2019年1月号Vol.113
【特集インタビュー】2040年問題を考える「スマート自治体」転換へ、動き出すのはいま!
「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」座長、慶應義塾大学 常任理事(国際・情報基盤・SFC・ニューヨーク学院担当) 総合政策学部教授 國領二郎氏
インタビュアー 本誌編集人 湯澤正夫
高齢者人口がピークを迎え、労働力不足も深刻化する「2040年問題」。地方自治体には、地域社会や行政サービスを持続するために、従来の半分の職員でも本来担うべき機能が発揮できる「スマート自治体」への転換が迫られている。そのために、いま取り組むべきことは何か──。「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」座長の國領二郎氏に聞く。
國領二郎(こくりょう・じろう)
1982(昭和57)年、東京大学経済学部卒。日本電信電話公社入社。92年ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。93年 慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。00年同教授に。 13年より慶應義塾常任理事に就任。主な著書に『オープン・アー キテクチャ戦略』(ダイヤモンド社)、『ソーシャルな資本主義』(日本経済新聞社)など。
──「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」(研究会)について教えてください。
國領 2018年7月、自治体戦略2040構想研究会は2040年頃にかけて迫り来る三つの“内政上の危機”を提示し、第二次報告書において人口縮減時代の〈新たな自治体行政の基本的な考え方〉として大きく四つの考え方を示しました。
その筆頭に掲げられたのが「スマート自治体への転換」です。われわれの研究会はここにスポットを当て、「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化」と「地方自治体におけるAI・ロボティクスの活用について実務上の課題整理」を行うことを目的として、18年9月に発足しました。現在、自治体の業務やICTなどに精通したメンバーが集まり議論を重ねているところです。
──「業務プロセス・システムの標準化」と「AI・ロボティクス」。二つのテーマを議論する研究会は珍しいのではないでしょうか。
國領 おっしゃるとおり、一見するとまったく異なるテーマが並んでいるように感じますよね(笑)。しかし、いずれも目指すべきゴールは一つです。それは、財源や人的資源が限られる中で、自治体が半分の職員数でも本来担うべき機能をきちんと発揮できる〈スマート自治体〉への道筋をつけることだと捉えています。
半分の職員数でも
担うべき機能が発揮される自治体へ
──業務プロセスやシステムの標準化・共通化について、國領先生はどのようにお考えでしょうか。
國領 同じ法律に基づく業務でも、これまでは多くの自治体が〈業務プロセス〉やそれに合わせた〈業務システム〉などを、個々にカスタマイズしてきました。その結果、法制度改正などのたびに労力やコストをかけてメンテナンスを繰り返してきたといえます。業務プロセスやシステムの標準化・共通化が進むことで、そうした労力やコストの削減につながります。
とはいえ、ひと口に〈標準化・共通化〉と表現しても、どの部分を標準化・共通化するかによって、自治体や業務システムへの影響度合いは大きく変わります。無理矢理すべてを一つに統一する、というのは現実的ではありません。そのため、研究会座長としては、自治体行政の現場の実態を理解せずに標準化・共通化を推し進めるといった危険は避けつつ、例えば一定の方向性やそれぞれの特性に合った複数の選択肢を示す──といった進め方がいいのではないかと考えています。
──なるほど。
國領 個人的な意見としては、システムや画面インターフェースを標準化・共通化するのではなく、データ項目の標準化を優先すべきではないかと考えています。データ項目そのものが標準化されれば、システムや画面表示などはある程度柔軟に対応できるでしょう。
また、データ項目の標準化が進むことで、国が掲げる〈添付書類の撤廃〉も進めやすくなる。そうなると、自治体にとっては職員数が半分になっても〈行政サービスの水準を維持〉することができ、スマートフォンなどによるオンライン申請といった〈住民にとってより利便性の高いサービス〉も実現しやすくなると考えられます。
──AI・ロボティクスの活用についてはいかがでしょうか。
國領 『世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画』(18年6月閣議決定)では、重点取り組みの一つに〈地方のデジタル改革〉を掲げ、地域生活の利便性向上のための「地方デジタル化総合パッケージ」を策定し、さまざまな取り組みを進めるとしています。その取り組みの一つがAIやRPA(Robotic Process Automation)など〈破壊的技術〉を積極的に活用した「デジタル自治体行政」の推進です。具体的には、さまざまな業務プロセスについて自動化・省力化できる部分を抽出し、標準化とともに最新のICT導入を進めることで業務効率の飛躍的向上を図ろうというものです。
そうした状況を踏まえ、最近では実証的にAIやRPAを業務に取り入れる自治体も徐々に増えてきました。例えば、AIを活用して保育所利用調整業務を省略化する、あるいはRPAを活用して申請書類のシステムへの入力を自動化するといったことが挙げられます。その他、農業分野では収穫状況や品質管理にAIを活用するという取り組みも登場しています。
活用の狙いは、大きく「コスト削減」と「業務品質の向上」の二つに分けられます。まだまだ試行錯誤の段階で、中にはAIとは言い難いものも混ざっています。これら実証実験については、その成果を評価・分析し、効果的な取り組みは全国に横展開することも考えられるのではないでしょうか。
なぜ、こうした
取り組みを進めるのか
──研究会としての取り組みや今後の計画を教えてください。
國領 業務プロセス・システムの標準化、共通化に関しては、〈人口20万人未満でクラウドを導入していない団体〉に対して、抱えている課題を整理した上で、先行団体の事例を踏まえて解決可能かを検討し、クラウドの導入推進を図る考えです。
一方、〈人口20万人以上の団体〉については、カスタマイズの現状などを把握し、標準化・共通化に向けた課題とその打ち手について検討を進めていく考えです。
AI・ロボティクスの活用については、各地で行われている実証実験などの現状や課題を整理した上で「どのような事務・分野が有効か」「効果的・効率的な導入方策は何か」などについて検討を進める計画です。19年初頭から、どの事務・分野が有効かを見極めるための棚卸しを本格的に開始します。
また、地方自治体の皆さんが取り組みやすいよう、19年前半には中間報告のようなものをご提供したいと考えています。
さらに視点を変えれば、日本の行政サービスの“美徳”といえる〈現場でのきめ細やかな対応〉をいかに継続させるかという問題もあります。やはり、オンライン申請が当たり前に利用される時代になっても、「この件は、窓口で直接相談したい」という住民ニーズは確実に存在するでしょう。そのためには、単に〈窓口を減らす〉といった物理的対処をとるだけではなく、〈なるべく余計な手間をかけない仕組み〉を考えることも必要です。
そこで研究会とは別に、行政サービス(届出・申請・その他サービス)にIDを付けるという取り組みも進めています。例えば、「乳幼児医療費助成」や「こども医療費助成」など、根拠となる法律や制度は同じでも自治体によって名称が異なることがよくあります。しかし、利用者から見るとこれは分かりにくいですよね。その点、手続きそのものに行政サービスIDを付けることで、利用者が判断しやすくなるとともに、自治体にとってもサービスの利用履歴を管理しやすくなり、業務の効率化・高度化に加え、住民サービスの向上が期待できます。
本誌編集人 湯澤正夫
──なるほど、興味深い取り組みですね。また、業務プロセス・システムの標準化や共通化により、自治体クラウドの導入にもますます拍車がかかることになりそうです。
國領 システムのメンテナンスという視点で考えると、やはり「クラウド」は有効な手段の一つということになるでしょう。ただ、〈クラウド化〉を目的としてはなりません。研究会に求められる役割は、「自治体行政の現場の人たちが抱えている問題をどう解決するか」を考えること──と理解しています。ICTはあくまでもその手段に過ぎないのです。それに、一つのパッケージで〝現場が抱える全ての問題〟を解決できるほど簡単な話でもないでしょう。
標準化・共通化の次には、必然的にAIやRPAなどを活用した業務の省略化や自動化、高度化が求められることになるでしょう。その点では、やはり自治体間で問題意識を共有し、相互に協力しながら標準化・共通化できる部分を考え、次世代システムを創り上げクラウドで提供する──という流れになるのが理想かなと考えています。
──そうした中で、市区町村に求められることは何でしょうか。
國領 若年労働者を中心に労働力の絶対量が不足することは、もはや避けられない流れです。自治体に求められる機能も変化していくでしょう。そうした状況下でも、住民サービスを持続的かつ安定的に提供し続けなければなりません。地方自治体のあり方も、人口減少時代への“パラダイムシフト”が必要不可欠です。
社会・環境の変化を認識しつつも、既存の常識や価値観、行動を変えるのはそう簡単なことではありません。不安感や抵抗感もあるでしょう。過去の情報化の歴史を振り返ってみても同じことを繰り返してきましたよね。しかし、確実に20年先には日本の人口が底を打つ。その時に日本をきちんと維持していくために、いまできることをしなければなりません。重要なのは、「なぜこうした取り組みを進めるのか」という意義をしっかりと理解していただくことです。
「2040年問題」へ、今後、各府省からさまざまな施策が打ち出されることでしょう。しかし、その中心的な役割を果たす自治体行政が“従来のまま”では、効果の最大化は見込めないと考えます。自治体行政そのものを大幅にアップデートし、業務プロセス・システムの標準化、共通化を進め、AIやRPAなどを自在に使いこなす「スマート自治体」に進化するときが訪れたのです。現代を生きるわれわれが未来の日本にバトンをつなぐためにも、いま動き出さなければならない。
すでに賽(さい)は投げられたのですから。
掲載:『新風』2019年1月号