人口減少時代を迎え、国内マーケットの縮小は避けられない。いきおい中小企業にとっての活路は限定されるが、やはり最有望なのは海外進出という手法だろう。最新の成功事例を取材しながら、その可能性を探ってみた。
創業は2004年2月。自動車リサイクル法の施行(2005年1月)を目前に控え、リサイクル市場の拡大というビジネスチャンスを生かすため、大手商社の双日とスクラップ業者の青木商店のほぼ折半出資でできたのがCRS埼玉である。
ところが2007年、商社不況を理由に双日が撤退。ちょうどそのころ社長に就任した加藤一臣氏は当時をこう振り返る。
「大手の影響力から外れることで、自由で迅速な経営判断ができるようになり、結果的にその後の海外展開にスムーズに取り組めるようになりました」
「自分たちでやろう……」
CRS埼玉の業容は廃車の解体・破砕。再使用可能な部品を抽出し市場に、鉄スクラップは素材として関連メーカーに供給している。解体する自動車は年間2万台と、業界トップクラスの規模を誇り、また、100万点の自動車部品の調達能力を持つ。解体技術の高さは折り紙付きで、〝高品質かつローコスト〟な部品の提供によって国内外のユーザーから支持を得てきた。
そんな同社が、海外拠点づくりへとベクトルを向けたのは2008年のこと。まず2月にニュージーランドに現地法人を設立した。いきさつはこうだ。
2007年、ニュージーランドに中古車を輸出していた関係で、加藤社長が現地視察に訪れた。すると、行く先々で「部品はないのか」との声。
「もともとニュージーランドは日本からの中古車輸出量では指折りの国だったんです。だとすれば、当然部品のニーズも期待できる。しかも値段も日本の倍近く。チャンスだと感じました」(加藤社長)
とはいえ、現地法人の設立は初めて。すぐさま、日系コンサルティング会社の門をたたいた。法人設立後、倉庫に部品を集めて販売開始。双日出身の役員が、ニュージーランドの自動車業界とのネットワークを持っていたこともスムーズな立ち上がりを助けた。
この成功を受け、続いて進出したのがマレーシアである。
同社は、現地企業を通してマレーシアに自動車部品を輸出していたが、ある時、契約上の問題が原因で、その会社との関係が破綻してしまった。大口の取引だっただけに、その穴を埋める方策を考えなければならない。マレーシアはアジア最大の自動車部品市場を持つだけになおさらだ。
「新たなパートナーを見つけるには、また一から信頼関係を構築しなければなりません。ならば自分たちでやってしまおうと……」(加藤社長)
マレーシアでのニーズは確実にある。本当に利益が出るのかが問題となるが、その点、加藤社長には自信があった。
「以前、取引していた企業を訪れた際、あのマハティール氏の家の近隣に豪邸を構えていたのです。普段は〝ぜんぜん儲(もう)かりませんよ〟と言っていたにもかかわらずですね(笑)」
もちろん、ニュージーランドでの現地法人立ち上げの経験もプラスに働いた。加えて、加藤社長はじめ同社経営陣の〝機を見るに敏〟な対応が成功へと導く。
立ち上げに際しては以前から取引のあったマレーシア人パートナーの力を借りるも、ややぎくしゃくすると見るや、すばやく日本人主体の経営体制へと切りかえる。また、合弁はリスクが高いとの判断のもと、手続きの煩雑さも顧みず独資の形態をとった。イニシャルコストは約3000万円。
同社の顧問税理士である渡辺忠氏は言う。
「合弁では信頼できるパートナーかどうかの見極めが難しい。うっかり信用してしまい資産を持ち逃げされる例は枚挙にいとまがありません。あるいは、港で商品を下ろそうとすると許可が下りず、もたもたしているうちに船がもぬけの殻……などという悲劇もよく聞きます。その点、CRS埼玉さんは、独資でありながら現地のネットワークをうまく使って回しておられる。本当に上手だなあという印象です」
現在、CRSマレーシアには、常時7万点のパーツが在庫されており、年商も2億円にのぼる。大成功といえるだろう。
労務を回すコツとは
海外とくにアジア諸国への進出におけるリスクのひとつは治安である。加藤社長が「トラブルはしょっちゅうある」と慨嘆するように、24時間365日警備を敷いていたとしても安心はできないというわけだ。
実際、同社がマレーシアに進出してまもなくの頃、大量の部品を強奪された。現場にかけつけると、従業員が手足を縛られ、猿ぐつわをかませられていたというから怖い。そのほかにも、金庫を盗まれたり、自動車に乗車していたところを狙って襲われたこともあったという。
同業者からの嫌がらせもある。マレーシアに進出する前までは、現地の企業が日本まで買い付けにきていたわけだから、どうしても「市場を荒らされた」と恨みをかってしまうのだ。従業員の車にいたずらされたり、警察にあることないこと中傷されたり……。
「治安はそれほど悪いとは思いませんが、従業員が外とつながって悪さをするというパターンが多いように思います」
CRSマレーシアでは現在、社長と管理担当者の2人が日本人。現地採用の従業員が30人弱という陣容。渡辺税理士によると「日本人社長ひとりにすべてを任せてしまうと負荷がかかりすぎてうまくいかない」という。その点、同社の常勤2人体制は理にかなっている。ちなみに、作業員の月額賃金は約8万円、高度専門職で18万円程度。タイやフィリピンよりは安いが、インドネシアやベトナムよりは高い。
CRSマレーシアの駐在をつとめたことのある若月直樹取締役は、トラブル防止についてこう言う。
「だまされないように気をつけるしかありません。まずは、日本人の常識は通じないと認識することです。現地の文化や人の傾向性を理解した上で、場合によってはペナルティーをうまく使っていく。それが労務をうまく回すコツかもしれません」
「以心伝心」「一を聞いて十を知る」「忖度(そんたく)」などは期待すべくもない。いや、それらは日本だけのスタンダードで、世界の常識はマレーシアの現状に近いと考えた方がよさそうだ。では具体的にどうすればよいのか。
渡辺税理士が続ける。
「細かいところまで詰めて契約を結ぶことが大事だと思います。労使契約もそうだし、取引先との契約もです。日本では口約束がまかり通っていますが、それは海外では通用しません」
次なるターゲットは豪州
ニュージーランド、マレーシアと海外進出を成功させたCRS埼玉。当然、次なる進出先が気になるところである。
「国内メーカーの工場閉鎖、フォード、トヨタの撤退で、オーストラリアの自動車生産は消滅しました。当然、今後は、輸入車が増加していきます。そのような状況のなかで、当社においても中古車の輸出やパーツの供給などでビジネスチャンスが出てくるのではと考えました」(加藤社長)
ターゲットはオーストラリア。加藤社長は、そのことを渡辺税理士に相談。中小企業基盤整備機構(中小機構)の海外展開支援のスキームを活用することにした。さっそく2人で事業計画を作成し、中小機構に提出したのが昨秋。それが認められ、せき立てられるようにフィージビリティスタディ(実現可能性調査)に飛び立つ。
メンバーは加藤社長、CRSマレーシアの三澤社長、CRSニュージーランドの永田社長のほか、渡辺税理士と中小機構の国際化支援アドバイザーで世界の自動車業界に詳しい山田博氏。
「非常に有意義でした。解体業者のみならず、新車ディーラー、オークション会場、各種コンサルタント、日系企業の経営者など、5泊7日の旅で17カ所でヒアリングを行いました。山田さんと中小機構のネットワークでさまざまなところを紹介してもらい、ありがたかったですね」と加藤社長。
精力的に動いて見識を広げ、加藤社長が出した結論が「とりあえずは出張ベースで事業を展開して、時期を見て拠点設立を」というもの。中古車輸入ライセンスにかかわる規制緩和が行われるかどうかが不透明なため、現地法人の設立には慎重さが求められるが、市場的にはオーストラリアは魅力満点だった。
「日本は年々、軽自動車の割合が増えています。軽自動車の規格はほぼ日本だけなのでパーツは世界では売れません。なので、今後、品薄になる可能性があるのです。そこを補うために、オーストラリアの解体業者からパーツを仕入れ、マレーシアなどに流すというビジネスは非常に有望です。そのプロセスに規制はかかりませんから」
〝解体〟というビジネスが成り立つのは先進国だけ。途上国では車は乗りつぶすのが常識だからである。それだけに「仕入先」として十分に魅力的。つまり、オーストラリアは、中古車やパーツの「販売先」とパーツの「仕入先」という二つの意味で有望市場なのである。さらに、ニュージーランドの現地法人から製品を供給すれば、かなりの輸送費削減にもつながる。
ともあれ、加藤社長のフットワークは軽い。40代前半という若さゆえに考え方も柔軟だ。「(オーストラリア市場で)パーツがだめならスクラップでも扱おうかな」などという発想も、〝オーストラリアにスクラップ業者が少ない〟という市場特性を観察した上でのもの。また、2013年頃に一度、中国市場に挑んだものの、胡錦濤から習近平体制への転換の際にリスクを感じ、やけどを負う前に撤退した過去がある。さらに、マレーシア市場では、積み荷の空き容量を利用して、中古ゴルフクラブやトレーディングカードの販売店をオープン。渡辺税理士は「私の顧問先にも一時のブームに乗って中国や韓国に進出し、失敗した企業が数多くありますが、加藤社長は常に違う方向性で勝負してこられた。私はこの会社で海外進出の何たるかを教えられ、それを他の顧問先にフィードバックしているというのが現状です」と笑う。
海外進出に欠かせないのは、加藤社長のような〝先入観のない機動性〟なのかもしれない。
(協力・税理士法人レッドサポート/本誌・高根文隆)