売上分析も顧客管理もしているのに売上を伸ばせないのはなぜか。それは、店舗内にいる買い物客の心をつかんでいないから。ショッパーが店内でどのような行動をとり、どんな心理状態にあるのか真剣に考えてみよう。そうすれば答えは必ず見つかるはずだ。
生活者一般を示すコンシューマー(消費者)や、すでに商品やサービスを購入済みのカスタマー(顧客)とは異なり、ショッパーとは、買う気満々で売り場を訪れる人々のことを指す。商品を買う前とその最中、購入後という3つの段階のうち、買い物中の顧客行動や心理状態に焦点を絞ったマーケティングが「ショッパー・マーケティング」と呼ばれている。
この新しい手法が近年注目されている背景を説明するには、小売業をめぐる事業環境の変化に言及しなければならない。現在は、上位3社がコンビニエンス業界全体の7~8割のシェアを占有し、GMSと呼ばれる大手総合スーパーによる寡占化が進むなど、かつてないほど流通側の力が強くなっている時代だ。とりわけ低価格化の圧力と、差別化のためのプライベートブランド(PB)の隆盛は今後も続くだろう。商品やサービスの違いが不明確になり(パリティ化)、低価格化によるブランドのコモディティ化が顕在化しているのである。大手流通業界でのこの激しい争いに巻き込まれてしまっては、中小企業はひとたまりもない。いわゆるエブリデイ・ロー・プライス(EDLP)業態は今後も勢いを増すことが予想され、中小企業のような非ディスカウンターがそれに対抗するためには、価格競争によらずショッパーのソリューションを提案する売り場づくりが求められているのである。
7割が店頭で購買決める
このような厳しい環境に対処するため、商品やサービスの安売りを回避しながら売上拡大に結びつける一つの手法として、ショッパー・マーケティングが脚光を浴びている。左の図表1(〔『戦略経営者』2011年2月号9頁〕図表1参照)をみてほしい。これは購入のために消費者が重視する情報源と実際に利用した情報源を調査したものだが、購買の意思決定のおよそ7割が店内で行われていることがわかる。これとは別に、(1)消費者の90%の購買が無意識に行われる、(2)ショッパーの売り場滞在平均時間はわずか2秒、(3)ブランド購入の60%は色や香り、音といった感性的なサービス価値による――ことなどを明らかにした調査結果もある。売り場を訪れる顧客は必ずしも価格や機能だけに注目しているのではないことが明らかになりつつあるのだ。
売り場の生産性向上を目的としたインストアマーチャンダイジング(ISM)や、優良顧客の囲い込みを目的としたCRM(顧客関係管理)などとは異なり、ショッパー・マーケティングは「コト」(ソリューション)提案か五感を通じた購買経験の創出を重視している。判断手法も、これまでのPOSやFSPに加え、買い物動向観察やビデオカメラの映像分析、エスノグラフィーなど多様だ。売上高や顧客維持率といったこれまでの評価基準に加え、来店客数や動線、立ち寄り・検討率、滞在時間などの指標を利用する(〔『戦略経営者』2011年2月号9頁〕図表2参照)。
その一つの事例として、「モノ」を売るのではなく「コト」を売る経済的価値の訴求に成功した調査事例を紹介したい。商品やサービスの機能や価格を単に強調するだけでなく、ショッパーのライフスタイルにあわせた「コト」提案を通じて商品の機能的価値、情緒的価値、経済的価値を訴求する手法が有効に働いた例である。
調査は都内の総合スーパーの食品売り場の一角で行った。商圏は住宅街で、周囲に同業他社が進出するなど競争は比較的激しい地域だ。売り場ではハウス食品のシチュー3種類の特別販売コーナーを設けた。単品価格は3種類ともに198円だったが、単品価格だけをアピールする陳列方法と、鳥もも肉やジャガイモ、玉ねぎなど他の食材も記して「今夜はシチューにしませんか?なんと!1皿100円」とメニュー全体での経済的価値を訴求する方法を比べてみた。それぞれ1週間ずつ陳列したのだが、「1皿100円」と最終的に食卓に並ぶイメージをアピールした手法の方が、立ち寄り率、検討率、購買率すべての側面で明らかに上回ったのである(〔『戦略経営者』2011年2月号10頁〕図表3参照)。POPからショッパーまでの位置も単品価格のみの2.56メートルから1.75メートルに近付いた。興味を持った来店客がPOPを覗き込むことによって商品とショッパーの位置も縮まったのだ。また、売り場の滞在時間も2.38秒から約3秒まで伸びている。
メニュー価値の訴求という方法は、客単価の増加という現象も生み出す。ジャガイモや鶏肉、ニンジンなどの同時購買率が高まり、シチュー購入者のメニュー単価は単品訴求に比べ高くなったのである。「食物」ではなく「食事」を売ることでショッパーマーケティングに成功した事例といえるだろう。
大手にできないソリューション提案を
メニュー経済価値の訴求は、具体的な食卓のイメージを喚起することによって、単品経済価値訴求よりもショッパーの関心を高めることがわかった。単品を低価格で販売するEDLPに代表されるディスカウンターにとって、このような訴求方法は不得意だろう。価格競争に巻き込まれず販売拡大をねらう中小小売業にとっては、関連する商品をひとくくりにして低価格な「ソリューション」を提供することが重要な戦略になってくるのだ。
ショッパー・マーケティング事例ではこのほか、デジタルサイネージ(電子看板)や香りを利用したショッパー・マーケティングも近年多くなってきた。グリコの「2段熟カレー」を使った測定では、売り場にカレーの香りを発生させることで売上が増加することを確認している。香りは脳の考える部分を通さず大脳辺縁系に一瞬で伝わり、自律神経や免疫系、ホルモン系の働きのバランスをとることで心身に影響を与えるといわれている。嗅覚は人間の五感のうちでもっとも原始的、本能的な感覚であり、店頭プロモーションでの活用の可能性を秘めているのである。においを発生する装置は数万円程度で市販されており、導入を検討するのにも一考の余地があるかもしれない。
(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)