当誌9月号の第1特集『資金繰り新時代~短期継続融資を活用せよ』の第2弾。新たなケーススタディーをさらに詳細に掘り下げ、中小企業の資金繰りにとって短期継続融資がいかに有効か、また、金融機関から短期融資を引き出すには何が必要かを探った。
創業は1980年。埼玉県の歯車メーカーにつとめていた萩原晃社長は、旋盤によるブランク加工(歯車の輪郭をつくる加工)における外注の品質に満足できず、自ら手掛けようとヤマト精機製作所(現ヤマト精機)を立ち上げた。36歳の時だった。さらに数年後、カム研削やマシニングセンターなどによる高精密加工にも進出していくわけだが、萩原社長にはあるこだわりがあった。
「独立時に、前の会社のお得意先から引き合いがあったのですが、すべて断りました。そのため、最初の半年はほとんど売り上げがありませんでした」(萩原社長)
技術提案型の営業を展開
自らを育ててもらった恩をあだで返すわけにはいかない……。そのような商道徳を大事にするいわゆる昔かたぎの気質は、新規受注への熱意だけでなく周囲からの信頼感をも引き寄せる。
そうこうするうち、近隣を中心に受注が増えていき、すぐに月商で200~300万円をかせぎだすようになった。
ちょうどそのころのこと。83年2月に、のちに萩原社長の盟友となる岩田修一税理士も独立。当時、商工会議所の経営指導員をつとめていた岩田税理士は、前年の82年から青色申告時代のヤマト精機の経理を見るようになり、ここから二人三脚がはじまる。そして85年には株式会社へと法人成り。
その後は、多くの機械加工会社がそうであるように景気の波に翻弄(ほんろう)されながらも、おおむね右肩上がりの成長を続け、建設機械、工作機械、産業用ロボット、自動車のエンジン部品など守備範囲を大きく広げていくこととなる。いまでは筑西(茨城県西部)のハブ企業として、行政からも認められる会社となった。
萩原社長は、その成功の秘けつを次のように話す。
「一番は誠実さ。そしてあきらめないこと。さらに〝提案型営業〟も差別化の大事な要諦です。つまり、当社の持っている技術を十全に生かしながら、〝こうすればもっとよく、安くなりますよ〟と絶えず提案していくことで、顧客から信頼される存在になるのだと考えています」
そのような姿勢が浸透していくにつれ、引き合いはどんどん増えていった。時には無理と思えるような注文も来る。そんなときでも「〝断らない〟のが当社の信条です。他社でできることが当社でできないわけがありませんから。それがもうひとつの信条〝お客さまに喜びを〟を実現する手段なのです」と、萩原社長は言う。
では、ヤマト精機の〝持っている技術〟とは具体的に何なのか。
「得意としているのは超精密加工です。たとえば面粗度(表面の粗さ度合い)では1ミクロン以内を実現しており、高い精密度が要求される金型やレンズなどの製造にはわれわれの技術が生きてきます。あるいは、お客さまの当初の設計にたいしても、唯々諾々(いいだくだく)と従うだけではなく、たとえば、ちょっと専門的になりますが、加工法をソリッド(切削)からロストワックス(精密鋳造)に変えることでコストを抑える手法を提案するなど、現場のプロとしてのプライドを持って仕事をしています」
元請けからの図面をその通り実行するのなら誰にでもできる。品質を保ちながら安く製作し、しかも利益が下がらないようにするのがプロの仕事だ。「ウィンウィンの関係をつくることでビジネスは成り立つのです」と萩原社長。
主な顧客は十数社。なかには誰もが知るような一流どころもそろう。熱処理、塗装など自社でできない工程は信頼できる協力工場を使い、受注から納品まで一貫して請け負うことができる体制を整えているのも強みだ。
万全の財務管理体制
多様な顧客のニーズに応えるには、当然のことながら、多様な設備が必要である。常に設備投資を行い、ベストの提案をし続けてきたヤマト精機では、NC旋盤やマシニングセンター、研磨機、ワイヤーカットなど約50台の加工機を所持している。「社員は40名なので機械の方が多い。機械をそろえておかないとニーズに対応できないのです」と萩原社長。多彩な得意分野を持つ協力工場も50社ほど。ここ6、7年は、第2、第3工場と立て続けに建設し、売り上げを急増させている。
萩原社長が心がけてきたのが、景気の悪い時に設備投資を行ういわゆる逆張りだ。たとえばリーマンショックの際には……。
「大洗海岸から潮が引くかのごとく仕事がなくなりましたが、でも、そのようなときにこそ優遇税制などを利用しながら設備投資を行うのです。そうすることで、次の波に乗ることができる。要はタイミングです。忙しい時は設備投資どころではありませんから。あるいは、採用や教育も主に景気後退期に行います。ちなみに現在、やや需要が停滞気味なので、近く2名を新たに採用する予定です」(萩原社長)
要するに、ヤマト精機にとっては景気後退期の設備投資や社内体制の整備が成長のけん引力となってきたわけだ。しかし、当然のことだが、逆張り戦略を行うには、好景気時以上に資金繰りの巧拙がポイントとなる。
既述の通り、ヤマト精機には岩田税理士という有力な「伴走者」がいる。当初から巡回監査、月次決算、経営計画策定といったTKC方式の会計を継続しつつ同社の成長を支えてきた。
岩田税理士は言う。
「バブル景気、バブル崩壊、リーマンショックと数々の景気の波を経験してきましたが、萩原社長が正しい数字をタイムリーにつかむことができる体制を変わらず維持してきました。翌月巡回監査→月次決算はひと月として遅れたことがありませんし、萩原社長もわれわれの意向に誠実に応えてくれました。だからこそ今があると言えるのではないでしょうか」
前月の実績が翌月の中旬には確定し、萩原社長の手元にわたる。予算比、前年・前月比のリアルタイムの報告は、次なる打ち手の根拠となる。さらに、最近では、この月次の数字を萩原社長と岩田税理士のみならず、後継者である常務、あるいは岩田会計の岩田稔顧問もスマホでタイムリーに確認することができる仕組みを整え、情報の共有化も万全である。
このような財務管理体制の堅持が、金融機関への信頼を担保し、厳しい時期の投資を可能にしてきた。もちろん、メインバンクである地元金融機関からの金融支援がヤマト精機の成長に寄与してきたことは間違いないだろう。しかし、「それだけで万全」というわけにはいかなかった。より幅を広げ、余裕のある資金繰りの実現が萩原社長の経営への選択肢を広げることとなる。
「対話型当座貸越」の効用
転機となったのは2012年の商工組合中央金庫(商工中金)との取引の開始だった。以降、メインバンクとは別の、もう一つの柱として、商工中金の存在感が増していく。同金庫水戸支店の網戸岳樹次長は述懐する。
「制度融資を活用して運転資金をご融資させていただいたのが取引のはじまりです。同業者の方からの紹介でした。その後は設備投資ニーズなどにも対応させていただき、少しずつお取引量が増えていきました」
とはいえ、中身は長期融資。口座数が増えるにつれ、次第にキャッシュフローと弁済額のバランスが崩れるというよくあるパターンに陥ってしまう。これを解決するために、2018年、既存融資4000万円に追加融資分3000万円を加え、返済負担を増やさない借換一本化を行った。
「ヤマト精機さまは昨年度の〝いばらき経営革新優秀賞〟を受賞された優良企業であり、介護事業を展開されるなど地域貢献の意識も高い。ぜひ安定した資金供給を実現したいという思いで借換を行いました。しかし一方で、安易に融資金額を拡大すれば弁済負担が大きくなってしまう。そのジレンマを解消すべく採用されたのが短期継続融資、つまり〝対話型当座貸越(無保証)〟という商品でした」(網戸次長)
商工中金ではヤマト精機の決算書を確認し、設備投資のみならず正常運転資金の部分も長期融資で調達していることを把握していた。さらに、「借換」という手法は何度も使えるものではなく、この状態が続けば、将来的に弁済難に陥る危険性も高い。
「対話型当座貸越」とは商工中金とTKCとのコラボ商品。概要はP28の表(『戦略経営者』2019年11月号P28参照)の通りだが、要するにTKCモニタリング情報サービス(MIS)によって所定の帳表を提出し、また、利用期間中に企業とTKC会員税理士、商工中金の3者が事業や当座貸越の必要金額の見通しについて対話(面談)を行うことを条件に最大3000万円の当座貸越枠(極度額)を設定できるというもの。特徴は無担保無保証であること。税務署に電子申告したものと同じ決算書、あるいは月次試算表を即座に伝送する仕組みのMIS自体が、ヤマト精機という会社の信頼性を担保しているというわけだ。
岩田税理士の話。
「巡回監査とは別に、萩原社長と後継者の萩原隆常務に事務所に来てもらい、前月の業績や資金繰り、あるいは将来展望などの話し合いの場を毎月つくっているのですが、そのなかで、短期の借り入れをもっと増やしていくべきという話をずっとしていました。そんななか対話型当座貸越が出て、これはぴったりの商品だと感じました。経営者保証もいらないので、間近に迫っている事業承継にもフィットしますしね」
網戸次長は「短期継続融資はお客さまとの信頼関係が不可欠です」という。信頼関係を構築するには、情報の見える化が絶対条件。MISはもちろん、巡回監査、月次決算、中小会計要領への準拠、早期経営改善計画の策定支援など、岩田会計事務所の行う会計サービスがその条件を明確にクリアするツールとなっている。
3者面談で信頼醸成
さらに、この商品のポイントは、その名のとおり「対話(3者面談)」にある。去る7月22日の昼さがり、その3者面談が開催された。少し再現してみよう。
長引く梅雨によるあいにくの空模様のなか、萩原社長、岩田税理士、商工中金水戸支店の西郷政治調査役がヤマト精機本社の会議室へ。まず、萩原社長が昨年度(2019年度3月期)決算の内容を説明。その際に岩田税理士が作成したローカルベンチマーク(※)を活用した財務分析も披露され、西郷調査役もうなずきながら要所で質問を発し、活発な議論に。意見交換は終始なごやかな雰囲気で行われた。
西郷調査役は「萩原社長の経営のパートナーとして岩田先生の存在が大きかったように思う」と振り返る。信頼している岩田税理士の臨席により、萩原社長が本音ベースで話せる雰囲気が醸し出されたのではないかと。そして、そのような雰囲気のなかで出たのが航空宇宙分野への進出という話題だった。
萩原社長はこう宣言した。
「航空宇宙分野は将来確実に伸びる。当社では航空宇宙規格である〝JISQ9100〟の認証を取得し、参入への社内体制の整備を進めています。すぐにビジネスにはなりませんが、管理体制を維持しながら、さらなる設備投資を進めチャンスをつかみたいと考えています」
企業経営者と金融機関の通常の面談では、このような「将来の夢」的な話は出にくい。差し迫った現状をどうするかというミクロの話に終始してしまいがちである。顧問税理士を加えた3者がひざを突き合わせて話をすることで、マンツーマンの緊張感から解き放たれ、終了まで、忌憚(きたん)のない意見が飛び交った。
経営者が普段考えていることを知ることが、金融機関の安心感につながる。ローカルベンチマークの重要要素である非財務情報とは、結局のところ、こういう雰囲気のなかから抽出されるべきものなのかもしれない。
約90分間の「対話」だったが、3者の心を通わせるには十分なものとなった。
さて、商工中金はこの9月に、MISで集められた情報(月次試算表)を、自らの財務分析システムに自動的に組み込む試みを開始した。これは、MISからの情報を〝信頼できる〟と評価する商工中金の意思表示とも言える。さらにその背景には、萩原社長の「岩田先生を絶対的に信頼している」という言葉に象徴されるような関係性があり、つまりは、3者の有機的に絡み合った信頼関係が、長期から短期継続融資へのシフトを含めた資金繰りの好転を生み出したといえるだろう。
ちなみに、この対話型当座貸越に加えて、商工中金はプロパーとして5000万円の当座貸越枠を、ヤマト精機に対して設定した。これによって、商工中金の同社に対する資金支援はより強固なものとなっている。
※ローカルベンチマーク
金融機関などが、企業の経営状態の把握、いわゆる「健康診断」を行うツール(道具)として活用できるもの。「財務情報(6つの指標)」と「非財務情報(4つの視点/商流・業務フロー)」をもとに会社の経営状態を分析できるところに特長がある。
名称 | ヤマト精機株式会社 |
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創業 | 1980年3月 |
所在地 | 茨城県筑西市嘉家佐和2101 |
売上高 | 11億円 |
社員数 | 40名 |
URL | http://www.yamato-seiki.com/ |
顧問税理士 | 岩田会計事務所 栃木県小山市西城南3-7-20 所長 岩田修一 URL:https://www.iwatakaikei.net/ |
(本誌・高根文隆)