後継者の育成を体系的に学ぶ中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」。自社分析を中心として財務からマーケティングに至るまでその充実したカリキュラムは高く評価されており、800名を超える修了者が経営者・経営幹部として全国で活躍している。研修の最後を締めくくるゼミナール論文発表会の模様と、研修に参加した3社を個別取材し、同研修のエッセンスを探った。
2019年度版中小企業白書によれば、国内企業(個人事業者を含む)の59歳以下の経営の担い手の割合は、1992年から2017年にかけて45%減少したという。一方60歳以上は25%増加している。さらに中小企業の経営者年齢の分布みると、最も多い経営者の年齢は1995年に47歳だったのが、2018年には69歳に達した。経営者の高齢化に歯止めがかからない現状が続いている。
経営者が若返るためには事業承継は避けては通れない道だが、そこで重要な役割を果たすのが後継者教育だ。2017年に中小企業庁が策定した「事業承継マニュアル」にも次期経営者として必要な実務能力、心構えを習得するための後継者教育の重要性が強調されている。2019年度版中小企業白書ではさらに、後継者教育についてのさまざまな調査結果を紹介。どれも興味深い内容となっている。
例えば、実施した後継者教育の内容と、後継者の働きぶりに対する満足度の関係を表したのが図表1である。「社外セミナー等へ参加させた」や「商工会・商工会議所青年部へ参加させた」などの比較的短期間で実施可能なものに比べ、「自社事業に関わる勉強を行う学校に通わせた」や「同業他社で勤務を経験させた」など長い時間が必要な教育を実施した場合の方が、現在の後継者の働きぶりに対し「満足」と答えた割合が高い傾向にある。こうした調査結果を踏まえ、白書では「意識的な後継者教育、特に教育に時間を要すると考えられる取り組みほど、後継者のパフォーマンス向上につながりやすいことが分かった。意識的な後継者教育を行うためには、十分な時間が必要であり、早めの決断が肝要だと言える」とはっきり述べている。
実践的な知恵の獲得目指す
その「意識的な後継者教育」として確かな実績を挙げてきたのが、中小企業大学校東京校が行ってきた経営後継者研修だ。国が行う後継者育成プログラムとして長い歴史を誇り、2019年度で第40期を迎える。同研修が目指すのは「自社の未来を描き、その実現に向け従業員を巻き込み自ら率先垂範する」経営後継者像で、次の4項目を含む。
- 自社の価値ある経営に気づき、熱意を持って行動できる
- グローバルな視野に立ち、自社と自身の将来像を明確に描ける
- 財務に明るく、多角的な視点で現状把握ができる
- リーダーシップを発揮し、素早く的確な判断ができる
これら4点を理想の後継者の要素として掲げる同研修にはさまざまな特徴がある。まず10カ月間(毎年10月上旬から翌年7月下旬まで)全日制という長丁場の期間が、経営者視点の獲得と経営意欲の喚起に大きく貢献すること。研修生は基本的に校舎併設の寮で同期と共同生活を送る。自社を離れ同じ境遇の仲間とともに座学と実習の専門教育に没頭することで、自社での担当業務だけでは得られない、経営者としての全体最適の感覚を身につけることができる。
実践的な「知恵」の獲得を目指した段階的な学習手法もカリキュラムの特徴だ。研修生の学習プロセスを「わかる!」「できる!」「やってみる!」の3ステップと定義し、「わかる!」では主に「講義」を、「できる!」では「ケーススタディー・演習」、また「やってみる!」では「実習・自社分析」という流れで、基礎から段階的に学ぶプロセスを繰り返すのである。
例えば座学で学んだ財務やマーケティングの内容は、必ず自社に当てはめて考える機会が設けられるので、単なる知識では終わらない、経営の現場で使える実践的な知恵の習得が期待できる。
徹底した自社分析がカリキュラムの主軸に据えられているのもポイントだろう。自社の沿革や経営理念分析、業界・業務プロセス分析、自社決算書・財務分析、自社第2創業プランの策定、リスクマネジメント分析などを通じ、あらゆる角度から客観的に自社の現状をあぶり出す。その成果物として各自がまとめるのが、「ゼミナール論文」である。経営コンサルタントなどで活躍中の経験豊富なゼミナール講師のきめ細かに個別サポートを受けながら、自社分析のブラッシュアップと課題克服のためのアクションプランを策定する。
そして研修生がとくに強調するメリットが、生涯にわたる友人に出会えること。業種や業界、年代を超えた仲間と長期間過ごすことで腹を割って語り合える人間関係を構築することができる。また経営者・経営幹部として各方面で活躍する800名を超えるOB・OGのネットワークにアクセスが可能になり、生涯学びあえる人脈と将来のビジネスパートナー獲得の可能性も手にすることができる。さらに同期の仲間と重ねる白熱したディスカッションは、理論的に考える力とコミュニケーション力の向上にも役立つ。
OB・OG800人の人脈
7月18日と19日の両日にわたり同校講堂内で、第39期経営後継者研修の「ゼミナール論文発表会」が行われた。総計193日、1183・5時間にわたる研修の成果を持ち時間30分でプレゼンする一大イベントである。場所は西武鉄道拝島線・東大和市駅から徒歩10分、緑鮮やかな木立に囲まれた中小企業大学校東京校だ。
研修生を送り出した派遣元企業の社長やゼミナール講師などが聴講者となり、24名の研修生が1人ずつ論文の内容を発表。自社の現状分析や社内アンケートの結果、今後の経営戦略の方向性などについてそれぞれが個性あふれる語り口でプレゼンテーションし、笑いあり涙ありの内容に会場は終始熱気に包まれていた。
それぞれの発表後には、厳しい教師でもあり、良き相談相手でもあったゼミナール講師が直接コメント。講師らは「素晴らしい発表だった」と一様に絶賛し、研修開始直後から10カ月間を経て大きく成長した次期後継者たちの頼もしい姿をたたえた。しかしそこで終わらないのがプロの専門家たるゆえんである。プレゼン終了後の総括では、今後の課題や研修で築き上げた人脈を有効活用する重要性などについて指摘があった。講師のコメントを紹介しよう。
「勉強はいったん終わりでここから実践に入ります。現場をしっかり見て、お客さまや社員の声をしっかり聞いて、肌感覚を大事にしながら仕事をしてほしい。1年後にもう一度論文を書き直すつもりで現場に入ってもらうとよいのではないか」(株式会社後継者BC研究所の代表取締役大島康義氏)
「これからの経営に大事なのはビジョン。ビジョンを目指して突っ走り、熱量を持ち続けた経営者が人をひきつけ事業を成功させているので、ぜひそこを大事にしてほしい。これまでは座学でしたが、いよいよこれから実践です。座学で身につけた知識はただ覚えるだけでなく、理解することが大事になってきます。また経営はリスクマネジメントの連続です。致命的な失敗をしないためにも、事前の調査は大切にしてください」(公認会計士の津村陽介氏)
「カリキュラムを通じて、自社の課題を理解できたと思いますが、理解だけではだめです。理解したことを腹落ちさせるために、時間をかけて徹底的に議論してください。腹落ちしてはじめて行動に移すことができ、行動によって価値が生まれます。ぜひそれを職場で実践してみてください」(有限会社コンサルネットの代表取締役小林茂之氏)
「研修を通じ、『人は変わることができる』と実感を持てたと思いますが、ここまでは机上の演習です。自社に帰った後は、学んだことを翻訳する必要が出てきます。同じ場所で長い時間を過ごしたみなさんはこれからバラバラになりますが、困ったときにアドバイスをしあい、ネットワークを生かしてそれぞれ良い経営者になってください」(ビジネス・コア・コンサルティングの代表坂本篤彦氏)
発表会の終了後には、全員に修了証書を授与する終講式を開催。中小企業大学校東京校の山中和彦校長があいさつに立ち、「みなさんのゼミナール論文には、ゼミの開始から課題研究に取り組み、その後アクションプランを作成するまでがしっかりと記され、また、どんな課題をいつまでにどのようにクリアしていくかが具体的に書かれていて大変感心しました。ひとりひとりが着実に成長したことを実感できる発表だったと思います」などと絶賛。「今後は人を動かし結果につなげていく段階に入ります。そのための具体的な実践が明日から始まりますが、本当の困難はこれからです。経営の最前線に立って、アクションプランを常に意識しながら荒波を乗り越えるかじ取りをしていってほしい」と激励した。
ちなみに研修の受講料は128万3000円(受講料含む)。寮を利用する場合は別途寮費がかかる。その他講義の一環で行う企業実習や合宿などの旅費や宿泊費(例年15万円ほど)なども必要になるという。現在第41期(2020年10月開講)の研修生を募集中。関心のある経営者は中小企業大学校東京校のホームページを確認してみるとよいだろう。
(本誌・植松啓介)