3月に公表された「健康経営優良法人」認定企業が過去最多にのぼるなど、「健康経営」に向かう気運が高まっている。いま求められているのは、健康経営を武器に人材を引きつける、攻めの発想である。

攻めの「健康経営」

──今「健康経営」が求められている背景を教えてください。

橋本 そもそも健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点でとらえ、戦略的に実践することを指します。従業員の健康管理に積極的に投資することで従業員が健康になれば、生産性の向上や組織の活性化につながり、結果として業績向上をもたらすことが期待できます。
 また、健康経営の推進は人材獲得にも役立ちます。日本社会では、今でも一定程度、長期雇用の慣行が残っているため、ライフステージにおける就職の持つ重要性は、相対的に大きいものがあります。そのため、健康経営への積極的な取り組みは、より求職者へのアピール材料になります。
 国のヘルスケア政策の視点でいえば、病気予防、健康増進により国民の健康寿命を延伸することは、持続可能な社会保障制度を構築する上でも欠かせません。ヘルスケア産業の創出と労働力の確保による経済成長にもつながります。

──健康経営に取り組んでいる企業は離職率が低いという調査結果もあるそうですね。

橋本 例年、経済産業省で大規模法人を対象に実施している「健康経営度調査()」の回答結果を分析したところ、健康経営度の高い企業の離職率は、全国平均の離職率より低い傾向にあることがわかりました。人材の定着を促すうえで、健康経営は有効な施策であるといえます。

──中小企業における健康経営の取り組み状況をお聞かせください。

橋本 経済産業省では、2016年度に「健康経営優良法人認定制度」を創設し、健康経営を実践している優良企業を顕彰しています。健康経営優良法人(中小規模法人部門)の申請企業数は年々増えており、中小企業経営者の健康経営への関心の高まりがうかがえます(『戦略経営者』2023年4月号P27 図表1)。

健康経営度調査… 健康経営の取り組み状況と経年変化を分析するとともに、「健康経営銘柄」の  選定および「健康経営優良法人(大規模法人部門)」認定の基礎情報を得るために実施している調査

まず「健康宣言」から着手

──健康経営優良法人認定制度の概要は?

橋本 この認定制度の目標は、健康経営に取り組む優良な企業を見える化することです。そして従業員、求職者等から、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業として、社会的な評価を受けられる環境を整備することにあります。
 本制度には、大手企業等を対象とした大規模法人部門と、中小企業等を対象とした中小規模法人部門の二つがあり、それぞれの部門で「健康経営優良法人」を認定しています。

──ウェブサイトなどでロゴマークを使用している企業を見かけることがあります。

橋本 健康経営優良法人に認定されると、ロゴマークの使用が可能になります。このうち特に優れた上位500社を「ホワイト500」(大規模法人部門)および「ブライト500」(中小規模法人部門)として選定しています。なお、認定期間は、例年3月上旬から翌年3月末までの約1年間です。

──経営者は健康経営に取り組む際、どのような点から着手すればよいですか。

橋本 前述した健康経営度調査の評価項目にそって説明すると、何より求められるのは経営トップの関与です。同調査では、全社における健康経営推進の最高責任者の役職を尋ねる設問があります。「経営トップ」とする回答が増加しており、2021年度の調査では77.2%にのぼりました。
 経営トップはまず、従業員の病気予防や健康づくりに取り組むことを社内外に発信する「健康宣言」を行います。全国健康保険協会(協会けんぽ)各支部のウェブサイトに、健康宣言のエントリーシートが掲載されているので、ご活用ください。
 次に、経営者自身や役員が健康づくり責任者になるといった、経営層が参加する体制を整えたうえで、健康経営の推進計画を策定します。計画には、従業員の定期健康診断受診率の向上、禁煙の推進など、健康課題解決に向けた具体的な取り組みと目標値、達成期限を明記します。

──健康経営を社内で定着させるポイントは?

橋本 企業の抱えている課題によって打ち手が異なるため一概には言えませんが、健康経営優良法人の認定取得を目指す場合、取得を目的に始めてしまうと、大きな効果は期待できません。
 健康経営度調査の評価項目には、効果を検証する「評価・改善」のステップがあります。この項目のねらいは、1年間の取り組み内容を振りかえり、その結果をふまえて各種施策の改善につなげてもらうことにあります。従業員の健康状態に配慮した経営が従業員の幸福につながり、ひいては企業業績の向上を促す。その点を意識してPDCAサイクルを回し、地道に取り組むことが肝要です。

未病の支援に重点

──中小企業における具体的な取り組み例をお聞かせください。

橋本 神奈川県横浜市で建設業を営むヨコレイさんは、定期健康診断を2年間受診していない社員が体調不良で入院したことを機に、健康経営に着目しました。
 取り組み内容の特徴として挙げられるのは、病気になってからケアするのでなく、病気にならないための支援に重点を置いているところです。健康診断結果のうち、血圧、悪玉コレステロール、血糖、BMI、中性脂肪の5項目の数値に注目し、近年の推移をウェブサイトで公開しています。
 なかでも重視しているのが肥満予防対策(BMIのコントロール)で、就寝2時間前までに夕食をとれるよう、希望者にお弁当やサラダを提供しているほか、体組成計も貸与しているそうです。こうした取り組みを通して、社員間でお互いの体調を気遣う会話が生まれるなど、社内の結束感がいっそう高まりました。

──ほかに参考となる事例はありますか。

橋本 東京都西多摩郡に本社を置くエコワスプラントさんが健康経営にかじを切ったきっかけは、よりショッキングなもので、働き盛りの従業員が突然死したことでした。経営者自身、若いころ仕事に没頭し、家庭をおろそかにしていたことを反省し、健康経営に着手。重点施策として時間外労働の削減を掲げており、残業の許可制を徹底して、事務職の残業時間をほぼゼロまで削減しました。
 あわせて2キロ以上の距離を徒歩、または自転車で通勤する従業員に「エコ通勤手当」を支給するなど、運動習慣定着の動機付けも図っています。その結果、従業員の病欠が減り、労働生産性が向上したのに加え、近年は新卒者の応募も増加傾向にあるそうです。

優遇利率を設定する銀行も

──健康経営の推進により期待される効果を教えてください。

橋本 大別すると3点挙げられます。まず1点目は社内的な視点で、健康であるほど従業員は病気で欠勤することが減るため、稼働率がおのずと高まります。健康は従業員の働きがいや、労働生産性の向上をもたらすベースであるといえます。
 2点目として、冒頭に述べたとおり、人材獲得や定着を図るうえでも有効です。大手就職・転職サイトの中には、健康経営優良法人の特集ページを開設している例もあり、利用者は認定企業一覧から求人情報を検索できるようになっています。さらに、ハローワーク求人票でも22年6月以降、健康経営優良法人認定企業は、ロゴマークを掲載できるようになりました。企業選びの際のアピール材料となることが期待されます。
 3点目として、各地の自治体や金融機関において、従業員の健康増進を図っている企業に対して、インセンティブを付与する例が増えているのも追い風です。例えば、健康経営優良法人認定を取得している企業は、国の中小企業向け補助金交付審査時の加点の対象となるのに加え、静岡県浜松市では、建設工事入札時や指定管理者の選定等に際して、加点を実施しています。あるいは、愛知銀行のあいぎんSDGs・ESG応援ローン「健康経営応援プラン」という融資商品では、健康経営に取り組む法人・個人事業主を対象に、優遇利率を設定しています。
 こうした地域ごとに行われているインセンティブの一覧は、健康経営ポータルサイト「ACTION! 健康経営」で確認できます。

──健康経営関連施策の今後の方向性を。

橋本 健康経営にはさまざまなメリットが期待されますが、それがもたらした効果を分析し、定量的に示していきたいと考えています。従業員の健康増進や生産性、エンゲージメント向上にどの程度効果があったかを明示できれば、健康経営に対する社会からの注目度はいっそう高まるはずです。
 加えて、健康経営が国内企業で普及すれば、生活習慣病対策やメンタルヘルス対策、フェムテック等の周辺サービスのさらなる活性化にもつながります。こうした産業群をしっかりと根付かせ、健康経営関連サービスの国際展開も構想しています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2023年4月号