人手不足が喧伝されて久しいが、それを解決すべく近年にわかに浮上したキーワードに「RPA」がある。表計算ソフトの入力作業など、日常業務を支援してくれる心強い存在だという。新たなテクノロジーの運用事例や業務に及ぼす影響について、野村総合研究所コンサルタントの福原英晃氏が語る。

プロフィール
ふくはら・ひであき●野村総合研究所コーポレートイノベーションコンサルティング部プリンシパル。1999年慶応義塾大学大学院理工学研究科修了。同年野村総合研究所入社。業務改革、SCM改革、コスト構造改革、テクノロジー導入を契機としたオペレーション変革などを専門にしている。

──まず「RPA」とはどんな技術を指すのか、定義を教えてください。

野村総合研究所 福原英晃氏

野村総合研究所 福原英晃氏

福原 ロボティック・プロセス・オートメーションの略称で、人がパソコンで行う作業を自動化するソフトウエアを意味します。日本では金融機関などサービス業の会社から導入がはじまり、2017年以降、急速に認知されるようになりました。

──以前はOA化という言葉もありました。

福原 企業活動の現場では、作業の自動化が長らく経営課題となってきました。かつてはオフィス・オートメーションや、ファクトリー・オートメーションという言葉が喧伝(けんでん)された時期もあります。
 1990年代に入ると、パソコンの処理能力向上やインターネットの普及を背景に、ITを用いた自動化に重きが置かれるようになりました。近年では、人工知能(AI)の活用が脚光を浴びていますが、これからはロボットが状況判断や意思決定をおこなったり、人間により近い役割を担っていくことが見込まれます。

──RPAはAIと異なるわけですか。

福原 RPAは、主に人がマウスやキーボード等を用いて行う作業を代替し、人間の代わりとなる存在という意味で「デジタルレイバー(仮想労働者)」と呼ばれることもあります。一方、AIは作業前の判断をつかさどる、いわば頭脳の役割を担います。
 多くの仕事はインプット→プロセス→アウトプット(IPO)の流れで構成されており、次世代の「プロセス」にあたる部分を担当するのがAIで、物事を考えたり決めたりします。IPOの中でRPAが担うのはアウトプット領域。AIの判断にしたがい価値を具現化するのがロボティクスの役割であり、ものづくりの現場では産業用ロボットが、オフィスではRPAが担います。

──RPAが稼働している様子を実際に目で確かめることはできますか。

福原 例えばパソコンの入力作業を委ねる場合、誰かが操作をしているかのように作業内容が画面上に表示されます。ただ、人間のような迷いがなく、カーソル操作などに無駄な動きはほとんどありません。

標準化を図るツール

──実用化の始まっている分野というと?

福原 大手企業を中心に、定型的な入力作業が大量に発生する職場で導入が進んでいます。先行事例として、金融機関での取引口座開設手続きや住宅ローンの受付業務、サービス業ではレンタカーの予約受付業務での活用が有名です。レンタカーの予約を受け付ける際、スタッドレスタイヤやチャイルドシートなどさまざまなオプション装備の要望をふまえ、処理を行う必要があります。ユーザーがインターネットで入力した情報を元に、RPAが車種や営業所、オプション装備などを所定のフォーマットに自動的に入力していくわけです。
 昨年あたりからは業種を問わず、営業支援などのバックオフィス業務や総務、経理等の間接部門で導入が進展しています。一つひとつの作業は小粒ながら頻繁に発生したり、夜間や休日に処理する必要のある業務はRPAと親和性が高いといえます。

──メリットとしてどんな声が聞かれますか。

福原 何よりもルーティン業務での入力ミスが減ったという感想が一番多いですね。もちろんロボットは疲労と無縁ですから、作業効率が時間に比例して低下することがありません。従来行っていたデータ入力作業をRPAソフトに任せることで、30分から1時間ほど間接業務時間を削減できたという声をよく聞きます。
 結果的に業務品質が向上し、残業時間の削減につながっているようです。また、無駄な仕事の有無を点検し、従来属人化していた事務作業を標準化するきっかけにした企業も少なくありません。

──中小企業における活用例は?

福原 多くの中小企業はまだ情報収集に本腰を入れはじめた段階です。オフィスで日常的に発生する事務作業のほとんどはデータを入力、照合したり、一定のフォーマットに基づいてメールを送信したり、定型的な作業で構成されているもの。うちの会社は規模が小さいから関係ないと考えるのではなく、定型業務を洗い出すきっかけとしてとらえることが肝要です。

万一の稼働停止に備える

──導入の段取りはどのように進めるべきですか。

福原 強調しておきたいのはRPAの導入はあくまで手段であり、目的にするのは賢明ではないということ。明確な課題観もなく経営者のかけ声のもと、ロボット導入ありきで見切り発車するケースが往々にしてあります。そのような場合、導入してみたものの効果をあまり実感できず、運用が頓挫してしまいがちです。生産性の向上や長時間労働の抑制、あるいはオペレーションミスの削減等、RPAにより何を実現したいのか明確にしておくべきです。
 そして社内で行っているバックオフィス、間接業務を洗い出し、ロボットに任せられる作業を検討します。その上でPoC(Proof of Concept)と呼んでいる実証実験を行い、社員が効果を体感できる機会を設け、RPAに対する肌感覚を養ってもらうのがよいでしょう。RPAに対するイメージが明確になるほど、どんな仕事を自動化できるか〝選球眼〟が磨かれていくはずです。

──宝の持ち腐れにしないためには、RPAの特性を念頭に置く必要がありそうです。

福原 RPAは一般のソフトウエアと異なり、最初に自社の業務内容に合わせて作り込まなくてはなりません。いわば完成したおもちゃではなく、粘土を「自由に何かつくってください」と与えられるイメージに近い。ロボット化する作業が膨大にある大手金融機関などでは、ソフトウエアベンダーに開発を外注する場合もありますが、一般のホワイトカラーの職場ではそこまで大規模な事務作業は発生しないはず。おのおのの現場にフィットする作業手順をRPAに教え込む必要があるのです。

──設計開発スキルを身につけるには……。

福原 RPAの開発会社がユーザーを対象にした講習会を開催したり、リセラーといわれるパートナー企業が教育プログラムを提供しています。あるいは海外メーカーが製造元の場合、日本語字幕付きのオンラインチュートリアルを用意していることもあります。最近では、インターネット上で情報交換し問題解決に役立てられるフォーラムも増えていて、自習できる環境が整いつつあります。

──プログラミング未経験者でもマスターできますか。

福原 プログラミングというと、文字列をひたすら入力するイメージがあります。しかしRPAソフトを設計する場合、視覚的に操作でき、マクロの計算式を組むよりも容易に行えるようになっています。例えば特定の条件で一定の方向に進む条件分岐を定義したり、一定の回数を繰り返して次のステップに進むといった事柄をブロックに当てはめ、矢印で工程をつないでいくイメージです。
 人によって相性のよしあしはありますが、自分で作り込んだロボットが稼働すると楽しくなり、プログラミング未経験者が上達するケースもあります。ただし、ロボットには日ごろのメンテナンスが欠かせない点に注意してください。

──具体的には?

福原 ロボットの特性として、わずかな環境変化によって作動しなくなってしまうことがあります。例えばファイルの保存先フォルダの名称や階層構造の変化、画面レイアウトの変更などです。業務手順やルール、担当者を変える場合は、ロボットの動作方法を設定しなおす必要があります。とはいえ、RPAの稼働状況を監視することに人手を割いては本末転倒です。

──有効な対策は?

福原 ロボットが停止したとき、メールソフトを起動して担当者に異常の発生を通知するよう設定するのもひとつの手です。ただ、IT部門の担当者に頼るあまり、ユーザー部門で原因を特定し対応できなければ、復旧に時間を要してしまいます。さらに、あまりにも人手をわずらわす場面が増えてくると、結局、人が単純な事務作業を再び行うことになり、最悪の場合、ロボットに対するアレルギーだけが残り、定着しないおそれもあります。
 例えばある金融機関では、万が一ロボットが停止しても業務が滞らないようにするため、週に一度人手に戻す、避難訓練のような取り組みをしている企業もあります。ロボットに任せている業務を人間が忘れないようにすることで、スムーズに復旧できるようにしているわけです。

──RPAの導入により起こりうるリスクを教えてください。

福原 ロボットの開発や運用に不注意や悪意が伴った場合、企業に損害を与える事態が予想されます。経理業務の一部をロボットに任せて、誤った結果を元に会計処理を行うようなケースです。あるいは顧客リストなどの機密情報にアクセスし、メールに添付して漏えいさせることもできてしまいます。事前にリスク評価を実施し、ロボットに委ねる業務の範囲を文書に残すようにしてください。

人材難時代の打ち手

──今後中小企業経営にどんな影響を与えると予測しますか。

福原 中小企業が直面する最大の経営課題は、何といっても人材の確保です。中堅、中小企業では大企業よりも早いタイミングで問題が深刻化するでしょう。RPAに代表されるデジタルテクノロジーを導入しつつ、人間のこなす単純な事務作業を減らし、付加価値を生む体質を築いていくことが喫緊のテーマです。現下の人材の売り手市場を考慮すると、日々の仕事が単純な事務作業の繰り返しでは、苦労して採用した新卒社員も簡単に離職してしまいかねません。
 RPAはまだ発展途上のツールであり、AIとの機能連携を通して、将来的にロボットが作業だけでなく状況判断まで行う段階に入ってきます。そのときに問われるのが、どんな仕事をロボットに任せるか仕分けを行う感性です。この感性を磨くには、ロボットと日常的に接していることが不可欠です。まずは可能な範囲で導入してみて、社員が「RPAリテラシー」を高める機会を創出してほしいですね。大企業の導入事例が積み上がるのをただ待つという姿勢では、おくれをとってしまうのではないでしょうか。

──最新のテクノロジー動向について、どのように情報収集を行えばよいでしょう。

福原 インターネットでさまざまな情報を入手できるほか、AIやロボットをテーマにした展示会に足を運んでみるのもよいでしょう。RPAのツールは日々進化して直感的な操作で開発できるようになっており、導入のハードルがどんどん下がってきています。
 テクノロジーの進化は日進月歩ですから、常にアンテナを張ることを心がけていただきたいと思います。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2018年7月号