早朝の時間を有効活用し、心身のリフレッシュや生産性向上に取り組む「朝活」が話題となっている。福利厚生の一環として朝時間を活用している企業や、朝活をサービスとして展開する企業の取り組みに迫った。
- プロフィール
- いけだ・ちえ●福島県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。外食企業、外資系コンサルティング企業を経て、2015年に株式会社朝6時を創業。朝を戦略的に活用し、売り上げ向上を支援する朝イチ業務改善コンサルティングを展開。主な著書に『「朝4時起き」で、すべてがうまく回りだす!』(マガジンハウス)、『朝の余白で人生を変える』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
──「朝活」とはどのような活動を指すのでしょうか。
池田 簡単に定義するなら、「始業前の時間を有効活用すること」です。「朝活」という言葉が社会に出始めたのは2008年頃のことで、当時は多くの人が集まって勉強会や読書会を開くなど、仕事のプラスになるような活動が一般的でしたが、今では出社前にカフェでのんびりと過ごして心身の調子を整えるような「ひとり朝活」も増えてきており、活動内容は多岐にわたります。
──なぜここまで広く浸透したのでしょうか。
池田 SNSの普及が一つの要因です。朝活が広まり始めた時期と日本語版ツイッターのリリース時期がちょうど同じ頃で、個人レベルで行っていた活動を不特定多数に向けて発信できるようになった結果、早起きの習慣がある人同士でつながりをもち、いたるところで朝活コミュニティーが生まれました。この動きがメディアでも多く紹介されるようになり、広く知られるようになったと考えられます。
もう一つは、「働き方改革」による生産性向上の動きです。国を挙げて残業時間を減らす方向に進むなか、朝時間の有効活用に取り組むことで生産性向上につなげる動きが出てきています。代表的なものとしては、大手企業を中心に導入されつつある「朝型勤務制度」があります。
──朝活をすることによって身体的にどのような効果が得られるのでしょうか。
池田 大きく五つの効果があると考えられます。一つ目は「気持ちが前向きになり、心身ともに健康になる」ことです。早起きによって網膜に光を浴びると、心身の安定に寄与する「セロトニン」と呼ばれる脳内物質が分泌され、気持ちが前向きになり、心身の健康につながることが科学的にも証明されています。さらに、セロトニンが十分に分泌されると、夜の寝つきを良くする「メラトニン」が多く分泌されます。朝早く起きることで、質の高い睡眠が促されると同時に生活リズムが整うのです。
二つ目は「逆算して物事を考える習慣が身につく」ことです。早起きするには早く眠る必要があり、そのためには仕事を早く終えて帰宅する必要があります。早く帰宅するには、段取りよく仕事を進めなければならず、こまめに区切りを設けて、逆算して物事を考えることが求められます。これらを繰り返していくうちに、逆算して考える習慣が身につき、生産性の向上につながります。
三つ目は「心身ともに余裕が生まれる」ことです。早起きすると時間に余裕ができ、電車に乗り損なったり、赤信号で足止めされてもイライラすることはありません。このように、時間の余裕は心の余裕へと転化するのです。
四つ目は「家と会社の往復では得られない出会いがある」ことです。朝活イベントに積極的に参加するのは、早い時間に集まることのできる自己管理能力の高い人が中心です。自身の自己管理能力を高めるとともに、異業種の人とランチやディナーで情報交換して視野を広げるきっかけになります。
五つ目は「学んだことの成果が出やすくなる」ことです。夜に学んだことは一度寝てしまうと内容が薄れてしまいがちですが、朝活イベントで学んだことはその日のうちに実践できるので、学びの成果が得やすくなると言えます。
明確な目的をもつ
──働き方改革が叫ばれる中で、朝時間をうまく活用している企業が増えています。
池田 朝時間活用の施策としては、主に「生産性向上タイプ」と「社員交流タイプ」の二つに分類することができます。
生産性向上タイプでは、ファーストリテイリングや伊藤忠商事の「朝型勤務制度」が代表的です。これは就業時間を朝型にシフトし、生産性向上につなげようというもので、ファーストリテイリングでは本部社員を対象に就業時間を7~16時(7時出社ができないワーキングマザーなどに配慮し、昨年からは9~14時をコアタイムとする完全フレックス制度と併用)に、伊藤忠商事では20時以降の勤務を「原則禁止」にすることで、社員の早朝勤務を奨励しています。特に伊藤忠商事では、時間外労働時間を半年間で約2万100時間削減し、一定の成果を上げています。
「社員交流タイプ」では、マクロミル(『戦略経営者』2019年7月号44頁)が2015年から始めた「シャッフルモーニング」があります。これは部門を超えた社員の交流機会の創出と健康維持を目的に、朝食を無料で社員に提供するという施策で、大人数で会話をしながら朝食を採ることで、気分のリフレッシュや社内の活性化を促す狙いがあります。他にも、福利厚生としてスポーツやヨガの時間を早朝に設けている企業も多数存在します。
朝時間の有効活用を施策として取り入れる場合は、漠然と制度を設けるのではなく、会社全体が朝時間の有効活用を通して「何を成し遂げたいか」を明確に描く必要があります。例えば、生産性向上が目的ならば、伊藤忠商事のように夜遅くの勤務を原則禁止する、早朝割増賃金を支給するなどの規定を就業規則に盛り込むなど、従業員が早朝出勤しやすい環境を整える必要があります。他方、社員交流が目的ならば、従業員が楽しみながら参加することができて、なおかつ仕事にもプラスになる企画であることが望ましいでしょう。
──ビジネスパーソンが朝時間を有効活用する上で心掛けるべきポイントはありますか。
池田 企業の場合と同様で「何を得たいか」が重要です。生産性向上が目的であれば、「漠然と早朝出勤する」ことは避けましょう。ただ単に朝早く出勤するだけでは、労働時間が増えるだけでなく仕事中に眠くなるなど、かえって生産性が悪くなってしまいます。
朝時間を有効活用して生産性を上げるためには、あらかじめ仕事を棚卸ししておくことをお勧めします。例えば、1週間単位で自身の業務内容をタイムテーブルに書き起こし、何の仕事にどの程度の時間をかけているか、優先順位は的確かを見える化したうえで、最適な時間配分を考えてみてください。
自己成長のために活用したい場合は、将来自分がどうなりたいかという自画像を明確に描く必要があります。そこから逆算して、知識やスキルを得るためにイベントに参加したり本を読むなど、描いた自己像に近づくために活動することが肝要です。
「楽しい」と思えることを
──朝活を長続きさせる秘訣(ひけつ)は何でしょう。
池田 朝、しっかりと目覚めるには十分な睡眠時間を確保する必要があるので、まずは自分にとって最適な睡眠時間を把握しておきましょう。6時間で疲れがとれる人もいれば、7時間半という人もおり、自分がどのタイプかを知っておくことが肝要です。朝早く起きなければならないからといって、睡眠時間を短くするのはかえって逆効果になります。睡眠をしっかりとることが、朝活成功の第一歩です。
物事が習慣化するには、だいたい14~20日程度かかると言われているので、最初の2~3週間は早起きすることを目的にして活動することをお勧めします。読書やランニング、録画しておいた番組を視聴するなど何でも構いませんので、早起きが慣れないうちは自分の好きなことや没頭できることに時間を費やしましょう。自分にとって楽しいと思える事柄から始めることで、自然と早起きが習慣化します。
明確な数値目標を掲げることも習慣化に大きく寄与します。例えば「1週間に2回、目覚ましなしで5時に起きる」など、自分にとって〝達成可能〟な目標を掲げてみてください。一つひとつの成功体験が習慣化に結びつきます。反対に、「毎日朝5時に起きる」といった目標は、1日でも達成できない日があると挫折してそのまま自然消滅しがちですので、あくまでも〝達成可能〟であることがポイントです。
──理想的な朝の過ごし方とは?
池田 家庭内や会社での立場、曜日によってパターンが違うため、これが正解というものはありませんが、幼い子どもを育てる「40代会社経営者の平日」(『戦略経営者』2019年7月号41頁図表1)を例に説明すると、起床後1時間半程度身体を動かした後、朝食等をはさみ自分の時間を1時間程度確保します。
先ほど述べたように、この時間は自分にとって「楽しい」と思えることに取り組んでください。自分にとって楽しいと思えることを、心身ともに活発な朝時間を活用して行う。これが朝活の本質です。朝早く出社して仕事をするだけでなく、早朝のカフェで読書をしたり、勉強会に参加したり、身体を動かしたりするなど、今やさまざまなタイプの朝活があります。その中で、自分にとって最も楽しめる方法を見つけてみてください。
(インタビュー・構成/本誌・中井修平)