「平成時代」が幕を下ろそうとしている。東西冷戦の終結、リーマンショックなど変転する世界情勢に中小企業は翻弄されてきた。そしていま、米中二大国の貿易紛争の行方に固唾をのむ。40年以上にわたり、中小企業をつぶさにウオッチしつづけてきた橋本久義氏は将来をどう見通すのか。ものづくりの現場を知悉する研究者が送る、平成最後のエール。

プロフィール
はしもと・ひさよし●1969年東京大学工学部卒業後、通産省入省。鋳鍛造品課長、中小企業技術課長、立地指導課長、統括研究開発官などを歴任。94年埼玉大学教授、97年政策研究大学院大学教授。『中小企業が滅びれば日本経済も滅びる』『町工場の底力』(以上、PHP研究所)など多数の著書がある。

 平成時代はバブル景気のただ中で始まりましたが、私は当時、通産省(現経済産業省)の鋳鍛造品課長というポストに就いていました。以来、中小企業の現場を回るのがライフワークとなり、これまでに訪問した企業は、のべ3916社にのぼります。学生たちを連れて見学に行ったりもするため、20回以上足を運んだ企業もあります。今年中に4000社を達成するのが目下の目標です。

橋本久義氏

橋本久義氏

 橋本氏が鋳鍛造品課長に就任したころ、高度経済成長が終わり重厚長大型産業の衰退が見込まれていた。そんななか、中小企業の実情を探るべく、各地の鋳物工場や金型板金工場を視察したのが企業訪問のはじまりだった。

 通産省では、課長補佐クラスが重要な決定を下す慣習があり、課長になると、あまりやることがなかったんですね(笑)。毎週木曜日を「工場視察の日」と決め、朝9時に埼玉県の川口駅に行き、鋳物工場を午前2社、午後3社訪ねたりしていました。

 当時、川口市には鋳物工場が224社ありましたが、現在溶鉱炉を保有しているのは48社まで減ってしまいました。とはいえ、都心へのアクセスの良いベッドタウンにもかかわらず、それだけの数の工場が操業しつづけているのは驚くべき事実です。

 企業訪問を重ねていくうちに「全国の企業を熱心に訪ね歩いている役人が通産省にいるらしい」という評判をいただくようになりました。

 夏季休暇中、鋳物工場やダイカスト工場で働いたこともあります。実際に仕事を体験しないと、大変さがわかりませんから。鋳物工場で朝から晩まで働くと、お風呂に入らないと帰れないほど、全身がすすで汚れて真っ黒になる。従業員と同じ作業をこなしながらつくづく感じたのは、生産現場のすばらしさです。

 工場で請け負う業務は、部品を加工して次の工程に回すという単純作業が中心のため、一様に退屈そうにやっている。でもある日、機械が突然故障した時の光景は忘れられません。従業員がたちどころに溶接機を持ってきたり、機械によじのぼって部品を取り外したり、こぞって修理しはじめたんです。そして機械が復旧すると、何ごともなかったかのように日常の仕事に戻る。このような人たちが現場を支えているかぎり、日の丸製造業の役割が消失することはないと確信しました。

EVの弱点は“バッテリー”

 日本の基幹産業である自動車業界では、電気自動車(EV)の普及が喧伝(けんでん)されている。英国やフランスは、2040年までにガソリン車およびディーゼル車の新たな販売を禁止する方針を発表し、中国でも新たな環境規制の導入が予定されるなど「EVシフト」が加速している。EVが世界を席巻する日は近いのか。

 近い将来、EVがガソリン車に取って代わるとの予測がありますが、私は懐疑的です。最大の理由はバッテリー性能にあります。

 バッテリーは液体でできているため、寒冷地では凍ってしまうんです。それと、真冬に高速道路などで渋滞する場合を想像してみてください。暖房をフル稼働させながらノロノロ運転しつづけるとどうなるか。エンジン周辺から熱を発生するガソリン車にくらべ、EVでは暖房でバッテリーを相当程度消費することになります。

 ちなみに冷房は暖房ほどエネルギーを必要としません。外気温が35度のとき冷房を27度に設定すると、温度差は8度。ところが暖房によりマイナス5度から25度まで暖めるとなると、温度差は実に30度に達します。

 加えてEVは渋滞時にバッテリー残量が底をついた場合、レッカー車で1台ずつ移動させるしかすべがありません。ガソリン車なら渋滞時エンストを起こしても、ガソリンをその場で補給すれば事足ります。動かないEVを駐車しておくスペースの確保も問題になるでしょう。つまるところ、自動車には何らかの動力源が必要なのです。日本国内の半導体などの電子部品産業は、中国や韓国をはじめとするハイテク企業の後塵(こうじん)を拝していますが、工作機械や生産機材、自動車など機械系産業は将来も十分生き残っていけると思います。

 世界最大のEV市場に成長する見込みなのが中国だ。中国政府は25年の新車全体に占めるEVなどの新エネルギー車(NEV)の割合を20%以上にする目標を掲げる。米中貿易摩擦などの影響により18年の経済成長率は鈍化したとはいえ、世界経済における存在感は年々高まっている。

 中国の経済発展、とりわけインフラ整備の進展には目を見張るものがあります。中国国内に開通している高速道路は全長15万キロで、世界第1位です。米国(11万キロ)とドイツ(3万キロ)がそれに続きます。中国が初めて高速道路を建設したのは1988年。高速道路を90年以上建設しつづけている米国、ドイツに比べると著しい開発速度です。

 地下鉄の開通工事も急ピッチで進んでいて、18年には800キロ以上が開通しました。これは日本の地下鉄の総延長に匹敵する距離です。このように中国のインフラ整備のスケールはケタ違い。日本に比べると、まだきめ細かさに欠けるものの、中国の技術力はあなどれません。仮に私が中小企業経営者で海外に工場を建設するなら、まちがいなく中国の都市を選びますね。

中小企業施策が充実

 戦後最長の首相在任期間も視野に入った安倍晋三首相ですが、安倍政権ほど中小企業政策に熱心な政権は、かつてなかったと思います。

 安倍氏は07年にいったん退陣した後、地元以外で開催される中小企業団体の会合に頻繁に出席したり、中小企業経営者とゴルフを共にしたりして親交を結んできました。また、首相に返り咲いた後も、外遊時には経営者を同行させ、日本製品、サービスを海外諸国に積極的にアピールしています。背景として中小企業庁長官を務めた、長谷川榮一首相補佐官の果たした役割が大きいのではと推測しています。

 政策面でも、中小企業再生支援・事業引き継ぎ支援事業や中小企業生産性革命推進事業をはじめ、手厚い支援策が施されています。これらの施策により、中小企業の機械設備の更新が促され、モノのインターネット(IoT)化を後押しする契機となりました。

 IoT技術を活用し製造業のデジタル化を図る試みは「インダストリー4.0」と呼ばれ、日本のものづくりは後れを取っていると指摘する識者も少なくない。しかし橋本氏はこう異を唱える。

 数多くのものづくりの現場を見聞してきた私に言わせれば、IoTの活用において日本は最先端を走る国のひとつです。なぜそう断言できるかというと、ロボットやセンサーを生産しているメーカーのほとんどが日本企業だからです。IoTのキーファクターを押さえている日本が、後れをとるはずがありません。

 あまつさえ中小企業経営者は地域の商工会議所をはじめ、金融機関の取引企業の集まり、上場企業の協力企業会など、加盟している団体が無数にあり、競合企業同士で情報交換や勉強会を日ごろから行っている。同業者がこれほど交流を重ねている国は、世界中に類を見ません。

 会合に出席すれば「あそこの会社は最新鋭の機械設備を導入したらしい」とか「あの社長の顔色がいいのは大口の受注が入ったから」といった他社の情報を仕入れられます。これを私は「予備校効果」と呼んでいます。予備校に通うと、役に立つ参考書の情報や効果的な勉強方法などさまざまな情報、刺激を得られます。それと同様に、交流を通して入手できるライバル企業の情報は思いのほか有用なのです。

 実際、日本の中小企業は身の丈にあった「IoT化」に着手しています。

ネットワークを生かそう

 例えば精密板金の製造を行う小林製作所(石川県)は、ネットワークカメラを活用した独自の改善システムを開発。過去の録画映像を元に、現場のカイゼンを図っているだけでなく、生産管理システムにデータを連携できるのも特徴です。

 また、3Dモデルの心臓など、精巧な試作品づくりに定評のある京都市のクロスエフェクトの取り組みにも注目しています。同社では、工場で働く従業員がスマートフォンに作業内容を入力し、案件ごとの投下時間および原価管理を行っています。各社員がリアルタイムで情報を共有しているため、緊急の案件にも臨機応変に対応でき、取引件数の拡大につながったそうです。

 日本における中小企業数は86年の533万社をピークに、357万社まで減少した(2016年経済産業省 経済センサス)。足元では人材採用や消費増税への対応、あるいは事業承継などの中長期的に向き合わなければならない経営課題が取り巻く。

 人手不足は長い目で見ると、おのずと解消していくのではないでしょうか。買い物をするとき、価格比較サイトで商品価格を調べてインターネット経由で注文したり、食料品もネットショップで購入するのが当たり前になりました。こうした状況に鑑みれば流通・小売業界から、数多くの人々が今後流出してくるはずです。

 平成時代を振りかえると、バブル崩壊、リーマンショックという景気の落ち込みを経て、東日本大震災をはじめとする自然災害が相次ぎました。企業数は一貫して減る一方で、今日まで事業を継続してきた企業は、自社の技術開発力を研ぎ澄まし、たくましさに磨きをかけてきた。「下町ロケット」や「下町ボブスレー」など、中小企業のものづくりの現場にスポットライトの当たる機会が増えているのは喜ばしいことです。

 欧米の企業経営者は事業が軌道に乗らなくなると、会社をいさぎよく畳んだり、第三者に売却したりと比較的あきらめが早い。会社という〝商品〟を売買することにあまり抵抗感がないわけです。対して、日本の経営者は業績が落ち込んでも懸命に食い下がる。畢竟(ひっきょう)、日本人は仕事が好きなのです。後継者にいったん道を譲り、「現役」を退いた社長が後継社長を辞めさせ、現役復帰する例も絶えません。

 繰り返しになりますが、日本の中小企業経営者にとって恵まれているのはネットワークを生かし、切磋琢磨(せっさたくま)しあえる環境があること。ヨコのつながりを活用し、自社にしかない強みを掘り下げれば、道は拓(ひら)けるはずです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2019年4月号