破綻寸前の弱小チームを存亡の危機から救ったのは旅行会社の元社長だった──。バスケットボールプロリーグ「Bリーグ」の強豪「千葉ジェッツふなばし」を観客動員数4年連続1位の人気チームに引き上げた島田慎二会長に、これまでの道のりと今後の展望について聞いた。

プロフィール
しまだ・しんじ●1970年新潟県生まれ。日本大学卒業後、1992年株式会社マップインターナショナル(現エイチ・アイ・エス)入社。1995年に退職後、法人向け海外旅行を扱う会社やコンサルティング事業を展開する会社を設立。2012年に株式会社ASPE(現千葉ジェッツふなばし)代表取締役に就任。一般社団法人日本トップリーグ連携機構理事や公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)理事を歴任。

──社長就任までの経緯について教えてください。

島田慎二 氏

島田慎二 氏

島田 私は海外出張に特化した旅行会社を38歳のときに上場企業に売却して1回リタイアしています。40歳まで国内や海外を旅行したりしてゆっくりしていたのですが、ちょうどそのときに売却した会社の株主だった方がジェッツの経営に携わり始めたのです。立ち上げたばかりの時期から経営難に陥っていたため、「ふらふらしているんだったら手伝ってよ」と頼まれたのがきっかけでした。最初はコンサルタントとして当時の社長をサポートするという形での関わり合いでしたが、月に数回会社に通う予定が次第に週に1回、2~3日に1回となり、気が付けば毎日足を運ばなければ回らない状況になっていました。

──コンサルタントとして、組織のさまざまな問題点に気付いたと思います。

島田 まず全スタッフと面談するヒアリングを行いました。スポーツ業界で働くのは初めてで、ましてやバスケットボール経験者でもありませんから、まずは事業の中身を理解したうえで、会社の中で一体何が起こっているのか、状況を把握することから始めたのです。その結果分かったことが、なにをどうしたらよいのかも分からなくなっている厳しい現状でした。それもそのはず、ジェッツを立ち上げたメンバーは脱サラして球団経営に身を投じた人ばかりで、経営についての知識は皆無に等しかったのです。運営は手探りで人手も足りず、組織をまとめる仕組みも経営戦略もない、方針や方向性もないの「ないないづくし」でした。その後現状の分析と改善策をまとめたリポートを経営陣に提出してコンサルタントとしての役割を果たしましたが、その後の改善策の遂行も手伝ってくれないかとオーナーから依頼されて社長に就任することになりました。

──リポートの中身は?

島田 正直ひどい内情だったので、「厳しい」とか「難しい」といったかなりネガティブな表現を繰り返しましたね。「そもそも今後存続することすらイメージできない」「損失が肥大化する前に真剣に廃業も考えたほうがいい」「もし存続させるのであれば相当ドラスティックに改革しないと将来はおぼつかない」などと書いた覚えがあります。

──活動開始後すぐに社長に就任されたということですが、社内ではすんなり受け入れられましたか。

島田 財務内容の分析から、このまま何もしないと年間で1億5000万円の赤字が出る見込みでした。準備の段階で資金が枯渇して立ち上げたときにはすでにボロボロ、このままでは球団が消滅してしまうかもしれないという状況の中、早めにトップが交代したほうがよいというのが旧経営陣の総意だったと思います。なにより社長交代は旧社長自身の意向でもあり、結局リーグ開幕後2カ月ほどで交代することになりました。

──社長就任後最初にとりかかったことは何でしょう?

島田 コンサルタントから社長に就任するまでの期間は3カ月でしたが、実質的に1カ月半くらいから社長業的なことははじめていました。しかしそんなにすぐに会社がよくなるわけはありません。そもそも「よくなる」「よくならない」を判断するためには、球団がどこに向かっていこうとしているのかを決めなければなりません。それをまずは示そうと思い、会社の活動理念「千葉ジェッツふなばしを取り巻く全ての人たちと共にハッピーになる」を決めました。この理念を球団の最上位概念として設定して、このゴールを実現するために選手も社員もみんなで力を合わせていくことにしたのです。

──活動理念に込めた思いとは?

島田 この理念のポイントは、「取り巻く全ての人たち」という言葉です。地域スポーツに関わって初めて体感したのですが、本当にステークホルダーの数が多いんですね。選手とスタッフ、スポンサー、ファン、地域社会、行政……これらのステークホルダーが、ジェッツがハブになることによってみんな幸せになれるような球団経営を目指しましょうということです。そうなれば当社とパートナーシップを組んでいる企業にも当然メリットが生じてきます。
 しかしそのためにはジェッツが魅力的な球団であることが必要です。魅力的であるということは強くなることであり、強くなるためには経営基盤がしっかりしていなければなりません。経営基盤がしっかりしていなければ十分な補強ができませんからね。
 一方、経営基盤の弱い当社では、チームを強くするとか優勝するとかではなく、みんながハッピーになるような状況を最終的なゴールに設定したのです。すなわち勝つのは目的ではなく、あくまで手段の一つだということです。

黒字のメッセージを伝える

──とにかく黒字化にこだわったそうですね。

島田 通常あまりやらないと思いますが、来年の分のスポンサー料を前借りするためにパートナー企業にお願いして回りました。キャッシュフローが厳しかったこともありますが、私は何より黒字化を実現したかった。価値に対してお金を集めるのが経営の王道ですが、チーム発足当初は価値がない状況です。そこでこれからよくなっていくかもしれないという期待感でお金を集める方法をとったのです。経営難に陥っているといううわさが流れる中で私が社長に就任し、いきなり黒字を達成すれば、「もしかしたら島田だったら何とかしてくれるかもしれない」と世の中にメッセージを伝えることができますからね。そうなれば翌年以降も資金を集めやすくなる。対外的に明確なメッセージとして「黒字」が絶対に必要だったのです。
 地域スポーツのビジネスでは、経営に苦しんでいるチームがスポンサーに「助けてください、お願いします」と頭を下げて、半ば寄付を募るような感覚でお金を集めることが往々にしてありますが、私はそれではだめだと思います。「よい球団だからスポンサーにつきたい」「資金を生き金にしたい」とスポンサー企業に思ってもらう必要があると思います。

──資本政策や人事についても改革を行ったとか。

島田 当初は経営をコントロールできる株式数を保有していませんでしたが、45人くらいいた既存株主と交渉し、株式を買い戻して何とか過半数を取得しました。決定権がないとやれることが限られてしまいますからね。それから社員の評価の仕組みもきちんと整えました。制度といえるようなものが何もなかったので、目標管理を通じ頑張った人に報いることのできる評価制度を導入したのです。

──チームの強化やファンサービスについてはいかがですか。

島田 スポンサー料について協力企業から理解を得られたとしても、同じ論法で入場客数を増やすことはできません。将来性に価値を見いだす企業とは異なり、お客さんは無価値のものにお金を払ってはくれませんからね。何とか1回来てもらうだけでなく、2、3回目につなげるためには、やはり会場に試合を見に行くことの楽しみや喜びをいかにつくっていくかが鍵を握ります。
 その喜びの一番はチームが強くなることだと思いますが、試合なので当然勝ったり負けたりです。そこで負けてもまた行きたいなと思ってもらえるためのチームづくりと試合会場の雰囲気づくりを大切にしました。チームづくりについては、現場スタッフとの話し合いを通じ、「アグレッシブなディフェンスから走るバスケ」というチーム方針を掲げ、その方針を実現するための補強、監督コーチ陣の整備を行いました。会場の雰囲気づくりについては、エンターテインメント性あふれる非日常空間を意識したイベントの開催でファンの楽しみを増やすことに努めました。
 優れた選手の獲得と派手な演出に加え、ファンを迎え入れるおもてなしを強化するためのスタッフの増強も行いました。これらはすべてお金がかかることですが、極限まで磨き上げていくことで、価値を生み出すことができるようになります。こうした投資が継続してできるようになるには経営力の向上が必須でしたので、まずはとにかく稼げる体制づくりの整備を行うことを心がけました。

──市内の学校や幼稚園でチラシを配布したり、地元企業の創立記念イベントに選手が参加したりするなど地域とのつながりを強化されたとか。

島田 そうした活動を積極的に行うのは当然のことです。スポーツチームは地域とのつながりとかかわりあいのなかで生きていくビジネスですから、別に誇れることでもなんでもありません。当たり前のことで、必要条件ともいえます。そういう活動で頑張っている姿を見てはじめて地元の有力企業から「支援してもいいかな」と思ってもらえるのではないでしょうか。特別変わったことをするのではなく、当たり前のことを当たり前のようにやるだけです。

──チームの成績にはすぐに反映されましたか。

島田 チームは最初弱かったですよ。3年間は種まきの時期で、強くなったのはBリーグがスタートした4年目に入ってからです。そのころから経営が上向いたから強くなる、強くなるから経営がよくなるという好循環を生み出せるようになりました。地域球団の経営はとかく、お金がない→お金がないからいい選手がとれない→いい選手がとれないから勝てない→勝てないから試合に魅力がなく、お客さんが来ない→お客さんが来ないのでスポンサーもつかない→スポンサーがつかないからお金がない──という悪循環にはまりがちですが、これを回避するためにはまず経営をよくする必要があります。ジェッツの場合も、売り上げが伸び、入場者数も増えることでスポンサーが増え、徐々にチームも勝てるようになりました。経営がよくなること、お客さんがたくさん入ること、チームが強くなること、これらすべてには因果関係があり、それがバシッとはまったのがBリーグの初年度でした。それから3年目の今年、チーム成績がやや落ちてきていて少し苦労している面はありますが、お客さんの数は順調に推移しています。

──ジェッツ所属の富樫勇樹選手がリーグ初の1億円プレーヤーとなり話題になりました。

島田 身長の小さな彼のような選手が1億円プレーヤーになったということでいろんな関係者に夢が与えられたと思います。3年前くらいからぜひこのチームから1億円プレーヤーを誕生させたいと考えていましたが、ようやくそれができるだけの体力がつきました。2019年7月期は売上高17.6億円、経常利益で1億円を見込んでおり、スポンサー企業数も直近で340社を超え当初から3倍以上になっています。売り上げの構成でいうと、スポンサー料がおよそ5割、チケット収入が2割、ファンクラブやグッズ販売で1割、後は賞金収入やスクール運営など。この比率はほかのクラブとあまり変わらないと思いますが、売り上げはリーグトップを達成することができました。

──今後の抱負についてお聞かせください。

島田 4~5年後をめどにしていますが、1万人くらいの席数で、コンサートなどさまざまなイベントも開催できるアリーナを新設する計画を進めています。この計画が進めば25億円規模まで売り上げを伸ばすことができると試算しています。周辺地価の上昇や、人口滞留の増加も見込まれるので、実現すれば選手やファンはもちろん、取引企業やパートナー企業も喜ぶ、すべてのステークホルダーの満足度向上につながると考えています。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2020年1月号