AIの台頭や働き方改革により、個人のクリエーティブな発想や創造性が一段と求められる現代社会。柔軟な思考で新しいものを創り出すには、おのおのの能力やパフォーマンスを最大限発揮することが必要で、その方法として「メンタルトレーニング」に注目が集まっている。この分野の第一人者であるメンタリスタの大儀見(おおぎみ)浩介社長に、個人でできるメンタルトレーニングのメソッドについて聞いた。
- プロフィール
- おおぎみ・こうすけ●サッカー選手として、東海大一中(現・東海大学付属翔洋高等学校中等部)時代に全国優勝を経験。東海大学体育学部・高妻容一研究室にて応用スポーツ心理学(メンタルトレーニング)を学び、現在はスポーツだけでなく、教育、受験対策、ビジネスなど、さまざまな分野でメンタルトレーニングを指導している。株式会社メンタリスタ代表取締役社長。
大儀見浩介 氏
メンタルトレーニングとは、「スポーツ心理学」を理論的背景にもつ〝こころのトレーニング〟です。元々は旧ソビエト連邦が宇宙飛行士の訓練のために開発したトレーニングプログラムで、これがスポーツの分野で応用されるようになり、学術的に体系化されました。一言で表すと「科学的な根性論」です。
具体的に説明すると、メンタルコンディショニング(その日を快い気分で過ごすためのコンディション調整)、メンタルテクニックトレーニング(集中力の高め方やモチベーションの操り方)、メンタルストレングストレーニング(物事をひたむきに取り組む「諦めない力」の発揮)の3つの視点を通して、オリンピックなどの著名な大会で結果を残した選手とそうでない選手の練習方法や本番への準備など、あらゆる行動パターンを分析することで、個人のパフォーマンスを最大限に発揮するためのメソッドを理論化し、まとめたものです。
「ゾーン・フロー」の状態
メンタルトレーニングによって〝こころ〟を鍛えるには、①目標設定②セルフコントロール③集中力④イメージトレーニング⑤プラス思考⑥セルフトーク⑦本番への心理的準備⑧コミュニケーションの「8つのスキル」を抑えておくことが重要となります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
●目標設定
メンタルトレーニングのベースとなるのが「目標設定」です。目標をしっかりと立てることで、メンタルトレーニングの効果が最大限に発揮されます。
目標を立てる上でのポイントは、「最適な高さに設定する」ことです。人間は、超えるべきハードルが高すぎるとモチベーションが下がったり、目標に近づかないプレッシャーから不安を感じたりする一方、目標が低すぎると達成感を得られずに飽きてしまう傾向にあります。そうならないためにも最適な高さの目標を設定し、クリアするたびに目標値を上げていくことが必要です。
「これならば達成できそうだ」といった目標を自ら立てて、行動に移すことがメンタルトレーニングの第一歩だと言えます。
●セルフコントロール
人間なので気持ちが沈んだり、乗らないときもあると思います。そういうときにどう気分を高めていくかがセルフコントロールのポイントです。ここで重要なのは、緊張・興奮レベルがちょうどよい「ゾーン・フロー」の状態をいかに生み出すかです。
図表1(『戦略経営者』2019年7月号P57図表1参照)は人間の心理状態とパフォーマンスレベルの関係を示したものです。左が緊張・興奮が少なくリラックスした状態で、右に行くほど緊張・興奮が高い、プレッシャーのかかっている状態です。望ましいのはちょうど中間地点、リラックスと緊張のバランスがとれている「ゾーン・フロー」の状態です。
現代人はプレッシャーを過剰に感じがちですから、リラックス状態をつくるための方法を身に付けておくと良いでしょう。お勧めしたいのが深呼吸です。ポイントは「最初に息を吐き出す」こと、そして「鼻から息を吸う」こと。緊張状態は「ハッと息を飲んだ」状態、つまり肺にある程度の空気が入っている状態なので、これ以上深く息を吸うことはできません。そこで、深呼吸をするときはまず息をゆっくりと吐きだすようにしましょう。そのあと、一定のリズムで同じ量の空気を肺に入れるために、鼻から息を吸うようにしてください。鼻から吸って、ゆっくりと吐き出す。このような、正しい深呼吸の仕方を知ることが、リラックス状態をつくることにつながります。
●集中力
集中力を一言で定義すると「ひとつの物事に意識を向ける」ことです。例えば、人と会話をしているときには、周囲の声や雑音に意識が向かないように、人間は必要なことにしか集中力を発揮できないのです。
集中力を高める方法としては「パフォーマンス・ルーティン」があります。先日引退を表明したイチロー選手は、バッターボックスに入る前にいつも同じ動きをして、ここ一番の集中力を高めています。
みなさんにも、このパフォーマンス・ルーティンを身に付けることをお勧めします。たとえば、業務を始める前に目をつぶって深呼吸を2、3回繰り返し、心の中で「さあ、やるぞ」とつぶやくなど、自分なりのパフォーマンス・ルーティンを見つけてみてください。「大型案件を受注した」「上司から褒められた」など、仕事で成功した日に行った動作をパフォーマンス・ルーティンとして取り入れるのも効果的です。
パフォーマンス・ルーティンは毎日やり続けることがポイントです。習慣化して潜在意識にしっかりとインプットすることで、ここ一番で集中力を発揮できるようになります。
●イメージトレーニング
大舞台で本来の力を発揮するにはイメージトレーニングが必要不可欠で、頭の中で本番のイメージを作っておくことで成功がぐっと近づきます。
イメージすることと、実際に見たものを認識する脳の働きは同じという研究結果があります。例えば、悲しい夢から目覚めたら涙を流していたという現象は、夢というイメージが現実で起こっていると脳が勘違いしたからです。あらかじめ本番のイメージを作っておけば、大舞台でも「あの時にイメージした光景だ」と脳が認識して緊張が少し緩和します。
プレゼンやコンペなど、失敗が許されないシチュエーションを最高の状態で迎えるには、本番6日前から頭の中でイメージリハーサルすることをお勧めします。このとき、一つひとつの行動をゆっくりとスローモーションでイメージすることがポイントです。
また、頭の中だけでなく、実際に五感をフル活用してイメージリハーサルをするとなお効果的です。実際に会場を下見したり、オーディエンスの前で話してみたりと、より本番に近い状態で臨むことで本来の力を発揮できるようになります。
イメージトレーニングは具体性が増すほど効果が高いのです。
セルフトークで己を鼓舞
●プラス思考
プラス思考を作り出すうえで簡単にできるのは「姿勢正しく座ること」です。姿勢は気分や気持ちにまで影響を及ぼします。例えば、うなだれた姿勢のままでいると、コルチゾールというストレスホルモンが分泌され、不安な気持ちになったり、身体が疲れやすくなる一方、姿勢が良いとテストステロンという気持ちを前向きにする物質が分泌されるという研究結果があります。気持ちを前向きにするために、まずは背筋をピンと伸ばした良い姿勢を心掛けましょう。
半面、マイナス思考で物事を考えることも時には必要です。例えば、ミスやアクシデントが起こった時のリカバリー方法は、マイナス思考が働かないと想像できません。あらかじめ、起こりうるアクシデントと対処方法をイメージしておくことで、いざ本番でトラブルが起こったとしても冷静に対処することができます。
プラス思考一辺倒だと〝もしも〟の時の準備を怠ってしまいがちなので、プラス思考、時々マイナス思考といったバランスが必要だと言えます。
●セルフトーク
セルフトークとは自分自身へのつぶやき、すなわち「ひとりごと」です。セルフトークには3種類あって、教示的セルフトーク、動機づけセルフトーク、肯定的セルフトークです。
教示的セルフトークは、「集中」「焦らない」などと自分自身に言い聞かせることで心をコントロールするもので、動機づけセルフトークは、「よっしゃ」「ファイト」などと気持ちを高めるときに使います。肯定的セルフトークは「OK」「大丈夫」などと自分自身を肯定するときに使います。
セルフトークは自己暗示の効果をもたらすので、気持ちを切り替え、ミスを引きずらないように意識してつぶやく習慣を身につけると良いでしょう。
●本番への心理的準備
「本番当日は普段やらないことを絶対にしない」が大原則です。そのため、自分自身の実力を発揮できるよう、普段から本番を想定した準備をしておくことがポイントです。
験を担いで「勝つためにトンカツを食べる」といった風潮もありますが、本番当日にいつもと違う行動をとれば、身体が違和感を覚え、パフォーマンスの質が低下してしまいます。
●コミュニケーション
人間のコミュニケーションは、半分以上は言語を使わないもの、いわゆる「ノン・バーバルコミュニケーション」で成り立っています。例えば、表情や仕草と言葉が一致していないと、受け手は違和感や不安を覚えてしまうという研究結果があるように、コミュニケーションのすれ違いは、だいたいが表情と言葉の不一致によるものです。なので、肯定的なメッセージを送るときは、肯定的な表情や仕草を込めるように心がけましょう。
また、経営者や管理職の方だと、時には部下を叱る場合もあるかと思いますが、頭ごなしに能力や結果を叱ることは絶対にNGです。成果を出すための行動は正しかったか、チャレンジはあったのかを聴く姿勢を示しながら、部下とコミュニケーションをとるようにしましょう。
メンタルは生まれ持った資質に関係なく、誰でも強くすることができます。そのためには、既述した8つのスキルを通して、自分自身のパフォーマンスを最大限発揮できる習慣づくりを行ってください。
(インタビュー・構成/本誌・中井修平)