自然環境とそこで育まれてきた人々の営み、文化などを含めた観光資源としての国立公園の価値が注目され、自然体験コンテンツの高付加価値化などの取り組みが行われている。観光コンテンツの高付加価値化などについて研究を行っているJTB総合研究所の𠮷口克利主席研究員に話を聞いた。

プロフィール
よしぐち・かつとし●JIC(現JTBコミュニケーションデザイン)主任研究員、調査会社新規事業開発部長等を経て、2016年4月より現職。観光戦略・計画策定、観光マーケティング、地域ブランディング、DMO形成など国・自治体の観光、地域活性化事業に携わる。
𠮷口克利氏

𠮷口克利氏

──観光地として国立公園をもっとアピールしようという動きが強まっています。

𠮷口 国は地方創生の柱として観光を位置づけ、その推進に力を入れています。そして、その流れのなかで、これまで保護の対象だった国立公園(『戦略経営者』2024年12月号P21 図表1)への注目が高まっています。国立公園の豊かな自然や景観、生態系を保護するとともに、そこで育まれてきた文化や人々の営みなどを含めて、観光などに活用することで地域の活性化を図る取り組みとして、環境省は2016年に「国立公園満喫プロジェクト」を立ち上げました。国立公園を世界水準の旅行目的地とすることを目指し、施設の改修、Wi-Fiの整備、案内の多言語化など、外国人を含め訪れた旅行者が快適に過ごすことのできる受け入れ環境や景観の整備、国立公園の魅力を伝える自然体験コンテンツの造成、情報発信の強化、人材育成などの取り組みが進められています。

──プロジェクトの課題は?

𠮷口 国立公園内で自然を活用したさまざまなアクティビティーを行っている事業者は多くあります。一つ一つのプログラムは魅力的なのですが、どうしてもその体験と国立公園が紐づかないという課題がありました。そこで、環境省は「国立公園満喫プロジェクト」の5年間を総括し、アフターコロナにおける国立公園の誘客促進の方向性を、「2021年以降の取り組み方針」として公表しました。方針では、国立公園自体のブランド力の向上、公園利用の質の向上、日本の国立公園の特徴ともいえる自然環境の中で育まれてきた歴史や文化、人々の営みなどの魅力を伝える観光コンテンツづくりなどの方針が示されました。単に国立公園エリアへの来訪者数を増やすことではなく、「保護と利用の好循環」につながる国立公園での滞在を目的とする来訪者を増やしていくことの重要性が確認されたのです。

「オーバーツーリズム」が課題

──カギとなるのはコンテンツづくりですね。

𠮷口 コロナ禍を経て、観光振興の議論では、「高付加価値化」というコトバをよく耳にするようになりました。これまでの観光は入込客数と現地での消費拡大を実現すればよいという雰囲気でしたが、大挙して押し寄せる観光客による環境への負の影響など、いわゆる「オーバーツーリズム」の課題が指摘されるようになりました。そこで「取り組み方針」では、旅行者が満足できる質の高いコンテンツを提供し、相応な対価を受けとることで、その収益を環境の保全などに投じることができるという持続可能な観光のあり方を提唱しています。国立公園のブランド力を高めるための質の高いコンテンツづくりの指針を示したのが「国立公園における自然体験コンテンツガイドライン」です。

──ガイドラインの中身について教えてください。

𠮷口 具体的な内容については、「コンテンツ造成」、「安全対策・危機管理」、「環境への貢献・持続可能性」の3つの観点それぞれについて、チェック項目をブレイクダウンし、さらにそれらの項目を大きく2つのフェーズに分けています(『戦略経営者』2024年12月号P22 図表2参照)。フェーズ1はコンテンツ提供事業者個別の取り組みにより提供コンテンツの質の確保につながる基本的な項目、フェーズ2はフェーズ1を満たした上で、コンテンツにストーリー性を持たせることや高度なガイディング、安全対策・危機管理等への主体的な関わりなど、地域内の多様なプレーヤーの連携により実現できる項目を整理しています。

──個別の事業者や観光協会、企業組合などはすでにそれぞれ努力をしていると思いますが……。

𠮷口 ガイドラインに書かれているような、コンテンツづくりを先進的に始めているところもあると思います。しかし、今後大切なのは、観光関連の事業者だけでなく、行政や市民など地域全体でベネフィットを感じることのできる地域づくりを行い、自然や文化を守り続けていく仕組みをつくることだと思います。
 2015年に観光庁により制度化されたDMO(観光地域づくり法人)が全国で立ち上げられていますが、その目的の一つに、観光関連事業者だけでなく地域全体が潤うことにあります。持続可能な観光振興を担う組織として、国立公園エリアにおいてもDMOのような推進主体が中心となった取り組みが期待されます。

ガイド人材の育成が鍵

──コンテンツの高付加価値化の方向性は?

𠮷口 高付加価値化の手法の一つとして、アドベンチャー・ツーリズムという考え方があります。欧米ではかなり増えている旅行の形態で、「自然とのふれあい」「フィジカルなアクティビティー」、「文化交流」の3つのうち2つ以上で構成される旅行形態として定義されています。欧米の旅行者には、一つの地域を1週間以上かけてゆっくりと滞在し、その地域の文化や自然を深く体験したいというニーズを持つ方が多く見られます。この旅行形態に対応するためには、観光ガイドの役割も大きくなります。事前に用意された情報で観光地を紹介するだけでなく、さまざまな興味関心から地域の人々の営みなどの詳細について質問をしてくる旅行者、地域住民とのコミュニケーションを求める旅行者に対応するには、地域を熟知し、地域内で信頼されている人物でなければ務まらないでしょう。

──高付加価値化に向けた取り組み事例を教えてください。

𠮷口 ガイドラインに先駆けて、国立公園内でアドベンチャー・ツーリズムを行ってきた事業者もいます。23年には北海道でアドベンチャートラベル・ワールドサミットが開催されましたが、世界中から関係者が集まり、改めて日本の国立公園の魅力が確認されました。そのような中で、全国でアドベンチャー・ツーリズムが注目され、コンテンツづくりの取り組みや、環境省の支援事業などを通してガイドラインに沿ったコンテンツの高付加価値化、ガイド人材の育成などの取り組みが行われています。また、受け入れ環境の整備としては、ビジターセンターの整備や、環境省の「ステップアッププログラム」として、廃屋撤去、無電柱化の推進等による景観改善、トレイルの整備などが行われています。例えば、阿寒摩周国立公園内にある川湯温泉では、温泉街に残る廃屋となったホテルを解体し、民間事業者による跡地の利用や景観づくりが進められています。

──国立公園は大きなポテンシャルがありそうですね。

𠮷口 日本の国立公園の特長は、私有地が含まれ、公園内で人々の日常生活や経済活動が営まれていることです。米国やオーストラリアのナショナルパークでは、自然や生態系の保護を目的として、すべてが国有地で構成されているので、例えば、国立公園内の湖でエンジンの付いた遊覧船が運行され、普通に経済活動が行われていることにたいていの方は驚いています。けれども、自然と人々の営みが一体となっている日本の国立公園のユニークな特長を生かすことで、世界的にもインパクトのある魅力的な観光地になると思います。ガイドラインでも触れているように、観光関連事業者だけでなく、地域内の多様な事業者が一緒になって魅力的な地域づくりを進めていくことが重要になります。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2024年12月号