自称「町工場親善大使」として全国の製造業を応援し続け、「町工場たいけんえんにち!」の主催者としても知られる羽田詩織さん。コロナ禍によるイベント自粛の影響で、意気阻喪しているかと思いきや、さにあらず。精力的な活動で町工場のスポークスマンとしての存在感をますます強めている。そんな羽田さんにインタビューした。
- プロフィール
- はた・しおり●主に声優として活動しながら、各種イベントのMCや、ナレーション、ゲーム吹き替え、ラジオ出演など幅広い分野で活躍。2007年にディズニーキャラクターを使用したアーケードゲーム「Disneyマジカルダンスオンドリームステージ」でカイ役を演じた。また、日本の製造業に造詣が深く、「全日本製造業コマ大戦」をはじめ、さまざまなイベントにMCとして参加。勝手に「町工場親善大使」(非公式)を名乗り、全国の町工場、そして、ものづくりに携わる職人たちを応援している。
──ものづくりの現場に興味を持たれたきっかけは?
羽田詩織 氏
羽田 2014年に全日本製造業コマ大戦(※)という日本橋三越で行われたイベントに、司会として参加させていただいたのがきっかけです。みなさんとても明るく、熱い想(おも)いが伝わってきて、「すごく魅力的でかっこいい人たちがつくってるんだ」と感心するとともに一瞬にして興味がわきました。
──そもそも、製造業についての知識はなかったんですよね。
羽田 まったく。でも、生まれ育った東京・板橋には町工場が多く、ウチの隣もそうだったので、なんとなく意識はしていました。それと、私は小さいころから女の子らしい遊びが好きではなく、ドライバーを持ち出しておもちゃや時計を分解して怒られたこともあります。絵を描くことやカメラも好きで、いろんなものをクリエートすることには興味がありました。
──その「興味」が行動につながったと……。
羽田 コマ大戦で知り合った町工場の方々のところへ見学に行き、素材や製作手法のお話をうかがうと、あまりにも新鮮で面白い。この面白さを他の人にも伝えていきたいということで、横浜市の関東精密さんにご協力いただいてワークショップを企画しました。
──どんなワークショップを?
羽田 関東精密さんは金属切削加工を主業務とされていて、「メタルDIY」という一般の方が工場の機械を使えるサービスを始められたところでした。そのサービスと連動しながら何かできないかと、社長さんと話し合い、私が講師となって「メタル門松」をつくるワークショップを開催したのです。
※全日本製造業コマ大戦
全国の中小製造業が作成したコマを持ち寄り、土俵上で1対1で戦う。トーナメントを勝ち上がり、優勝したチームは、出場コマを「総取り」できる。使用されるケンカゴマは直径20ミリ以下、全長60ミリ以内。製造業に携わるプロが設計し、技術をすべて注ぎ込んで製作する。
さまざまなイベントを主催
──そして、「町工場たいけんえんにち!」につながっていくわけですね。
羽田 はい。2016年9月に第1回を開催しました。横浜の町工場の経営者の集まりに参加して話すうちに、企画がとんとん拍子に進み、一度やってみようと。参加企業の駐車場をお借りし、鋳造してコマをつくる体験やウレタンを使ったハンコづくりなど、10の体験ブースを設置しました。
──反応はどうでしたか。
羽田 とても良かったですよ。子どもや女性でも楽しめるようなイベントにしたので、ファミリーで参加する方も目立ちました。広報活動が十分ではなく、参加者は100名くらいでしたが、喜んでもらえたので、その後も半年に一度のペースで継続開催。これまでに計12回行っています。
──イベントに関わる方々も増えてきたようですね。
羽田 横浜市外から参加希望が来たり、あるいは、自治体から開催要請が来たりと、広がりを見せています。ブースも増え、いまでは、1回の開催で平均1,000名くらいは集まってきてくれます。
──コロナの影響はいかがですか。
羽田 今年の2月に横浜市の大さん橋ホールでスケールアップした「大えんにち!」を企画していましたが、コロナ禍で延期になってしまいました。
──今後の予定は?
羽田 来年の1月に横浜産貿ホールマリネリアで、「モノづくりキッズパーク」を開催します。町工場だけではなく、ものづくりを支える企業、あるいは造幣局、印刷局にも出展いただいて、全16ブースを予定。いままでは、横浜市に「後援」していただいていましたが、今回は「共催」となっており、横浜市との完全コラボレーションのイベントになります。
町工場だけではものづくりは完結しません。製品の流通は必須だし、資源リサイクルも大事。そして、それを仲介するのはお金です。これら、サプライチェーンを含めたものづくりの仕組みを子供たちに知ってもらうことが、このイベントの目的のひとつです。
町工場の「さかなクン」になる!
──これまで、ものづくりの現場に関わってこられて、とくに印象的だった経験や出来事があれば教えてください。
羽田 いろいろあって選ぶのは大変ですが、東京・墨田の東日本金属さんの鋳造工場にお邪魔したときには、感動しました。築150年の歴史を感じる建物で、「鋳造火入れ」を初めて拝見したのですが、アナログな感じがとてもいい。砂で蒸し籠のような枠をつくって溶かした金属を流し込むのですが、その後、砂の型を壊してしまう。それを繰り返すんです。諸行無常を感じました(笑)。
ものづくりはいかに難しいのかを、都度体感しています。ワークショップで門松をつくった際にも、金属を切断してバリをとり研磨して溶接してと、プロセスのすべてが難しくて大変でした。これを仕事にされている職人さんたちの技術の高さはすごいと思います。とにかく町工場の実態をみなさんが知れば必ずブームになる。それくらい魅力があります。
――ご自分でもいろんなものを作っておられるのだとか。
羽田 (胸につけたブローチを指さしながら)このブローチもそうです。ドラム缶に金属の切子(切れ・削りくず・粉など)が山盛りにしてあってきれいだったので、それをいただいてきてつくりました。ブローチは子供向けのワークショップではとても人気があります。
──自転車をつくられたこともあるそうですね。
羽田 1日がかりでつくりました。フレームやギアを組み立てて、塗装まで。私は自転車に乗れないのですが……(笑)。
──ものづくり界の「さかなクン」になりたいと……。
羽田 はい。さかなクンが魚について語ると、興味のない人にもすごく伝わりますよね。そこにあこがれています。私はただの一般人なので、仕事についてのアドバイスはできないし、技術を底上げすることももちろんできません。でも「口」はあるので、町工場のすごさを語ることで、一般の人に興味を持ってもらうことはできる。そこを目指して活動をしていきたいと思っています。
とくに、子供向けのイベントなどで感じるのは、母親の理解を得ることの重要性です。自分たちの近所に、こんな面白い人たちがいてすごい技術が存在していたと知ることで、お母さんたちが町工場にポジティブな印象を持てるようになる。それが子供たちへも伝われば、日本の製造業の理解へとつながっていくのではないでしょうか。
──とかく町工場は危険、暗いなどという印象があります。
羽田 近寄りがたいと思うかもしれません。でも、実際にはそんなことは全然なくて、だからこそ近隣の住民が寄り添っていけるような関係性をつくるお手伝いができないかなあと……。
──製造業は採用面でも苦労しているようですね。
羽田 イベントなどで工業高校の先生に話を聞くと、3年以内離職率が3~4割と、高いそうです。つまりミスマッチが起きている。跡継ぎ問題も深刻ですよね。そこで、製造業と学校の橋渡し的な役割ができないかといろいろ模索しているところです。
──具体的には?
羽田 ある企業と一緒に、学生向けの施設を藤沢市(神奈川県)につくろうと動いています。中小製造業と学生がワークショップや交流会で気軽にふれあうことのできる場所づくりですね。今どきの学生は、就職先を学校のなかで選び、インターンシップもまったくないか、ほんの短期間で済ませてしまうことが多いといいます。そのため、企業をあまり知らないままに就職してしまう。とても残念なことだと思います。
「町が人を育てる」
──今後の活動は?
羽田 これまでの私の活動は、町工場の魅力を子供さんたちへ伝えていくという、いわば「種まき」だったといえます。しかし、彼らが大人になるには10年くらいかかる。それまで待ってられないですよね。だからこそ、先ほど申し上げた「施設」のように、高校生と企業が気軽に出会えたり、情報交換ができる機会をつくることが重要になってくるのだと考えます。
いま、就職するまでに関わりを持つ大人は両親と先生だけという生徒が多いそうです。近所の見知らぬ大人が生徒に声をかけると警察を呼ばれる時代ですからね。身近にある製造業などには見向きをしない生徒が都心部の会社へと吸い込まれていきます。われわれのテーマのひとつは「町が人を育てる」です。地域産業の振興という意味でも、製造業の魅力を近隣に伝えることはとても大事なことだと思います。
──いま羽田さんの活動が、どんどん周囲を巻き込み始めています。
羽田 当初、非公式の「ゆるキャラ」のように「町工場親善大使」と自称していたのですが、中小企業庁の当時の担当の方や、製造業に関わる多くの方に認めていただき、なんとか非公式の「非」がとれたかなと勝手に思っています。
──ふなっしーのようですね。
羽田 (笑)まだまだですが。7月20日の「中小企業の日」には、8時間の生放送ライブ配信番組「中小企業DAY」のメインパーソナリティーをつとめさせていただき、中小製造業や官公庁、士業のみなさまとリモートでさまざまなお話をすることができて、とても有意義な時間を過ごせました。今後は、ウィズコロナ対策としてリモートによるオンラインイベントの可能性を追求してみるべきなのではと思っています。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)