気候変動への危機意識の高まりや成長産業としての期待感から、大きなうねりを生み出している脱炭素の潮流。カーボンニュートラル達成に向け脱炭素経営が求められるのは、もはや一部の大手企業にとどまらない。経営を脱炭素へとシフトさせる方途を探った。

プロフィール
やまもと・ゆういちろう●イノベーション&インキュベーション部ディレクター。2016年東京大学経済学部卒。通信事業者を経て三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社へ入社。エネルギーやスマートシティ、モビリティ等の案件など、社会課題と企業、事業成長の接点における戦略策定を担当している。
脱炭素へシフトせよ

──脱炭素をめぐる最近の動向を教えてください。

山本 国際社会において昨年大きな注目を集めたのは、第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)の開催です。
 最終合意に至るまでには紆余(うよ)曲折があり、なかでも焦点となったのが「石炭」の取り扱い。当初の案では石炭火力発電について、段階的な廃止との文言が盛り込まれる予定でしたが、新興国の反発から「段階的な削減」に変更されました。それまでのグリーンシフト一辺倒だった流れの変化を象徴する出来事でした。
 翻って日本国内の話題として、第6次エネルギー基本計画の策定が挙げられます。2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)達成を念頭に、30年度温室効果ガス排出量の13年度比46%削減という目標値が掲げられるなど、野心的な内容が盛り込まれました。示されたエネルギーミックスでは、石炭等の化石エネルギーの減少分を再生可能エネルギーと原子力でまかなう計画になっています。

──日本で脱炭素の機運は高まっていますか。

山本 海外投資家が株式を保有する上場企業では意識が高まっている一方、株式を持ち合っているオーナー企業などは、喫緊の課題としてあまり認識していません。中堅・中小企業では、業種により関心度の濃淡があります。自動車、精密機械といった、サプライチェーンに組み込まれている産業では大手取引先からの要請もあり、差し迫った課題となっています。
 これらの業種と異なる文脈で対応を迫られているのが小売り、物流業界です。国内のみで事業展開する企業であっても、消費者意識の変化や電気自動車(EV)シフトの加速から、関心度が高まっています。

止まらないドミノ

──そもそも温室効果ガスの排出削減が求められる背景を教えてください。

山本 環境的な側面と経済的な側面があります。
 環境面について述べると、温室効果ガスのうち最大の割合を占める二酸化炭素(CO2)の排出が地球温暖化をもたらし、気候変動の要因となっている点が科学的なエビデンスにより証明されています。世界では大型のハリケーンが発生し、森林火災が頻発しているほか、日本でも「数十年に一度」といわれる規模の豪雨災害が各地で頻発している状況です。
 国際社会が協調してCO2の排出削減に取り組まなければ、激甚災害が常態化し、インフラ破壊や経済活動寸断のリスクも高まるでしょう。誰もが当事者として対処すべきテーマであり、人類がこれほどスケールの大きな課題に直面したことは、かつてなかったと言っても過言ではありません。

──経済的な側面とは?

山本 グリーン・ニューディールという言葉があるとおり、脱炭素に関連した研究開発、インフラ投資は、いまや一大産業になっています。日本が50年までのカーボンニュートラル達成に要する投資額は、500兆円以上にのぼるとの試算もあります。これほど莫大(ばくだい)な額の資金需要のある産業分野は、他にありません。脱炭素が投資マネーを呼び込むためのいわば口実になっているわけです。

──脱炭素の流れは、中小企業経営にどのような影響を与えるでしょうか。

山本 先に述べたとおり、脱炭素に向けた取り組みが顕著なのは、海外に支店等の拠点を置くグローバル企業が中心です。こうした企業は、サプライチェーン全体でCO2排出量を削減する必要があります。そのため、取引先に対してCO2排出量削減計画の提出や、環境負荷の少ない部材の使用を求めるケースもあります。元請け企業からの要請が1次受け、2次受け……と伝わっていく「脱炭素ドミノ」と呼ばれる現象です。
 元請け企業からCO2排出量の削減を要請された場合、工場等に節電を呼びかける標語を貼り出すだけでは不十分です。どのくらいのCO2を節約できたか、具体的な成果を数値として示すことが求められます。社内にCO2排出量削減のためのプロジェクトを立ち上げる必要もあるでしょう。

商品選びの新たな尺度

──新たな労力やコストの発生が見込まれると。

山本 プラスの影響も期待できます。従来の製品開発において重視されてきたのは、機能や価格といった要素でした。しかし、脱炭素への関心の高まりから、消費者が商品の購入を検討する際、省エネ性能やリサイクル素材の活用といった尺度が加わることになります。機能面で多少引けを取っても、脱炭素に熱心な経営姿勢を表現できれば、自社製品が選ばれる可能性は高まります。
 電通が実施した「カーボンニュートラルに関する生活者調査」によると、カーボンニュートラルの実現に向けて取り組む企業に対して「商品・サービスを購入したい・利用したい」と回答した人々は、全体の6割をこえました。興味深いのが、人口ボリュームの大きいシニア世代と、消費トレンドをけん引するZ世代といわれる若者層において、企業の脱炭素の取り組みに高い感度を持っているとの結果が出たところ。商品選びのポイントとして環境性能の占める比重は、今後いっそう大きくなるでしょう。

──脱炭素経営に向け、経営者はどこから着手すればよいのでしょうか。

山本 まず実施すべきは、自社のCO2排出量を把握すること。方法としては、環境省ガイドラインや必要に応じて外部サービスも活用しながら、電力会社から送付される請求書等を活用して、算定を行ってみてください。可能であれば、推移も確認できると参考になると思います。データを把握後、CO2排出量削減のための対策を検討します。具体的な打ち手をイメージできない場合、自治体や金融機関、コンサルティング会社等の外部機関に相談することをおすすめします。電力契約の見直しや、省エネ設備の導入といった対応策をアドバイスされるはずです。
 とはいえ、手元資金に余裕がないという経営者の方もいるでしょう。政府が企業のグリーンシフトを後押ししようと、潤沢な予算をつけており、津々浦々の自治体で省エネ設備導入時に活用できる支援策が設けられています。ボイラーの入れ替えやEVの購入、蓄電池の導入など、対象となる用途を各自治体のウェブサイトで確認できます。
 地域金融機関でもESG融資に対する関心が高まっていて、「グリーンローン」あるいは「サステナビリティ・リンク・ローン」と呼ばれる融資制度を設ける地方銀行が相次いでいる状況です。

担当部署は社長直轄に

──CO2排出削減量をクレジットとして認証する仕組みもあると聞きました。

山本 省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2排出削減量を国がクレジットとして認証する、「J-クレジット」という制度があります。この制度に参画するには、CO2排出削減計画を記したプロジェクト計画書を提出する必要があり、定期的なモニタリングをへて認証申請を行います。認証を受けた企業は、地球温暖化対策の取り組みをアピールできるほか、設備投資の一部をクレジットの売却益で補うことも可能です。
 クレジットの購入者として想定されているのは大企業等であり、地球温暖化対策推進法やいわゆる省エネ法の報告書に、購入したクレジット量を記載できます。クレジットの売買を通して、脱炭素に向けた取り組みの加速が期待されています。

──ビジネスチャンスにもつながりそうです。

山本 CO2排出量の可視化や、エネルギー効率の高い設備への切り替えといった取り組みは、いわば「守り」に当たります。そうした作業を習慣化しつつ、取引先を開拓したり、脱炭素につながる素材を活用した製品開発に挑戦したりして、「攻め」に転じる発想が求められます。

──中小企業経営者へのアドバイスをお聞かせください。

山本 組織体制に関する注意点になりますが、脱炭素を担当する部署は社長直轄にすることが肝要です。脱炭素に取り組んでも、ただちに売り上げアップにつながるわけではありません。そのため、社長自ら主導しないと、活動を持続させるのがむずかしくなります。脱炭素の責任者を指名するとしても、丸投げしないよう心がけてください。他部署からの協力を得る上でも、社長のリーダーシップが必要です。
 そして、自力のみに頼らないようにしてください。脱炭素を図るには、CO2排出量の見える化や削減計画の策定など、さまざまなハードルがあります。ESG融資に実績のある地域金融機関や専門家に支援をあおいだり、最寄りの自治体窓口に相談するのも有効です。社長自身が旗振り役となり、プロジェクトメンバーと定期的にコミュニケーションを重ねつつ、進展をはかるのがポイントといえます。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2022年3月号