従来から組織を悩ませてきた悪質クレーマー。いつの間にか“カスタマーハラスメント”と呼び名が変わり、国も対策に乗り出した。カスハラ対策はいまや企業側の義務になりつつある。

プロフィール
きりう・まさゆき●東洋大学社会学部長。社会心理学科教授。山形県警察の科学捜査研究所(科捜研)で犯罪者プロファイリングに携わる。その後、関西国際大学教授、同大防犯・防災研究所長を経て現職。日本犯罪心理学会常任理事。日本心理学会代議員。日本カスタマーハラスメント対応協会理事。著書に『悪いヤツらは何を考えているのか ゼロからわかる犯罪心理学入門』(SBビジュアル新書)『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)など、専門書30冊以上がある。
(『戦略経営者』2024年9月号P8)

長きにわたり「悪質クレーマー」を黙認してきた日本の企業。そのツケが従業員の疲弊、ひいては企業業績への悪影響となって顕在化しつつある。犯罪心理学が専門の桐生正幸東洋大学教授に、カスハラ加害者の特徴とその対処法について聞いた。

──カスハラを行うのはどんな人なのでしょうか。

桐生 われわれと同じ普通の人と考えてください。商品・サービスを購入する際にイラっとすることは誰にでもあるはずです。私が2021年に行ったカスハラに関する調査(女性1,096名、男性964名)では、約半数がカスハラ加害の経験があると回答しています。
 犯罪場面で考えてみます。日本の殺人事件は年間1,000件もなく、動機は対人関係か金銭がほとんど。精神鑑定が必要な事例はほぼないし、サイコパスによる犯行も極めて少ない。窃盗や万引きも同じで「出来心」で普通の人がやってしまう。身近な例で言うと、横断歩道での信号無視は、他人が見ていなければやってしまいがちなのが心理。「カスハラをする人はどこかおかしい」と特別視した瞬間に本質を見失ってしまいます。

カスハラを育てたのは企業

──そうだとすると対応が難しいのでは?

桐生 以前はカスハラという言葉はなく「悪質クレーム」という呼び方をされ、各企業には、そういう人をうまくなだめて帰ってもらう名人芸を持つ人が存在していました。しかし、もうそんな時代ではありません。ただ、一つ言えるのは、2000年くらいを境にして、消費やサービスの内容についてのクレームに加えて、「会社としておかしいのではないか」「俺が絶対正しいから言うことを聞け」などと、きっかけが不明であったり、何を要求しているのか分からない人が増えてきたという状況があります。なかには延々と従業員に話しかけて業務の邪魔をするという例もあります。

──なんだかわけが分からないですね。

桐生 最近まで、このようなクレーマーたちに対して、多くの会社は当然のごとく「サービスの一環」として内々に処理をしていました。だから、めったなことでは顕在化しなかったのです。でも時代は変わりました。カスハラを放置することで従業員は疲弊し、企業にとってもデメリットしかない。「商品・サービスはきちんと対価を払ってはじめて得られる」という当たり前のことが認識されるようになってきました。21年に厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表したのも、こうした社会的な背景があります。

──カスハラは近年増えてきたといえますか。

桐生 過去のデータがないので分かりません。企業が情報をオープンにしてこなかったからです。「クレームを処理できて一人前」という方針が幅をきかせていたということもあるでしょう。ところが、最近ではカスハラ案件が「見える化」されるようになってきました。労働組合などが調査したり、あるいはSNSの存在も大きいと思います。

──経営者の行うべきことは?

桐生 まず、「カスハラを黙認することは罪」であると認識することです。これが大前提。カスハラ黙認は「ホワイトカラー犯罪」に当たる可能性が出てきます。これまで企業は、従業員が土下座を強要されたり、ちょっと殴られたくらいでは訴えませんでした。
 しかし、時代も価値観も変わったのです。カスハラを育ててきたのは、旧態依然とした企業の在り方にありました。そのため、企業側の理念であった「お客さまは神様です」は、いまでは消費者のわがままを助長する盾となってしまったのです。

──日本の企業が「完璧」を求めがちなのも原因では?

桐生 おっしゃる通りで、たとえば鉄道業界では1分でも遅れたら乗客に謝る。これはある意味気持ち悪いですよね。インバウンドで日本を訪れる外国人は一様にこのことに驚きます。あまりにも遅れるのは困りますが、数分の遅れはお互い寛容になってもよいのではないでしょうか。そうした社会の方が住みやすいと思います。

まずはデータを収集して分析する

──カスハラに対応する具体的方策は?

桐生 大企業などではマニュアルづくりが進んでいますが、ポイントは実態を分析して、ざっくりとで構わないので加害者をタイプに分けてみることです。現行法にふれるような行いならば毅然(きぜん)とした態度を、そうでないものには適切な対応をしないと齟齬(そご)が生じてしまいます。一辺倒なカスハラ対応は、消費者に対するハラスメントにもなりかねません。

──どのように分析を?

桐生 図表1(『戦略経営者』2024年9月号P8)をご覧ください。私たち研究グループが作成した「カスハラ基準モデル」です。「態度・言動」と「要求内容」という二つの変数を縦軸、横軸にとって、ここにさまざまなカスハラ事例を位置づけることができます。
 まず、カスハラ事例を収集することから始めます。そしてその収集事例を「態度・言動」レベルで10段階、「要求内容」レベルで10段階評価して、図表にプロットしてみてください。そうすることで、そのカスハラがどのような性格のものかが見えてきますから、右上の悪質なものから順番に具体的な対応を設定し、それを社内のマニュアルに反映させるのです。

──各レベルのカスハラ事例への対応法は?

桐生 右上の悪質なものについては毅然とした態度ではねつけてください。左下のソフトなものは「意見」「要望」として丁寧に聞き入れ、場合によっては業務改善の糧にできると思います。問題は中間のところ。ここは業種や会社の理念、あるいは、カスハラ加害者のタイプによって対応法が変わってくるでしょうから、社内でブレストするなりして、対応を決めてください。個人任せにするのではなく、組織的対応が重要です。

──顧客対応の際の心構えは。

桐生 図表2(『戦略経営者』2024年9月号P9)が対応する際の流れです。まず、深呼吸をしてください。それから相手を観察し、状況を整理します。さらに、組織的対応を行い、心のケアを実施します。

──図表2のなかの「防御的対応」とは?

桐生 攻撃タイプに合わせた対応が必要になります。
 攻撃的な行為を行う理由と人格について、受刑者などを調査した犯罪心理学の研究があります。それによると、攻撃行動は,「回避・防衛」「影響・強制」「制裁・報復」「同一性・自己呈示」に分けられます。
 図表3(『戦略経営者』2024年9月号P9)に見られるように、それぞれのタイプにはさまざまなパーソナリティーの特徴が見いだせます。「回避・防衛」としての攻撃は、自分が危害や損失を受けた原因を相手の悪意や敵意のせいにすることで攻撃行動が高まります。「影響・強制」は、「自己主張」「競争心」「支配性」などが高い人が、自分の要求を押し通すために攻撃行動を行います。「制裁・報復」は、「自分が正義」「責任は相手にある」と信じる傾向がとる攻撃タイプ。「同一性・自己呈示」は、対面やプライドへのこだわりが強い人、注目されたい人がとる攻撃タイプです。

カスハラ対応を内外に示す

──それぞれの対応法は?

桐生「回避・防衛」については、「はい。おっしゃることはごもっともです」といった態度で相手に差別的な態度をとっていないことを示します。「影響・強制」には、「しばらくお待ちください」と心理的な距離をとり、相手がマウントをとりにくい上司を呼びに行くなど物理的な距離をとります。「制裁・報復」には、「その件については法律に詳しいものに相談いたします」と、相手の出方を冷静に眺めます。「同一性・自己呈示」には、「おっしゃる通りですね。ご指摘ありがとうございます」と、相手のプライドを損なわないようにします。ただ、こうした対応がすべてではありません。各企業でカスハラ加害者の情報を集めて手厚くプロファイリングを行い、これまでの経験も加味しながら、マニュアルづくりを進めてください。

──個人での対応には限界があります。

桐生 担当者がカスハラ被害にあったら、かかわる上長を決めておくべきです。それで収拾がつかなければ、会社ぐるみで対応してください。組織が守ってくれるという心理的安全性を担保するマニュアルをつくることが重要です。カスハラをエスカレートさせない対応を行っても、解決しない場合は組織としてきっぱりと拒絶するルールを作ります。重篤なカスハラ加害者は、「自分に歯向かってこない」と思ったら、いつまでもその行為をやめないからです。
 いずれにせよ、カスハラを放置することは、企業にとってデメリットしかありません。従業員は辞めてしまうし、場合によっては「ブラック企業」という烙印(らくいん)を押されてしまうかもしれない。繰り返しますが、企業は、「カスハラには毅然とした態度をとる」ことを内外に宣言し、急ぎマニュアルを整備する必要があります。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2024年9月号