のキャッシュを常に潤沢にし、良い物件を速やかに確保するため。機動的かつこまめな業績開示はスピーディーな借り入れにつながっており、MISを利用するようになってからは融資を受けるスピードがさらに加速しました。おかげさまで超優良物件も他社に先駆けて押さえることができています」(鵜飼社長)
経営者保証の解除にも一役
さて、話題を対話型当座貸越に戻す。2013年に「担当者の飛び込み営業を受けた」(鵜飼社長)ことを機に商工中金との取引関係がスタートすると、メインバンクとは別の、もう一つの"伴走者"として同庫の存在感が増していく。
「太陽光発電の売電事業を立ち上げた際、事業資金を真っ先に融資してくれたのが商工中金さんでした。それ以来、既存事業はもちろんコロナ融資などでとてもお世話になっています」と鵜飼社長。19年1月には対話型当座貸越で2,000万円の融資契約を締結。「手元資金の充実」をテーマに掲げる鵜飼社長にとってこれ以上ない強力な"サポーター"だ。
さらに思いもよらない効果もあった。融資契約を結ぶにあたり、当時の担当者から「既存の融資についてもすべて経営者保証を外します」と告げられたのである。
商工中金の佐藤氏は「前任者から聞くところによると……」と前置きした上でこう話す。
佐藤功哉氏
「われわれとしても透明性の高い経営に取り組んでおられる企業には積極的に経営者保証を解除していきたいと考えています。鵜飼社長は情報開示をタイムリーに実践されていますし、法人と個人の関係も明確に分けている。『経営者保証ガイドライン』が示す解除の要件を満たしていたので、対話型当座貸越を契約するタイミングで他の融資についても保証を外すよう提案したようです」
これを機に他の金融機関とも経営者保証の解除に向けた交渉に動き出した鵜飼社長。「ありがたいことに他の金融機関でも何件か保証を外していただきました」と相好を崩す。これも、透明性の高い経営を目指して真摯に取り組んできた結果と言えるだろう。
「こうして毎期安定して利益を出せているのも、財務状態を包み隠さずオープンにし、手元の資金を充実させてきたから。たしかに赤字の決算書を提出するのはためらいがありますが、借りたお金を何に使い、その結果どうなったかを報告するのは経営者として当然行うべきことでもある。たとえ業績が良くなくても決算書は積極的に開示し、お互いの関係性を築くことが経営改善の"はじめの一歩"だと思います」
と力強く話す鵜飼社長。既存事業の底上げと適時適切な業績開示を継続し、「業績と従業員の待遇アップを目指していきたい」と意気込む。
(本誌・中井修平)
名称 | 鵜飼不動産株式会社 |
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設立 | 1989年4月 |
所在地 | 岐阜県岐阜市福光東2-8-5(本店) |
売上高 | 14億円 |
社員数 | 41名(パート含む) |
URL | http://ukai-re.jp/ |
顧問税理士 |
浅野雅大税理士事務所
所長 浅野雅大 岐阜県本巣郡北方町曲路3-46 URL: https://www.asano-zeirishi.jp/ |