今年4月、女性活躍推進法の対象範囲が、常時雇用従業員101人以上の中小企業にまで広げられた(従来は301人以上)。法制を順守しつつ、自社の活性化につながる女性活躍推進への取り組みとはどういうものなのか。専門家や先進企業に取材してみた。
- プロフィール
- しま・まいこ●慶應義塾大学卒業後、ANAに入社し国際線客室乗務員として勤務。出産を機に退職後、社会保険労務士の資格を取得。大手社労士法人に15年間在職後、社労士事務所を設立して独立。2018年、ヒューマンテック経営研究所に事務所統合。人事労務相談、就業規則策定、女性活躍推進、ワークライフバランス等に関するコンサルティング、各種セミナー、専門誌等への執筆を行う。『中小企業がイキイキ輝く!女性活躍推進法一般事業主行動計画課題別策定ガイド』など著書多数。
──中小企業が女性活躍推進に取り組むメリットは何でしょう。
島 第一に採用面でのメリットが大きいと思います。ここ数年は「募集しても人がこない」「採用してもすぐに辞めてしまう」といった中小企業経営者や人事担当者からの悩みを良く聞きます。今後、さらに生産労働人口の減少が見込まれるなか、十分に生かされているとは言えない女性の労働力を活用しない手はありません(『戦略経営者』2022年5月号P11図表1参照)。加えて、女性活躍推進の活動をすることで、企業としての評価が高まり、女性に限らず採用面で困らなくなったという会社もあります。
圧倒的に低い女性管理職比率
──ほかには?
島 中小企業に限りませんが、男性ばかりの会社では、どうしても考え方が類似しやすく、イノベーティブな発想が出にくくなる傾向があります。そこに女性の感性を加えれば、思ってもみない新しい発想がもたらされるかもしれません。今は主に女性が購買決定権を持っていますから、商品やサービスに女性の発想を取り入れることで、より消費者ニーズを的確にとらえることができると思います。
──日本は国際的に見て管理職に占める女性の割合が圧倒的に低いと言われていますが、ここが女性活躍推進のポイントでしょうか。
島 男女雇用機会均等法が施行されて36年、育児・介護休業法から30年近くが経過し、世の中の意識も変わり、仕事と家庭の両立支援については、企業の取り組みもかなり進んできました。しかし、ことキャリアアップに関しては、日本はまだまだ後進国です(『戦略経営者』2022年5月号P12図表2参照)。文化的な背景もあるのでしょうが、会社では女性のキャリアアップを進めようとしても、女性自身もなんとなくリーダーシップをとりたくない、管理職になりたくないという意識が強いというのが実情です。少し古い数字になりますが、労働政策研究・研修機構の調査によると、一般従業員で昇進を望まない女性は70%を超えているというデータもあります。この点も大きな課題だと思います。
4月から中小企業にも適用
──女性活躍推進法施行後、企業の姿勢は変わりましたか。
島 変わってきていると思います。大企業では、女性の活躍に関する取り組みの実施状況が優良な企業に対して厚生労働省が認定する「えるぼし認定」の取得がかなり進んでいます。ただ、中小企業はどうかというと、進んでいるところとそうでないところのギャップが広がっているような気がします。なかには法律を知らない経営者の方もいるのではないでしょうか。ただ、今年の4月からは、これまでは努力義務だった「常時雇用する労働者(契約社員やアルバイト含む)が101人以上の会社」(従来は301人以上)にまで女性活躍推進法に定める義務の適用枠が広がりましたから、新たに義務化の対象となった企業は今後はそういうわけにはいきません。
──女性活躍推進法では何を行うことが求められているのでしょう。
島 一般事業主行動計画(行動計画)を策定し、届け出をすることと、自社の女性活躍に関する情報の公表が義務付けられています。行動計画の策定・届け出は、①状況把握・課題分析②行動計画策定③社内周知・公表・届け出の順に進めていきます。
──法律に従わない場合に罰則はあるのですか。
島 直接的な罰則はありませんが、行政の報告の求めに応じない等の場合は、20万円以下の過料が科せられます。また、情報公表を行わない等の場合に、行政の勧告に従わないと企業名を公表される場合があります。
──状況把握・課題分析はどのようにして行えばよいのでしょう。
島 あらかじめ自社の女性活躍に関するデータを把握した上で改善すべき課題を分析します。その際、必ず把握しなければならないのは①「採用した労働者に占める女性労働者の割合」②「男女の平均継続勤続年数の差異」③「労働者の各月ごとの平均残業時間数等の労働時間の状況」④「管理職に占める女性労働者の割合」の4つ。①と②は正社員や契約社員といった雇用管理区分ごとにデータを把握する必要があります。これらの具体的算出の仕方は、よろしければ拙著『中小企業がイキイキ輝く!女性活躍推進法一般事業主行動計画課題別策定ガイド』に詳しく記載していますので参照してください。
──なぜ、平均残業時間数が女性活躍に影響するのですか。
島 女性が長時間労働を余儀なくされると仕事と家庭との両立が難しくなりますし、また、男性の長時間労働が常態化すると、妻がフルタイムで働くのが難しくなります。つまり、間接的に影響してくるのです。
目標を行動計画に落とし込む
──課題を分析する際の留意点はありますか。
島「分析」というと難しく感じますが、シンプルに考えるといいと思います。基本的には、把握したデータで数値の低かったところを改善するという意識でのぞんでください。
──行動計画はどのように?
島 行動計画には①計画期間②数値目標③取り組みの内容④取り組みの実施時期を明記しなければなりません。②の数値目標は「〇%以上」や「〇人以上」といった具体的な数値を用いた目標とすることが必要です。行動計画の策定の仕方についても、前記拙著に詳しく解説していますので、参照してみてください。
──具体的にはどのような数値目標がありますか。
島 管理職に占める女性の割合は、多くの企業で数値が低く出るため、いきなり管理職のなかでの女性割合を数値目標にしてしまいがちですが、管理職を育成するのはそう簡単なことではありません。女性管理職を増やすには、まず女性従業員を増やしたり、女性が継続的に働けるように制度を整えたりといった施策が必要になる場合があります。つまり、女性管理職を増やす基盤づくりのための目標を立てる方が現実的かもしれないということです。
──目標を設定しても、それを具体的な取り組みに落とし込むのは難しいのでは?
島 そうですね。ここで悩んでしまう企業が多いのは事実です。ただ、具体的取り組みについては、厚生労働省のウェブサイトやパンフレットなどに掲載されているし、「女性の活躍推進企業データベース」というサイトで、規模や業種ごとの事例が検索できます。そういったものを参照していただくといいかもしれません。
採用に関して言えば、たとえば女性面接官を同席させるだとか、活躍されている女性従業員をHPにのせるなどといった取り組みも有効でしょう。女性の継続的な勤務を実現するには、両立支援の制度整備と周知徹底、労働時間の削減であれば、年次有給休暇の取得促進、勤務間インターバル制度やフレックスタイム制の導入などが考えられます。
──策定した行動計画は、社内周知・公表・届け出が必要です。
島「社内周知」については電子メールやイントラネットへの掲示などが挙げられますが、それだけでは不十分な場合があります。アルバイトなどパソコンを使用しない人には書面を配布したり、あるいは掲示板など社内の目立つところへの掲示を行ってください。そうしないと社内周知したことにならないので注意が必要です。「公表」については、基本的には自社ホームページか厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」へ掲載してください。
──届け出は?
島 都道府県の労働局に届けなければなりませんが、作成した行動計画をそのまま提出するのではなく、「一般事業主行動計画策定・変更届」という所定の様式に記入して提出する必要あります。いつまでという決まりはありませんが、行動計画策定後、遅滞なく届け出る必要があります。
推進のための5つのポイント
──ところで、女性活躍を推進するためのポイントは何でしょうか。
島 ①意識改革②女性のキャリアアップ③働き方改革④両立支援⑤人事制度の5つです。とくに意識改革は簡単ではありません。前述したように、「昇進したくない」との女性の意識が変わらないと、女性活躍は進みません。意識改革のためには、まずはトップである社長が「当社は女性の活躍を推進する」と強くメッセージを発すること。これがなければはじまりません。さらに、女性のキャリア研修などを単発的に行うケースもあるようですが、それだけでは効果は上がりにくいと思います。研修後に面談を行い、個人ごとにキャリアについて話し合い、やる気のある人の役職を引き上げていくといった具体的施策につなげていく必要があります。そうしてロールモデルができると、「あの人みたいになりたい」「ああいう選択肢もあるんだ」と周りの意識も変わってくるでしょう。
──男性の方の意識改革は難しそうですね。
島 経営者がメッセージを発することで、男性の意識も変わってくると思います。最初はあまり実感がないかもしれませんが、女性がどんどん活躍してくると次第に意識が変わるということもあるようです。ただ、経営者の考え方を変えるというのがもっとも難しいことで、ここがわれわれの大きな課題でもあります。
──②の女性のキャリアアップについては?
島 教育訓練や研修制度の機会を男女の区別なく提供することが大事です。そのためには男女の区別なく仕事を割り当て、配置や昇進に偏りがないようにすることなどが必要でしょう。
──これも意識改革ですね。
島 はい。「営業はハードだから女性に合わない」「来客対応や受付、電話対応は女性がすべき」「子どもが小さい間は女性が育児をするべき」「男性が育児休業をとるなんて考えられない」「子どもがいる女性は残業ができないし、責任のある仕事は任せられない」などといった「性別役割分担意識」を払拭(ふっしょく)することが先決かもしれません。
──③の働き方改革についてはいかがでしょう。
島 2019年に働き方改革関連法が施行され、長時間労働の是正や柔軟な働き方の推進が打ち出されました。前述したように長時間労働は女性の継続就業に悪影響を及ぼします。また、昇進することによる長時間労働化は、女性の昇進意欲の低下をもたらす可能性があります。また、男性の長時間労働も男性の家事・育児時間を減少させるので結果的に女性の活躍を阻害することにつながります。対策としては、時間外労働を減らす各種取り組みのほか、すでに述べたとおりフレックスタイム制など必要に応じた柔軟な労働時間制度の採用が求められます。
──④の両立支援については?
島 まずは法律に定めのある制度を完備することです。労働基準法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などの内容が自社の就業規則に定められているか確認していください。就業規則に定めがあったとしても、従業員に知られておらず、制度の利用実績がほとんどないというケースがよく見受けられるので、あらためて社内でパンフレットを配るなど周知し、利用を促すことが大事です。
──⑤の人事制度は?
島 日本のコース別雇用管理制度を採用している企業では、まだまだ幹部候補生である総合職採用の女性比率が低いのが現状です。また、コース別雇用管理制度を採用していない会社でも女性は男性の補助的な役割の職種として採用するところが少なくないようです。まず、採用段階で幹部候補の女性を増やし、母集団を増やす必要があります。また、「研究・開発・設計」「営業」「生産」という部門に男性が多く、「人事・総務・経理」という間接部門に女性が多いという現状もあります。このような固定的な男女配置は職域を狭め、女性活躍を阻害する要因になります。
「えるぼし認定」を目標に
──島さんのご経験から、現在の中小企業の女性活躍推進の取り組みをどうみておられますか。
島 以前は、女性活躍に関する研修を実施しても来る人は少なく、法律そのものを知らない人も多かったように思います。しかし、最近になってたくさんの人が興味を示すようなってきました。流れが変わってきたと感じています。
──えるぼし認定を受けたい企業が増えているのはなぜでしょう。
島 やはり採用面でのメリットが大きいようです。認定企業にはえるぼしマークが付与され、それを名刺やホームぺージ、求人広告などに掲載することができます。求職者は、女性が働きやすい会社ということで良いイメージを持つので、えるぼし認定を受けてから、「採用しやすくなった」という会社もあるようです。
──認定を取るにはどうすればよいのでしょう。
島 まず女性活躍推進法に基づき行動計画を策定し、社内周知・外部への公表を行うことが前提です。さらに、「採用」「継続就業」「労働時間等の働き方」「管理職比率」「多様なキャリアコース」の五つの評価項目のうちいくつ基準を満たしたかで認定マークの星の数が決まる仕組みになっています。詳細は、厚生労働省の「女性活躍推進法特集ページ」で確認してください。ちなみに一昨年からは、その上の段階の「プラチナえるぼし」制度もスタートしています。えるぼしの認定基準には、とても具体的な数値目標が示されています。女性活躍推進に取り組みたい中小企業は、まずはえるぼし認定を目標にしてみてはいかがでしょうか。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)