2019年1月号Vol.113
【特別レポート】全国初、クラウド移行に挑んだ神奈川県町村の取り組み
神奈川県町村情報システム共同事業組合は、2018年9月に全国初となる「自治体クラウド」の委託事業者変更を完了。13町村において、10月から新たな基幹系システムでの業務が正式にスタートした。全国が注目するその取り組みをレポートする。
2018年2月5日、先行2団体のシステムが本稼働した(写真は清川村本稼働式)
神奈川県は三つの政令市を含む33市町村で構成される。うち町村は14団体で、人口約3000人の村から4万人を超える町まで規模はさまざまだが、それぞれ特色あるまちづくりを進めている。そうした県内町村の「情報システムの共同処理」を目的として、2011年に設立されたのが神奈川県町村情報システム共同事業組合(以降、組合)だ。14町村では、ここを核として情報システムの運用・保守などにかかる個々の負担を軽減し、情報セキュリティーの確保や住民サービスの向上に取り組んできた。
組合が、基幹系システムの共同化に至ったきっかけは07年頃にさかのぼる。当時、さまざまな法制度改正が相次ぎ、システム改修に伴う費用負担が増加したことから「共同化」を決断。11年9月から14年3月にかけて、全町村の基幹系システムをクラウド化した。第一期共同化の始まりである。
ところが、16年2月には早くも次期の共同化システム調達を決めたのだ。〈全国初の自治体クラウド間移行〉となる決断は大きな衝撃をもたらした。
組合事務局の林博孝主幹は、この決断について次のように話す。
「第一期共同化の契約期間は5年間。契約満了後の方針を決めるにあたり、15年2月、共同化の取り組み実績と効果、課題を明らかにするため『神奈川県町村共同利用型基幹系情報システム検証結果報告書』をまとめた。
これと並行して各団体の業務担当者とシステム担当者に対して、①信頼性②効率性③安全性──の観点からクラウドシステムの〈評価確認〉と〈満足度調査〉を実施し、その結果を報告書に併記した。そして、これらの結果をもとに、2年間の契約延長と、第二期共同化ではハードウェアを意識せず、それらも含めた全体のサービスとして提供されるクラウド型システムを導入する方針を決めた」
システム再構築の目的には、①共同利用によるITコスト削減・広域連携強化を通じた住民サービスの向上②クラウド活用による災害対策・事業継続性の強化③情報システム担当等の職員負担軽減と情報システムに関する知見の向上──の三つを掲げた。また、満足度調査から浮かび上がった「システムの柔軟性」と「サポート」の二つの課題解決も目指したという。
公募型プロポーザル方式による業者選定の結果、基幹系・内部情報系ともに「TASKクラウド」を採用。財務会計システムは18年4月に11町村で一斉に本稼働を迎えた(その他、1団体は19年4月稼働予定)。また、基幹系システムでは18年2月の清川村と真鶴町を皮切りに、同年9月の葉山町での本稼働をもって13団体の移行作業を予定通り完了したのである。
1 列目(写真左から)葉山町・渡邉千晶主事、大磯町・大森友茂主事、二宮町・森下裕之主任主事、
中井町・小澤ゆう主任主事、小島徳男主査、大井町・小島将史主任主事
2 列目 山北町・足立哲也主事、開成町・小澤俊之主任主事、箱根町・山本拓平係長、真鶴町・髙橋孝之主任主事、
湯河原町・廣瀬正尚係長、愛川町・成井岳大副主幹、清川村・杉山洋正副主幹
3 列目 林博孝主幹、能沢英志主査、松田町・輿石篤人主任主事、本間正彦主査、齊藤真主査
円滑な移行支えた創意工夫
今、事務局には各方面から今回の移行に関する問い合わせがあるという。
特に、「どうやって円滑に移行作業を進めたのか」に関心が高いようだ。
組合では、第一期共同化により全団体で同じシステムが稼働していることに加え、第二期共同化では「パッケージシステムに業務を極力適合させる」との方針を打ち出していた。とはいえ、約1年半という限られた期間で13団体のシステムを切り替えるには職員の負担も相当なものとなる。その負担を最小限にとどめながら、予定通り円滑に移行作業を完了できた最大の要因には、組合のさまざまな“工夫”があった。
その一つが、各団体の本稼働スケジュールだ。具体的には先行する2団体(真鶴町、清川村)と、繁忙期の当初課税時期を避けて7月以降に順次本稼働する11団体と、二つのグループに分けて移行スケジュールを作成した。また、18年2月までに全団体のデータ検証作業を終えておくことで、繁忙期に移行業務が重なる状況を回避し、移行作業に関係する職員の負荷分散を図るとともに、11団体の移行準備を早期に整えたのである。
二つ目が、ワーキンググループ(WG)の開催方法の見直しだ。システム移行の際には、「現在の業務はどのように適合するのか」「従来システムとの差は何か」など、WGで細かく確認することとなる。しかし、基幹業務だけでも35あるシステムについて13団体個別に開催するとなると、とても期限内の本稼働は間に合わない。
そこで、団体ごとに大きな運用の差が生じないシステムについては、合同でWGを開催することにしたのだ。これにより全て個別開催した場合と比べWGの開催数を6分の1程度に抑え、職員の負担軽減につなげたのである。
なお、TKCでは17年7月に神奈川県町村サポートセンターを立ち上げ、組合事務局および町村と連携しながらシステム移行の支援にあたった。
移行団体へのアンケート結果
では、町村は今回のシステム移行をどう捉えているのだろうか。
これについて、組合事務局と基幹系システムを移行した13団体の情報システム部門にご協力いただき、18年11月にアンケート調査を実施した。全団体から回答をいただき、自由回答欄にも多くの意見や要望が寄せられた。中には、原課担当者の意見をとりまとめてくださったところもあったほどだ。ご協力いただいた皆さんには、この場を借りてあらためて御礼を申し上げる。
アンケートの設問項目は以下の3点。
1 「TASKクラウド」に切り替えたことでよくなったと感じる点は何か
2 業務効率化・住民サービス向上に向けた今後の取り組み(予定含む)は何か
3 TKC(TASKクラウド)に期待することや要望
頂いた回答を見ると、評価の声から厳しい意見まで実にさまざまだ。
全体の印象としては、基幹系システムの移行そのものに対する不安はあまり感じられなかった。その要因としては、やはり組合のさまざまな工夫があったといえるだろう。
さて、第一の設問で最も回答が多かったのが、「処理速度が向上した」ということだ。次いで、「画面が見やすくなった」「データ連携で業務が効率化された」という回答が多かった。
自由回答を見ても、システムの柔軟性や使い勝手が向上したという意見が多い。あるシステム担当者からは「文字の大きさが見やすく、画面切り替えのスピードが早くなった。レイアウトがシンプルになり、使いやすくなった」との回答が寄せられた。
また、原課担当者の意見としては、「感覚的に操作できるようになった」「データの取り込みが可能になり、入力しなければならない項目が減った」など、業務の効率化につながっている様子がうかがえる。
その他には「巡回訪問により定期的に細かい相談ができるようになった」という意見があり、〈定期的な訪問サポート〉を行うという当社の姿勢について、好意的に受け入れられていることがわかる。
どういった評価があるのかを確認する第一の設問に対し、期待や要望を尋ねたのが第三の設問だ。
これについては、国や他団体の動向などの「情報提供」や、「業務改善につながる新たな提案」に期待する声が聞かれた。一方で、本稼働直後とあってシステム操作に慣れていないことへの不安とともに、「以前のシステムでできていたことができなくなった」「インターフェースの統一」など具体的なシステム改善要望も多数寄せられている。
特に、多くの意見が寄せられたのが「サポート」のさらなる充実だ。
「町村間の情報共有を」「もう少し相談する時間・機会を設けてほしい」といった要望に加え、「対応レスポンスを改善してほしい」という厳しい指摘もあった。そこに共通するのは、「システムは稼働してからが本番だ」という期待と、だからこその叱咤(しった)激励であろう。当社としても、これらの意見や要望を真摯(しんし)に受け止めなければならないと考えている。
そこでシステム面では継続的な機能強化を図るとともに、他団体の運用事例の紹介などを通じて最適にシステムを利用いただけるよう努める。また、サポートの充実という点では他団体の情報共有とともに、コールセンターサービスの品質向上へ取り組む。加えて、顧客満足度向上を目的としたプロジェクトチームを発足させ、サポート体制の再構築に向けた検討も開始した。
「窓口業務の改革」へ意欲
アンケートの第二の設問では、業務効率化・住民サービス向上に向けた今後の取り組みについて質問した。回答結果からは、今回のシステム移行を契機に業務効率や住民サービスのさらなる向上を図ろうという13町村の意欲的な姿勢が垣間見える。
この背景として、林主幹は「クラウド間移行の場合、全体経費のさらなる削減は難しくなると思われるが、その分、より付加価値の高いものを選択する。第二期共同化によりこれまで単独では導入が難しかった業務が追加され、システムや運用管理にかかるコストが軽減されたことで新たなIT投資が可能になったといえる」と話す。
回答で最も多かったのが、コンビニ交付サービスなど「窓口サービスの向上」だ。限られた職員数で業務効率化を図るために、窓口業務の改革が欠かせないということだろう。次いで多かったのが、「行政手続きのオンライン化」「参加団体間の情報共有の強化」である。
また、あるシステム担当者は自由回答欄で「他団体との業務の標準化、帳票様式の標準化による費用削減」に取り組みたいと記述している。
その他、「BCP対策に伴う、災害時業務継続サービスの導入」「ファイルサーバーの外部データセンターへのバックアップ保管」などの自由回答も寄せられた。この点では、大規模自然災害等に対するリスクマネジメントとして、同じ基幹系システムを利用する13町村であればこその“相互支援の構築”も今後は考えられるのではないだろうか。
◇ ◇ ◇
10月18日、組合事務局を訪問し、システム移行完了報告を行った。その際、組合管理者である大矢明夫清川村長から「国も注目する大事業を見事にやり遂げてくれた」と感謝の言葉をいただいた。
当社にとっても“大きなチャレンジ”となった今回のクラウド間移行。ここから学んだことも数多い。その経験を生かし、これからもシステムやサービスの最適な利用支援を通じて、住民や地域の発展に貢献していきたいと考えている。
掲載:『新風』2019年1月号