ワクチン接種と感染者の減少によって、それまでの鬱々とした世の中にようやく明るさが見えてきたようにも思える。はたしてこの光は本物なのか。各界のオピニオンリーダーに聞いた。
- プロフィール
- さとう・まさる●1960年東京生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省に入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館などを経て、95年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。05年執行猶予付き有罪判決を受ける。05年『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―』で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『獄中記』『国家の謀略』『新世紀「コロナ後」を生き抜く』など著書多数。
世界は新型コロナに蹂躙され、人々や社会の動きは一変してしまった。経済は混迷し、帝国主義の台頭も懸念される。ウイルスが導いた新たな世紀を、日本そしてわれわれはどう乗り越えていくべきなのか。知の巨人・佐藤優氏に聞いた。
──この2年間の世界のコロナ対策をどう見ておられますか。
佐藤 まず言えるのは、それぞれの国の「文明」によって、コロナ禍への対応の仕方がちがうということです。欧米先進国はキリスト教文明がベースなので、政府が上から外出禁止などの非常に厳しい法的規制を課してコロナ対策を実施してきました。一方で日本は儒教文明なので、「家」単位で自主的に秩序を守る風土。上から厳しく締め付けるのは性に合わない。あるいはこう言ってもいいかもしれません。戦前、日本人は「翼賛」という言葉のもと天皇を自発的に支持しました。翼賛というのは要するにボランティアのことで、東日本大震災では、「絆」をスローガンにボランティアの方々が大変な活躍をしました。今回、この翼賛の文化が表に出たのが「自粛」です。近頃良く聞くようになった「同調圧力」も翼賛の延長線上にあります。
20年後ベトナムと同レベルに?
佐藤優 氏
──コロナ禍によって何が変わったのでしょうか。
佐藤 グローバリゼーションに歯止めがかかり、国家機能とくに行政機能が強まりました。従来の中小企業であっても世界進出を目指すような風潮が抑制され、伝統的なビジネススタイルに戻りつつある。それが「経済安全保障」の枠組みで政策的に現れてきています。たとえば、日本のベアリングメーカーが中国や韓国に製品を販売すると、政府から「その製品は軍事転用可能だから」とペナルティーをくらうかもしれない。そういう時代になってきたということです。世界は欧米や中国を中心に帝国主義的傾向を強めており、どんどん怖くなっています。GAFAだって10年後に存在しているかどうか分からないですよ。
もうひとつ大きな変化は格差の拡大。具体的には国家間格差、そして地域間、階級間、ジェンダー間格差の4つです。つまり、日本でも経済的に弱い地域に住むシングルマザーがもっとも割を食っているということになります。日本は国家間格差では上位に分類されると考えていると大変なことになると思いますよ。購買力平価ベースの1人当たりGDPは、2018年に韓国に抜かれてしまいました。このままで行くと、20年後には、ベトナムと同じレベルにまで下がる可能性があります。
──なぜ、そんなことに?
佐藤 一部で言われているような中小企業の生産性が低いからではありません。私は日本の中小企業はよく頑張っていると思います。ただ、問題は経営者を養成する仕組みができていないこと。要するに後継者がいないわけです。今、スモールM&Aの譲渡価格が非常に小さくなっていて、1,000万以下が約70%を占めているし、数百万円のケースもざらにあります。日本の中小企業経営者はモラルが高いので、高く売りさばくことを目的にせず、事業や雇用の継続を重視するからです。その意味でも、マッチングをうまく行えば潜在可能性は大きい。
──買う側の頭数が足りないということですか。
佐藤 そう。AIが普及してきて、大企業や中央官庁で働く人たちは、今ほど必要なくなります。その人たちが、買い手となり豊富なノウハウを使って経営していく。そうすれば効率性は高まってくるでしょう。実際そういう事例は出てきています。
それともう1つ、日本の企業の生産性が低い大きな理由は「教育」です。日本は独自の生態系のなかで教育を「変な方向」に進化させてきました。そのつけが来ているのだと思います。
教育を変えれば日本はよくなる
──独自の生態系とは?
佐藤 受験のたびに偏差値で輪切りにし、入学したらしたで甘やかす。金属の焼き入れのように加熱と冷却を繰り返すわけです。するとどうなるか。金属も人間も折れやすくなります。最終的には勉強嫌いになる。さらに就職活動で企業研究みたいなことばかりをするので、学問のベーシックな部分がまったく身についていない人間になってしまう。こうした学生が、企業に入っても、現在のような大きな変動にさらされる状況に対応できないのは当たり前です。
──どうすれば?
佐藤 大学入試を変えればいいと思います。中学高校の学習指導要領をアップグレードし、それぞれの重複部分をなくし、大学入試へと効率的につなぐ制度にあらためるのです。それと、高校での学科選択制は廃止し、全科目を学ばせる。高校卒業には高卒認定試験への合格を条件とするのもいいでしょう。もともと日本のカリキュラムはよくできているし、若い人たちも優秀です。仕組みを微調整すれば4、5年で変わると思います。
──全科目を学ばせる意味は?
佐藤 武道における伝統的な修行のプロセスである「守破離」の原則です。創造性を発揮するにはまず「守」で型を確実に身につける必要があります。型から入ってはじめて、「破」でいろんな流派を学び、「離」で型から離れて創造性を発揮するというプロセスをたどることができる。型というのは暗記と理解。つまり、全科目を過不足なく学ぶことで型を身につけることが重要なのです。
──企業の社員教育という面ではいかがでしょう。
佐藤 いまや、企業にはOFTで社員を教育する余裕がなくなっています。とはいえ、学部の段階から企業で必要な知識の勉強をしても意味がないと思います。人間は必要性を感じないと本気でやりませんから。だったら、入社してしばらくたって、必要性を感じた時点で大学院に入って勉強すればいい。その意味でも、企業と大学を自由に往復できる制度改革を行うべきでしょう。
経済学部で簿記ができない人は普通だし、工学部でパソコンのキーボードが打てない学生もいくらでもいます。それが現実です。たとえば、会社に入って簿記を覚えなければならない状況になったとき、母校に3カ月の簿記習得コースがあったら便利じゃないですか。
地方に根差す企業を評価せよ
──今後の国際関係はどうなっていくのでしょうか。
佐藤 建前の上での国際協力と本音の部分での「自国本位」のかい離が著しくなると思います。現在の日本もそうです。例のオミクロン株の実態は良く分からないけど、とにかく国境を閉ざせと……。でもそれは国民が望んでいるからですよね。
──過剰反応ですか。
佐藤 過剰反応ではありません。いまのようなクライシスには「やりすぎ」くらいがちょうどいいのです。安倍さんでも菅さんでも、立憲民主党の枝野さんが政権をとったとしても同じことをしたでしょう。
──未来永劫(えいごう)、感染の状況に応じてアクセルとブレーキを交互に踏む状態が続くのでしょうか。
佐藤 ウイルスの生き残り戦略として弱毒化していくことは間違いないのでしょうが、それが3年後なのか10年後なのか50年後なのかで状況は変わってきます。少なくとも、当初の予想に比べると長期化しているし、今後もしばらくは続くのは確実でしょう。だとすれば、冒頭で述べたようにグローバリゼーションということではなくなってくる。
私は、今後、地方の中堅都市でネットワークを大事にしながら頑張ってビジネスを展開している中小企業の価値が見直されてくると思います。たとえば、もともと土建業だったけど公共事業が減って今は介護ビジネスと自動車整備工場とラブホテルを経営しているというような……。元マイルドヤンキーの世界ですね。何も偏差値秀才で中央を目指しグローバルビジネスを展開する必要はない。地方に根差して、コングロマリットをつくっている人の方が安定して自分たちの経済圏をつくることができます。そのような中小企業をいかに大切にして評価していくかが、今後の政策的なポイントになってくると思います。
──今、実施すべき中小企業政策は?
佐藤 とにかく当面はお金をつっこむこと。出血しているところには、まずは止血です。それから、個別具体的な施策を考えていけばいい。話が戻るようですが、教育費もポイントになると思います。ここに大胆な施策を講じれば、大きく変わります。たとえば、50年くらいの長期償還の教育国債を発行し、教育費を全額国費でまかなう。小中学校には給食センターを整備して全校無償化。教育クーポンを発行してランドセルや教材、修学旅行費、体操着などをすべて購入できるようにするのもいいでしょう。教育費から解放された地方の中小企業経営者や従業員は、その分を老後資金に充てることもできるし、日常の消費にも回せる。大きな効果が期待できます。
──最後に、中小企業経営者にメッセージを。
佐藤 繰り返しますが、日本の中小企業はレベルが高いし、頑張っていると思います。その意味では自信を持っていいし、苦しい時にはもっと国に助けを求めるべきです。中小企業は多すぎるから減らせとか、生産性の悪いところは倒産やむなしなどという議論はもってのほか。そうなると雇用が確保できなくなり、社会がめちゃくちゃになります。先日、東京・大田にあるダイヤ精機の女性社長、諏訪貴子さんのお話を聞く機会がありました。彼女には、会社をことさらに大きくする気持ちはなく、プライドを持ってニッチな技術を磨き続けることで従業員全員が「持ち家をもてるような組織」でありたいと話しておられました。そうした地に足がついた考え方を中小企業経営者のひとりひとりが持てば、日本は強くなると思います。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)