「第二の心臓」ともいわれる、脚。外出する機会が減り、足腰の衰えが気がかりという人もいるだろう。運動と健康の関係を長年研究してきた青栁幸利氏は「20分間の速歩きを交え、1日8,000歩あるくのがベスト」と説く。量と質、タイミングの3つの観点から、最大の効用をもたらすウオーキング方法について聞いた。

プロフィール
あおやぎ・ゆきとし●1962年群馬県生まれ。トロント大学大学院医学系研究科修了、医学博士取得。カナダ国立環境医学研究所、奈良女子大学、大阪大学を経て現職。群馬県中之条町住民を対象とした長期にわたる調査活動から「病気にならない歩き方」を導き出す。『一日一万歩はやめなさい!』(廣済堂健康人新書)、『やってはいけないウォーキング』(SB新書)ほか著書多数。

──巣ごもり生活が続くなか、運動法として「ウオーキング」が注目されています。

青栁幸利 氏

青栁幸利 氏

青栁 ウオーキングは気軽に始められ、「密」を避けるうえでも理想的な運動法といえるでしょう。ただ、間違った方法でつづけると、健康に害を及ぼしかねません。
 日本では歩数計を万歩計と呼んだりするように、「1日1万歩歩くと健康によい」と思われています。しかし、それは誤りです。「歩けば歩くほど健康になる」というのもそう。運動のしすぎは健康を損ねるもとになります。免疫力が低下するためです。
 かつてオーストラリアの研究者が五輪に出場した競泳選手を対象に、調査を行ったことがあります。筋力や持久力、心肺機能などは非常に優れた数値だったにもかかわらず、病気にかかりやすい体だった。日々のハードなトレーニングにより、免疫力が低下していたのです。つまり、運動する体力と病気を予防する体力は、別ものなのです。

──歩数をひたすら伸ばすのは、好ましくないと。運動で健康を損ねてしまっては本末転倒ですね。

青栁 日本人は生活習慣を測る指標として「歩数」という概念をいち早く取り入れました。歩数を重視する健康法は海外にも広く知れわたっていて、「すし、天ぷら、万歩計」といわれるほどです。
 私は「運動と健康の関係」をテーマとする研究に30年以上従事してきました。そもそもこの分野の研究は、1950年代に英国で実施されたバス運転手と車掌を対象とした調査が始まりといわれています。両者の平均寿命を比較したところ、バス運転手の方が圧倒的に短かった。日中の活動量が影響しているのではとの見方が広がり、研究活動が盛んになりました。以降、どのくらいの運動頻度や強度が望ましいか、あるいは朝と夕方のどちらに運動した方が効果的か、といった視点から、さまざまな研究成果が発表されました。
 健康長寿をもたらす要因として私がかねてから注目しているのが「生活習慣」です。生活習慣との関係を立証するには、できるだけ長期間、数多くの人々のデータを収集し、数値化する必要があります。そこで出身地である群馬県中之条町の住民に協力をあおぎました。中之条町での追跡調査は2000年に開始して現在も継続しており、「1日8,000歩、うち20分を中強度の歩行にあてるのが究極の生活習慣である」との結論に至ったのです。

コツは「大股歩き」

──調査内容を詳しく教えてください。

青栁 他の地方都市と同様に中之条町でも人口減少が続いており、3人に1人が高齢者といわれています。当初65歳以上の住民、約5,000人を対象に年に1回、生活習慣に関するアンケート調査を実施しました。運動の頻度や時間、睡眠時間、食生活など多岐にわたる内容でしたが、ほぼ全員の方から回答を得られました。個人情報に対する意識の高まり等もあり、このアンケート調査は10年間で終了しています。
 また、住民の方々に身体活動計を腰のベルトに装着して生活してもらいました。入浴時以外は常に装着しているので、ほぼ24時間といってよいでしょう。身体活動計が市販されてまもない時期で、追跡調査に適した機種を探すのに苦労しました。活動計メーカーに協力をあおぎ、プログラムを改変したり、記憶容量を増やしてもらったりしました。

──身体活動計で収集しているデータは?

青栁 身体活動計には加速度センサーが内蔵されていて、運動強度や時間帯をはじめとする運動の「量」と「質」、「タイミング」を計測できます。歩数計ではこれらのデータを計測できません。客観性を担保するべく複数の研究者にデータの分析を依頼したところ、「8,000歩/中強度歩行20分の生活習慣が最も望ましい」との結論で見事に一致しました。
 活動データを収集しているのは65歳以上の住民で、保健センターや公民館などの町内30カ所以上ある「健康づくりサロン」に月に1度訪問し、データを提出してもらっています。私もサロンを毎月訪問して分析結果をフィードバックしたり、講話を開いたりしています。身体活動計を装着している住民は、いまや高齢者以外の世代にも広がっています。
 20年以上にわたる追跡調査により判明した「運動と健康の関係」が図表1(『戦略経営者』2021年4月号P47)です。「8,000歩/20分の速歩き」がベストであると述べましたが、メタボリックシンドロームの人には「1万歩/30分」が最も有効であることもわかりました。

──運動強度はどのように計測するのでしょう。

青栁 運動強度は「METs(メッツ)」という単位で表され、いすに座って安静にしている状態を「1メッツ」といいます。
 この1メッツを基準とし、何倍のエネルギーを消費しているかによって、3~6メッツ未満は中強度、6メッツ以上が高強度という具合に、活動の強度が変わるわけです。国立健康・栄養研究所による「身体活動のメッツ表」を基にしたイラスト(『戦略経営者』2021年4月号P48図表2)も参考になります。
 最大酸素摂取量の40~60%に相当する運動が中強度といえますが、個人差があるためどのくらいの速度のウオーキングが該当するのか、イメージしづらいかもしれません。その場合は「何とか会話できる程度の速歩き」を意識してみてください。あるいはシンプルに「大股歩き」と考えてもよいでしょう。

趣味が外出のきっかけに

──ウオーキングを行う理想的なタイミングはわかりましたか。

青栁 結論を先に述べると、最も適している時間帯は夕方です。これには1日の体温推移が関係しています。ヒトの体温は起床後から徐々に上昇し、夕方にピークを迎えます。したがって、夕方にウオーキングを行えば血液のめぐりがよくなり、もともと高めであった体温がさらに上昇しやすくなります。
 体温と免疫力には密接な関係があり、平均体温が低下すると免疫力が落ち、病気にかかりやすくなります。夕方のウオーキングは1日の体温差を広げるのに役立ちます。体温差が大きければ生活にメリハリが生まれ、快眠につながります。もし、夕方に行うのがむずかしい場合は日中でもかまいません。ただし起床後1時間以内と、就寝前1時間以内は体温推移との兼ね合いから避けるべきです。

──意を決して始めても、三日坊主に終わりそうです。

青栁 確かに雨や雪が降ったり、寒かったりすると、外出するのがおっくうに感じられるものです。体調や天候にかかわらず、毎日欠かさずウオーキングしてほしいと勧めているわけではありません。「8,000歩/20分」の運動を行えなかった日があっても、1週間単位あるいは1カ月単位で、目標を達成できるよう帳尻を合わせればよいのです。
 大切なのは、歩数などの記録を日々残すこと。グラフにして見える化すれば、いっそう励みになるでしょう。身体活動計がない場合は、歩数計やスマートフォンでもかまいません。肌身離さず身につけていると、掃除や洗濯などで、想像以上に体を動かしているのがわかるはずです。
 中之条町では、「三つ以上の趣味をつくろう」と呼びかけています。陶芸教室やゲートボールなど何らかの趣味があれば、おのずと外出する習慣がつき、目的地への往復が運動になります。一般的に外出習慣のある人の歩数の目安は、1日4,000歩です。
 近年では、自治体や生命保険会社などもウオーキングを推奨するようになりました。ただし、歩数に応じてポイントを付与するのはインセンティブとして有効ですが、効力を期待できるのは半年まで。中之条町でもポイントカードを作りましたが、半年を過ぎるとウオーキングが習慣化するため、持ち歩くのを忘れる人が続出するようになっています。

長年の持病が治る

──自治体等に広がっている動きについて具体的に教えてください。

青栁「中強度ウオーキング」を取り入れている自治体のひとつに、長野県駒ケ根市があります。以前から身体活動計を市民に身につけてもらう取り組みを行っていましたが、市役所の担当者の方が拙著を読み、運動強度の考え方を知ったそうです。医療機関と提携し、身体活動計を基に健康状態を調べられる、「健康ステーション」を各地に創設。拠点は30カ所以上に拡大しています。
 さらに「えがおポイント」と呼ばれる独自のポイント制度を設けました。健康づくりやエコに関する活動に参加するとポイントが付与され、地元の商店でポイントによる値引きを受けられます。
 ただ、ポイントを歩数に応じて付与してしまうと「足腰が弱って歩けなくなってきたし、ポイントももらえないからやめよう」と考える人が現れかねません。歩数に応じたポイント制を採用する自治体が多いなか、駒ケ根市では健康ステーションの訪問回数や、健康づくり事業への参加自体にポイントを付与している点が特徴です。

──企業における動きは?

青栁 一例を挙げると「トーンモバイル」のスマートフォンにはライフログ機能が搭載されており、その監修に携わりました。歩数と中強度の運動時間を計測してデータをグラフ表示でき、歩数やステージに応じて「Tポイント」が加算される仕組みになっています。
 そのほかにも健康増進活動に応じて還付金が受け取れる生命保険や、1日の歩数を家族に通知する見守りサービスなども登場しており、ITを活用した健康増進策はますます拡大していくのではないでしょうか。

──健康維持のため、日ごろ心がけている点はありますか。

青栁 恥ずかしながら3年前の健康診断で、血糖値等に高い数値が見つかりました。仕事に追われていたのに加えて両親が相次いで亡くなったりして、忙しさにかまけて健康診断をしばらく受けていなかったんです。また、栄養状態もあまり気に留めていませんでした。なにしろ30年間ほぼ毎日、晩酌時には缶ビールを欠かさなかったほど。健診結果を見て、このままではまずいと感じました。
 この出来事をきっかけに、16時半ぐらいから1時間半ほど、決まったコースを毎日ウオーキングするようになりました。体調が良いと、ジョギングするときもあります。もっともマスクを着けているので、長距離は走れません。
 もともとぜん息気味で、講演時にせきが止まらないときがあり、悩みのひとつでした。健康診断で異常が見つかったのが55歳のとき。伊能忠敬も55歳から全国を歩きはじめたそうです。彼もぜん息の持病がありましたが、日本全国を行脚しているうちに治ったらしい。私も30年間悩んでいたのがうそに思えるほど、症状が収まりました。「ウオーキングは万病に効く」という事実を、身をもって感じています。

──中之条町住民の健康指標がどう変わるか、今後が気になります。

青栁 住民の平均寿命は、男女含めて85歳前後です。これは平均的な数値ですが、医療費はかなり減少してきています。身体活動計は高いモデルでも、1万円ほどで購入できます。自治体が住民向けに健康増進にまつわるイベントを開催するよりも、身体活動計を配布する方がはるかに有益です。中之条町での追跡調査は21年目を迎えましたが、健康指標の推移をこれからもつぶさに観察していきたいと思います。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年4月号