政府から「キャッシュレス・消費者還元事業」の概要が発表され、活況を呈するキャッシュレス決済。サービスは乱立し、飲食、小売店を中心に囲い込みが激化している。キャッシュレス対応の勘どころを経営者目線で掘り下げる。

プロフィール
むらかみ・ともや●1973年生まれ。大阪大学大学院生物工学修士。大手システムインテグレータに13年間勤務し、ITコンサルタントとして活躍。2008年中小企業診断士登録。中小企業診断士として独立後、15年にぎわい研究所を設立。各種研修、セミナーの実施や企業への経営支援活動を行っている。

──中小企業におけるキャッシュレス対応の現状について実感をお聞かせください。

1から始めるキャッシュレス

村上 2018年9月以降、各地の商工会議所等でキャッシュレス決済に関するセミナーを実施してきましたが、毎回参加者にキャッシュレス決済の導入状況を確認しています。飲食店や高額商品を扱う店舗ではクレジットカード支払いに対応している割合が高い一方、電子マネー決済の利用率については地域差を感じます。住民が日常の移動手段として鉄道を利用している地域では、交通系電子マネーを所有している人が多いため、対応店舗も増える印象です。QRコード決済のできる中小店舗は都市部、地方を問わずまだ少ないですね。

──経済産業省は4月「キャッシュレス・消費者還元事業」の概要を発表しました。ポイントを教えてください。

村上 政府の立ち上げた還元事業に関する公式ウェブサイト(https://cashless.go.jp/)によると10月1日以降、対象店舗でクレジットカード等のキャッシュレス決済を行った消費者に対して、5%もしくは2%のポイントが還元されます。有価証券や郵便切手類、自動車、新築住宅の販売等は補助対象から除外されます。
 実施期間は19年10月1日から20年6月30日までの9カ月間。中小・小規模事業者にとってのメリットとしてクレジットカードリーダーや、電子マネーリーダーなどの決済端末代金の全額が補助され、さらに決済手数料が3分の1補助される点が挙げられます。ただし、中小・小規模事業者はポイント還元対象店舗として登録する必要があります。

手軽に開始できる「QR」

──登録の流れは?

村上 自社が中小企業基本法上の中小企業等に該当するかをまず確認してください。ただ、該当する場合であっても、課税所得が15億円をこえる法人は対象外となります。その上で店舗のキャッシュレス決済対応状況を鑑み、すでに利用中の決済方法で参加するときは、決済事業者が「登録決済事業者リスト」(公式サイトに公開)に掲載されていれば事業者に連絡して申し込みます。
 他方、キャッシュレス決済を新たに導入したりプランを見直したりする場合は、リストの中から決済事業者を選択しなければなりません。対象店舗の登録は、決済事業者が代行申請することになっています。登録決済事業者リストに記載されているのは、クレジットカード会社や金融機関、POSレジ販売会社、ペイメントサービス会社等の58社(5月13日時点)です。

──キャッシュレス決済を初めて導入する際、どのような点を念頭に置いて決済事業者を選択するとよいですか。

村上 店舗の状況により、導入を検討するべきキャッシュレス決済の種類は変わってきます。
 とりあえず何らかのキャッシュレス決済を導入するなら、手軽さからQRコード決済は有力な選択肢となるでしょう。主なキャッシュレス決済サービスをP22に掲載しましたが、「楽天ペイ」等のショッピングモール系事業者から、「PayPay(ペイペイ)」、「LINEPay(ラインペイ)」などのネット事業者まで、さまざまな企業がサービスを提供しています。来店客のスマートフォンに表示されるバーコードを店舗のバーコードリーダーで読み込む方式と、店頭のQRコードを来店客がスマートフォンで読み取って決済する方式の2パターンがあります。
 後者の方式では、客がスマホのアプリに取引金額を入力する手間がかかりますが、大半の中小の店舗はこの方法を採用することになるのではないでしょうか。QRコード付きのスタンドをレジ付近に設置すれば利用開始できるため、初期コストをかけずに始められるのは大きな魅力です。ただ、いくつかのサービスで当面の「決済手数料ゼロ」をうたっているものの、将来の手数料が未定のものもあるため注意が必要です。
 クレジットカード決済を導入するなら、「スクエア」のサービスの利便性が高いです。タブレット端末やスマホのイヤホンジャックに挿入する専用リーダーとアプリがあれば、審査後短期間で利用開始できます。ビザやマスターカード等なら決済手数料は3.25%(JCBは3.95%)。最短で翌日に代金が口座に入金され、来店客のいるテーブルや商品の配達先で決済できる点もメリットです。
 決済手数料や入金サイト等の条件は各社まちまちです。期間限定のキャンペーンが実施されたりサービス内容は流動的であるため、事業者のウェブサイトなどで詳細を確認してから契約するようにしてください。

事務負担軽減に期待

──クレジットカード、電子マネー、QRコード決済のすべてに対応したい場合は?

村上 楽天やエアペイ、コイニーなどは複数の決済方法にも対応可能な端末(マルチリーダー)を用意しています。また、日本美食のサービスは複数言語に対応していたり、インバウンド向け機能が充実しているといった特徴があります(『戦略経営者』2019年6月号P12参照)。
 決済方法が増えると悩ましいのは、レジとの連動です。既存のレジに加えてQRコード決済を別に導入すると、現金決済と会計が分かれる形になります。会計業務の効率化を図るには、双方を連携できる方が望ましいでしょう。例えば「エアレジ」や「スマレジ」、「ユビレジ」などのタブレット型レジシステムを活用すれば、多様な決済方式と連携できます。

──キャッシュレス決済の経営面におけるメリット、デメリットを教えてください。

村上 20年6月末までのポイント還元期間は、割引によるお得感から新たな顧客獲得につながる可能性があります。とりわけ数多くの外国人観光客が訪れるエリアなら、効果をいっそう見込めるでしょう。店舗オペレーションでは、レジ決済の迅速化や出納事務の省力化等、従業員にかかる負担軽減が期待できます。
 一方、想定される最たるデメリットは、クレジットカード決済時に発生する決済手数料です。売上高に対する利益率が10%を下回る店舗にとって、3%超の手数料がかかるとなるとばかになりません。そしてキャッシュレス決済端末を操作するための従業員教育も求められます。QRコード決済は来店客のスマホに表示される金額に間違いがないか、決済完了の表示がされているかを毎回確認する必要もあります。

レジや「会計」との連動を

──政府のポイント還元事業終了後も獲得した顧客をつなぎとめるため、経営者はどんなことに取り組むべきでしょうか。

村上 キャッシュレス決済の導入を、レジ業務の効率化を図る好機ととらえてほしいと思います。完全キャッシュレス化を実現した店舗は例外としても、キャッシュレス決済サービスを導入するだけでは効率化に直結しないため、レジシステムさらには会計システムとの連動を検討するべきです(戦略財務情報システム『FX2』との連動事例は『戦略経営者』2019年6月号P14参照)。
 集客面では、一部のQRコード決済サービスに備わるメッセージ送信機能を活用するのも手です。例えばラインペイでは来店時にラインペイで決済したユーザーと友達になると、メッセージを送信できます。相手にマッチしたおすすめ商品、セール情報、クーポン等を送り関係性を強化できれば、来店頻度が増え、購入単価も上昇するかもしれません。
 まずは消費者の立場で、ふだん利用しているスマホに何らかのQRコード決済アプリを登録し使用してみると、メリットを実感できるはずです。その上で、自社店舗でテスト導入してみてください。スマホのOSが古くアプリを登録できない場合は、OSをアップデートすることが必要です。
 繰り返しになりますが、QRコード決済なら導入コストゼロで始められるサービスもあります。私自身、昨年からQRコード決済を活用していますが、ポイント還元される店舗を積極的に利用するようになり、日常の消費行動が変わりました。また、ラインペイやペイペイには「割り勘」機能が付いているのも便利です。会合で幹事を務めるとき、会費を小銭で集めるのはわずらわしいものです。この機能を活用すると、1円単位まできっちり計算し幹事に送金できます。

──まず消費者としてキャッシュレス決済を体感するべきだと。

村上 キャッシュレス決済事業者の中にはサービスの利用申し込みが相次ぎ、審査に時間を要するケースもあると聞きます。もし店舗で導入するなら、余裕を持ったスケジュールで臨むのが肝要です。キャッシュレス・消費者還元事業公式ウェブサイトで、Q&A等が今後掲載されるはずです。サイトで発信される情報をこまめにチェックするようにしてください。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2019年6月号