各産業でリアル店舗の壊滅的な状況が続く一方、EC市場が盛り上がっている。2019年に20兆円を超えた流通総額は2022年に26兆円規模に拡大することが見込まれる(野村総研調べ)。これからEC展開を本格化する中小企業が注意すべきポイントは何か。専門家や事例企業を取材した。

プロフィール
かわづれ・かずとよ●1962年11月浜松市生まれ。学生時代より音楽活動を行い、1988年ヤマハ音楽コンテスト世界大会出場、ベストキーボードプレイヤー賞2年連続受賞。テレビCM、番組、CGの制作に関わった後発泡プラスチック製造会社へ転職、電子ピアノの特殊なクッションや特殊な防音材などヒット商品を次々と企画する。99年より低反発素材を使った枕のEコマースをスタート、倍々で業績を伸ばし、楽天市場2003年ショップ・オブ・ザ・イヤー受賞。著書に『ネットショップで年商1億円 究極のおもてなし』など。
突破口はEC!

 新型コロナ感染症拡大の影響でEC市場が活況を呈している。これまであまり乗り気ではなかった経営者が、今後本格的にECに参入するケースも増えるだろう。

 経営者は、売り上げと利益を出すことが第一の目的だけに、どうしても最初から数字だけを追ってしまいがちである。

 しかし一番大事なのは、そもそもなぜECをやるのかという理念とコンセプトだ。それはつまり、全国あるいは世界の消費者に向けて、自社の商品を販売する理由を明確にすることである。

うそはすぐに見抜かれる

 最近のユーザーはインターネットやSNSでの評判を逐一チェックしているので、企業が発するメッセージに含まれているうそや偽りはすぐに見抜いてしまう。北海道の新鮮なカニを売りにしているのに、会社概要のページに記されている住所が埼玉県だったりすれば、それだけで顧客を失う可能性がある。要するに理念が空虚なのだ。グーグルマップのストリートビューを見て、その会社の本社の外観を確認してから購入するかどうか決める人もいる。会社の誠実さと理念の確からしさに疑いをかけられるような情報発信は避けなければならない。

 例えばコロナショックにからんだ最近の成功事例でいうと、外食産業の需要激減で大量に売れ残った野菜や肉、卵などの商品をなんとかECで販売しようとした北海道の食品会社がある。その会社はとにかく「食品ロスの削減」という理念を前面に打ち出した。広くユーザーの共感を得られ、あっという間に完売したという。

 私はかつて樹脂加工会社に勤務していたとき、ウレタンスポンジを用いた低反発枕をECによってヒットさせた経験がある。この時は、「不眠に悩んでいる人たちがぐっすり眠れる商品を提供する」という理念を明確に掲げた。こうした分かりやすい理念をECサイトで打ち出せれば、買う人の共感を得やすくなる。

最初から完璧を求めない

 理念づくりのコツは、売りたい商品の先にあるユーザーベネフィットをしっかり伝えることである。ベネフィットには商品のスペックや機能を強調する機能性ベネフィットと、購入したユーザーの感情に着目する情緒性ベネフィットがあるが、できれば情緒性ベネフィットを意識したい。

 さらに情緒性ベネフィットには大きく分けて幸せ系と苦痛系があるが、苦痛系のほうがより効果的である。苦痛系とは例えば「あなたが死んだらご家族はどうするのですか」「どうしても眠れない方へ」「海外出張どうしよう? 英語がわからない」などのキャッチコピーに代表されるように、さまざまな苦痛を解消することをベネフィットとする考え方である。昨今の流行でいえば、「食品ロスの抑制」や「ギルトフリー」などもこのカテゴリーに入るだろう。苦痛系がどうしても採用できない場合は、「子供がご飯をバクバク食べた」「家族でアウトドアドライブして楽しかった」などといったイメージを想起させる幸せ系を採用する。

 またECで販売する商品とその企業の行ってきた事業との一貫性も大切だ。

 鉄加工業を営んでいる会社が、社長の「これは絶対売れる」という確信だけで、腰巻や足マッサージャーなどを仕入れて販売してもだめ。顧客は一貫性の有無をすぐに見抜く。まったく畑違いの商品を取り扱ってECで売る企業もあるが、それでは早期の離脱が避けられないと思う。

 最初から完璧な理念を作ろうとしないことも長続きする秘訣(ひけつ)である。完成度は4~5割でよいと思う。そもそも企業が考えることと消費者がほしいものが100%合致することはあまりない。市場とのギャップがあることを前提に、その差を徐々に埋めていくために理念をたえずブラッシュアップしていくという心構えでいるべきだ。その方が、成功の確率が高まるといえる。

HPはかご回りを丁寧に作る

 理念とコンセプトが固まれば、次は市場調査や目標設定である。まずおおざっぱでも市場規模の確認は必須だろう。メディアで情報をとることがむずかしければ、銀行の担当者や顧問税理士に聞いてみることをおすすめする。自分たちが売ろうとしている商品をアマゾンや楽天で検索してみるのもいい。その市場が閑散としているか、あるいは盛り上がっているのかが分かる。そこである程度これくらいいけるだろうという感触はつかめるはずだ。

 次は目標売上高の設定である。ホームページへの訪問者数に、そのうち成約に至った割合を示すコンバージョン率(転換率)をかけ、さらに客単価をかけた数値が売上高になる。転換率は最初の店舗はだいたい1%程度のことが多いので、1%で計算しよう。ネットショップの平均客単価は約8000円といわれているが、ここは各社によって異なる価格設定になるはずだ。最後は訪問者数だ。ここは月間検索数やベンチマークサイトから類推することである程度決めることができる。これらの数値を全部掛け合わせることで目標売上高が設定できる。

 本格的にECを立ち上げようとすれば、最初は200~300万円のコストがかかる。開始半年間の売り上げは10万円だったり、70万円だったり、場合によってはほぼゼロだったりするかもしれない。ただ私の経験からいうと、最初の半年、いわばFS(フィージビリティスタディー)として行った期間で平均して30万円売れれば、月商1000万円まで達成できる可能性を秘めている。

 ホームページをどうつくればいいかについての詳細な説明は省くが、一つポイントをあげるとすれば、すごくきれいなECサイトが売れるとは限らないこと。ちょっとダサいなと思われていても売り上げを伸ばしているところはいくらでもある。その一番のポイントは、決済を行う「かご」回りがしっかり構築されているかどうか。商品単価や送料はもちろん、消費税、返品が可能かどうか、可能な場合の方法など、必要な情報がすべて集約されているかがもっとも重要である。売れないECサイトはたいがいかご回りの出来が不十分なことが多い。デザイン会社の選択基準は、デザインの良しあしよりも、ECサイトの実績にするべきである。

 売上高の目標を決めたら、次はコスト構造の把握である。ECサイトの運営には基本的に仕入れ、外注費、人件費・一般管理費、販売促進費、システム利用料、物流費などが考えられるが、ECの場合でよく焦点になるのがシステム利用料である。

 例えば本店サイトを楽天で出店する場合、まず利用料として36万円が必要だ。さらにページ制作を外注すれば最低でも30万円かかり、企業によってはほかにも受注管理や在庫管理、商品管理などでツールを活用するケースもあるだろう。こうしたコスト負担を少しでも和らげようと、無料のプラットフォームを検討する場合もあるかもしれないが、「ただほど高いものはない」という言葉があるように、私はおすすめしない。その理由の一つは、無料サービスで構築してきたECサイトをやめ他のサービスに乗り換えようとしたとき、独自ドメインを引き渡してくれない可能性が高いこと。このことは、ネット上で築き上げてきた資産を放棄しなければならないこととほとんど同義である。企業にとって現在、ネット上のデジタル資産の価値は想像以上に大きいので、熟慮のうえサービスを選択すべきである。

問い合わせ対応はスピード命

 ECの評価は、集客、接客、注文、決済、配送という各ファクターの掛け算で決まる。その結果はサイトの信用度といってもよいだろう。掛け算なのでどれか一つでもゼロがあれば信用はゼロになってしまうのである。では数多く存在するEC企業と差別化を図り、これら一連の業務で相対的な評価を高めるために必要な具体的アクションとは何だろうか。

 一つは問い合わせに対するスピードである。EC黎明(れいめい)期の2010年前後では、問い合わせに対しメールが返信されるまでの時間は有名なEC店舗で平均30分程度といわれていた。いまは10分でも遅く、5分以内に返さないと他社で購入される割合が高まるという人もいる。

 実はECによる問い合わせの7割は、「今日注文したらいつ届くか」「在庫はあるか」などすぐに返事が返せる内容だ。もちろん時間をかけて調べなければ回答できないものもあるが、その場合は「すぐ調べますのでお待ちください」と第1次の回答を出せばよい。これだけで問い合わせをした消費者には安心感が生まれる。

 正確な内容を確実に伝えるため、問い合わせメールを読んだものの担当者が調べ終わるまで返信しないケースが多くみられるが、これは極力避けるべきだ。回答の品質よりもまずはスピード優先である。複数の上司の承認を得なければならない大手企業ならいざ知らず、現場の裁量が大きい中小企業ならきっとできるはずだ。

 一方品質にこだわりたいのは梱包(こんぽう)である。注文した商品が入った段ボールがぼろぼろだったり、ガムテープの貼り方が雑だったりすると、箱を開けるときの感情のレベルが一気に下がってしまう可能性がある。商品の入った箱は店構えと同じとの心持ちでいたい。また箱の中には、決まりきったチラシや納品書だけではなく、できれば商品とともに心温まる手書きメッセージを同封しよう。ECが普及した現在は、このあたりの事情に精通し1個から配送を請け負う運送会社も増えてきたので、外注も上手に活用したい。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2020年9月号