いまだ出口の見えないウクライナ戦争、そして新たに勃発したパレスチナ、ガザ地区での紛争。2024年、調停に乗り出す指導者は現れるのか。注目されるのが大統領選挙を控える米国である。「次回の米大統領選挙はかつてないほど重要性を帯びる」と前嶋和弘氏は強調する。(インタビュー日:2023年12月4日)

プロフィール
まえしま・かずひろ●アメリカ学会会長。1965年静岡県生まれ。上智大学外国語学部卒。ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。編著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)、『オバマ後のアメリカ政治─2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(東信堂)ほか。近著に『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』(小学館)がある。テレビやラジオ、インターネット上でも積極的に発信している。
展望2024

──ロシアがウクライナに軍事侵攻して、2年になろうとしています。現下の国際情勢をどのように受けとめていますか。

前嶋 われわれがいま直面しているのは、流動化が一気に進んでいる世界です。まずウクライナ情勢ですが、米国はこれまでウクライナに対して、青天井といえるほど武器を提供してきました。しかし2023年夏以降、その動きは明らかに鈍くなっている。支援疲れが顕著で、世論調査結果をみると、米国民の半数以上が追加支援に後ろ向きです。
 米国内におけるウクライナ関連の報道量も減少傾向にあります。22年3月にブチャで住民虐殺が発生した際には、メディアは盛んに取り上げていました。いまではウクライナ情勢の報道量は日本の方が多いぐらいで、米国で報じられる機会は大きく減りました。ウクライナ支援よりも、メキシコ国境での不法移民対策に予算を投じるべきと主張する共和党支持者も増えていて、厭戦ムードが広がっています。

──パレスチナ情勢も緊迫化しています。

前嶋 イスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃に端を発したガザ紛争では、イスラエル軍がガザ地区南部まで侵攻し、戦況は泥沼化しています。国際社会はイスラエルに対して、自衛権は認めるものの過剰な行使は許さないとのメッセージを発信していますが、イスラエル側に受け入れる気配はありません。イスラエル軍はガザ地区で暮らしていた子どもをハマス予備軍と見なしており、今後も多数の犠牲者を生むおそれがある。
 たとえハマスを解体しても、ガザ地区をいかに統治するかという課題が残ります。国際社会はイスラエルが統治するのを認めないでしょう。米国もそうした事態は避けたい。ガザ地区から避難した人々に、元の居住地に帰還してもらう必要もあります。「ハマス抜きのガザ地区の統治」は24年の大きなテーマで、日本も経済支援などに関与する場面がありそうです。
 ウクライナ、パレスチナ情勢の今後を大きく左右するのは、米国大統領選挙の動向です。

揺れつづける激戦州

──新大統領次第で展開は変わってくると。

前嶋 24年の米大統領選は、1月15日のアイオワ州での共和党党員集会を皮切りに予備選挙が始まり、11月5日に本選挙の投開票日を迎えます。共和党のいずれの候補者もウクライナ支援に否定的な見解を述べており、とりわけトランプ前大統領は、大統領に就任すればウクライナ戦争を24時間以内に終結させると主張しています。彼いわく、支援規模をさらに縮小して、ウクライナに妥協させると。ウクライナは東部のドンバス地域(ドネツク、ルガンスク両州)の統治をあきらめるべき、というメッセージを徐々に発信しはじめています。
 パレスチナ情勢に関しては、2国家共存という言葉は後景に退くことになりそうです。トランプ氏は大統領在任中、在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転して、中東情勢が緊迫する引き金になりました。大使館移転はパレスチナの人々にとって屈辱的な出来事であり、トランプ氏が大統領に返り咲いた場合、イスラエルに有利なかたちで和平交渉が運ぶと予想されます。

──米大統領選挙の趨勢を教えてください。

前嶋 バイデン氏81歳、トランプ氏77歳とともに高齢ですが、最終的に20年の大統領選挙と同じ顔合わせになる可能性が高いです。米大統領選は全50州と首都ワシントンでの投票により争われ、ハワイ州なら民主党、アラスカ州なら共和党といったように、支持政党が明確な州が多い。両党の支持が拮抗している「スイングステート」と呼ばれる6州ほどの激戦州での勝敗により、当選者が決まることが見込まれます。米メディアの直近の調査では、いずれの激戦州でもトランプ氏が優勢という結果が出ましたが、この先もまだ揺れるでしょう。
 両氏とも年齢というリスクを抱えながらの選挙戦になりますが、トランプ氏には前回大統領選挙の結果を確定する手続きを妨げた罪など、連邦と州あわせて4つの刑事裁判が控えています。いずれかの裁判で有罪判決が出て、刑務所に収監される可能性もある。収監されても大統領選挙に立候補できるし、当選して大統領になれば、連邦裁判では自分自身を恩赦することも理論上可能です。
 一方、州における裁判ですが、前回の大統領選挙で州の敗北結果を覆そうと州政府に圧力をかけた罪に問われているジョージア州の裁判は、有罪になる可能性が高い。ただ、こちらも大統領が収監されていては外交に支障をきたし、国益を損なうといった国民の声が広がれば、州が恩赦することもありうる。そのため、トランプ氏は裁判リスクをそれほど重大に受けとめていないと思います。

NATO離脱は絵空事でない

──トランプ氏が大統領に就任した場合に予想されるシナリオは?

前嶋 17〜21年までのトランプ政権時代には、ティラーソン国務長官やマティス国防長官など、トランプ氏の暴走を防ぐ歯止め役がいました。もしトランプ氏が大統領に再び就任すれば、タガが外れるというか、自身に権限を集中するなどして民主主義のプロセスを変え、政策を思うまま実行する可能性があります。
 例えば、ウクライナ戦争終結に向けた交渉でロシアに有利な条件を提示したり、ガザ紛争ではイスラエル側に加担することでしょう。そして欧州各国が危惧するのは、米国の北大西洋条約機構(NATO)離脱という事態。これはすでに絵空事でなくなっており、連邦議会上院は、議員の3分の2が賛成しないとNATOを離脱できないと規定した法案を成立させたほどです。日本に対しては、在日米軍駐留経費負担のいっそうの増額を迫ってくるかもしれません。
 第2次世界大戦後、米国が中心となってつくりあげてきた世界秩序が、「アメリカファースト」の主張とともに再構築されていく。その意味において今回の米大統領選は、世界の今後50年の方向性を決めるほどのインパクトを持ちます。これほど重要性を帯びた米大統領選は、かつてなかったといっても過言ではありません。選挙戦で民主、共和党支持者間の分断がより深まるので、バイデン氏が再選しても、むずかしい政権運営を迫られるでしょう。

──23年11月に行われた米中首脳会談をどう評価されますか。

前嶋 一言でいうと、米中両国が分かり合えない点を確認する場になりました。台湾問題しかり、人権問題しかり、お互いの見解を述べ、隔たりを確認しあったということです。合意にいたったテーマは限られ、会談後の記者会見でバイデン大統領が成果として最初に言及したのが、中国国内での合成麻薬「フェンタニル」の生産抑制でした。台湾情勢や中国の南シナ海における現状変更の動き、気候変動への対応などに関しては踏み込まなかった。とはいえ、バイデン大統領が習近平国家主席と対面で会談するのは約1年ぶりであり、意義は大きかったと思います。

モサドは攻撃を予知できたか

──最近は「グローバルサウス」と呼ばれる国々の動向が注目されています。

前嶋 グローバルサウスは一般的にアジアやアフリカ、ラテンアメリカなどの新興国を指すといわれますが、その定義自体怪しい言葉であると感じています。グローバルサウスとはつまるところ、インドの動向なんですね。インドにおける近年の経済成長はめざましく、23年には人口も世界最多となり、存在感は確かに増しています。モディ首相は世界最大の民主主義国家を自任していますが、カースト制による差別もあり、そう呼べるか疑問です。中国やインドなどの権威主義的体制をしく国が台頭するなか、民主主義の旗印は逆風にさらされているといえます。

──ところで23年は自衛隊の秘密情報部隊を扱うテレビドラマが話題になり、国家による諜報活動がクローズアップされました。そもそもイスラエルの対外情報機関モサドは、ハマスによる奇襲攻撃を予知できなかったのでしょうか。

前嶋 その件について断定するのは、なかなかむずかしいですね。米国には対外情報機関として中央情報局(CIA)があり、CIAの犯した最大のミスが「9.11」のテロを招いたことでした。CIAは9.11が発生する前、国際テロ組織アルカイダの動向を監視していたものの、大規模テロを起こすことの確証が得られなかったといわれています。米ソ冷戦終結後、米国内のインテリジェンス機関ではアラビア語が堪能なスタッフを削減する動きもあり、気のゆるみが多少あったのかもしれません。
 モサドもハマスの動向に関してさまざまな情報をつかんでいたと思います。しかし、各所から上がってきた情報の真偽を十分見極められなかった。ただ、これはあくまで推測で、ガザ紛争の終息後、検証されていくはずです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2024年1月号