セクションの垣根を取り払った部門横断的プロジェクトを意識的に導入している会社は少なくない。課題解決の効果的な立案実行や人材育成などのメリットが期待できるからだ。中小企業の事例を取材した。

プロフィール
たけい・じゅんいち●一橋大学社会学部卒業後、新日本製鐵(現新日鐵住金)、デロイトトーマツコンサルティングの戦略コンサルタント、映像ITベンチャー企業を経て、エン・ジャパンで経営企画室長を9年務める。2011年から中国上海の人材紹介会社で副社長、社長を歴任。帰国後の2015年にSUSUMEを設立、人材育成や組織風土活性化などのコンサルティングや研修を行っている。
部門横断チームで勝つ

 会社の業務は一つの部署では完結しないため、全社または複数部署が関連し合う課題を解決しなければならない場面は多い。役員会議や部門長会議で調整すれば済むこともあるが、意思決定をするには情報が不足することもある。そうした場合に有効なのが、現場の社員を巻き込んで正しい情報を把握しながら意思決定まで持ち込むことができる、部門横断的な社内プロジェクトだ。部門横断プロジェクトの種類には次のようなものが考えられる。

▽組織・人事系 組織風土改革、働き方改革、人事制度改革など
▽業務系 生産性向上、残業削減、ERP導入など
▽商品サービス系 新商品開発、品質向上、顧客満足度向上など
▽経営全般 経営理念・ビジョン策定、コスト低減、M&Aに伴う統合業務など

 例えば働き方改革にともなう残業削減を全社的に推進するとしよう。勤怠データを参照すれば簡単に対策が考えられると思うかもしれないが、部下のサービス残業の実態を上司が正確に把握できているとは限らない。正式な社内プロジェクトと位置づけてさまざまな部署のスタッフをメンバーにすることで、経営者は現場社員の生の声を直接聞きやすくなる。レポートラインを重んじる会社では、社長が個々の社員にヒアリングをしたりすると、「部門長の私を飛び越して……」と管理職に不満が出ることもあるが、正式な社内プロジェクトにすればそうした疑心暗鬼も生まれにくくなる。各部門の正確な情報を吸い上げたうえで全社視点で議論ができるので、対症療法にならない全体最適解を導き出すことができるだろう。中間管理職や社員自らが決定に関与することで、上意下達の命令より自発的にプロジェクトに取り組みやすいという効果もある。

コミュニケーションの活性化も

 人材育成というサブの目的もある。経営者は若い社員にも会社全体のことを考えてほしいと考えているが、日々の業務に追われている現場ではそんな余裕はないのが現実だろう。しかし「いきなり残業減らせといわれても……。上司が無駄な仕事を増やさなければいいだけなのに」と冷めた目で見ていた社員も、プロジェクトに参加し各部門の事情を知るにつれ、「そもそもこの事業はもうかっているのか」「主力事業の将来性はどうなる」「時間当たりの生産性はもっとよくなるのでは」など会社そのものの課題に次第に気づいていく。いわば経営者目線で自らの仕事を見つめる視点を獲得するのである。経営陣や幹部と意見交換する機会が増えることから、上下関係や部門間の垣根を越えたコミュニケーションの活性化も期待できるだろう。

 一方、「経営陣など一部のメンバーで進める場合に比べ意思決定に時間がかかる」「メンバーの意見を総花的に取り入れた実効性のない結論が出てしまう」というデメリットやリスクもある。うまくいけば確かに全社的な課題解決や人材育成に効果を発揮するが、コンサルタントとしての私の経験からいうと、プロジェクトチームが途中で瓦解(がかい)してしまうことも少なくない。「社内プロジェクト失敗あるある集」として次のようなケースが考えられる。

  • 最初の覚悟とゴール設定が曖昧なため、途中で「何のためにやっているの?」と目的が揺らぎ、プロジェクト推進意欲が薄れていく。
  • リーダーシップが弱く推進力に欠ける
  • 片手間の仕事で責任感に欠けるプロジェクトメンバーが出現する。その後本業の忙しさを理由にメンバーが脱落していく
  • 営業など花形部署から横やりが入る、総論賛成各論反対の古参幹部が協力してくれない、部下のプロジェクト参加を上司が渋る──など現場の賛同が得られない
  • 経営陣の優先度が低下しバックアップがおろそかになり、推進スピードが減速する
  • 部署間の利害対立が発生し調整がつかなくなる
  • メンバー間の対立や反目が表面化する
  • プロジェクトの数が多すぎて社員がついていけなくなる

 こうした事態に陥らないために、経営者が前もって準備すべきことは何だろうか。第一に、経営者が当該プロジェクトの推進にコミットすることを明確に宣言し、経営幹部にその目的を正確に伝え、積極的な協力を得ることである。経営者はやはり一番勉強しているし、アンテナの感度も高く常に一歩先を読んでいるが、他の役員や幹部は日々の業務に埋没していることも多い。当然プロジェクトマネジメントにも慣れていないだろう。幹部との共通理解を醸成しておかないと、いきなり挫折に追い込まれる可能性は高くなる。

 第二に課題解決の対象範囲を明確にし、広げすぎないことである。例えば残業削減プロジェクトでは事業方針レベルの話まで踏み込んでよいのか、各部署の業務効率化までを考えればよいのか、勤怠管理のやり方や就業規則など人事業務領域までプロジェクトとして踏み込むのか、対象範囲は無限にある。まずはプロジェクトの範囲をできるだけ小さくして、コツコツ成果を出しながらその存在価値を出していくことが大事だと思う。

 三つ目はリーダーやメンバーの人選だ。リーダーは能力や実績よりも熱意があるかどうか、行動力と持続力があるかどうかにポイントをおいたほうがよい。ベテラン社員が必ずしもいいとは限らない。社歴が長い社員は社内事情に精通しているという長所があるが、現状を維持する方向にいきがちで、会社の課題をフラットに捉えられないこともあるからだ。部門横断プロジェクトは通常の会社組織のようなトップダウン式の縦のマネジメントではなく、町内会やお祭りなどを運営するときの横のマネジメントが求められる。状況や課題をうまく言葉にできる人、コネクター的な立ち回りができる人物をリーダーに据えたい。

 チームのメンバーは部署内の人間関係も良好で、周囲の協力を得やすい人材がよいだろう。接点のない人と仕事することもあるので、壁をつくることなく誰とでもフランクに話をすることができ、何が全体最適かということを先入観なしで議論できる柔らかい思考の持ち主がベストだ。プロジェクトチームのメンバー数も適切に選ぼう。十数人になると多すぎるし、4~5人だと役員会と変わらないので、その間くらいがちょうどよい。迷ったら少なめにしたほうが無難だ。

 最後は、プロジェクトチームに関する規定を設けるなど、社内における公式な活動であることを明確にすること。メンバーを送り出す上司に「命令だから仕方なく人と時間を犠牲にしている」という意識があれば、チームの打ち合わせがあるたびに「こんなに忙しいのに本業をさぼってまで……」と不満がたまることになる。経営者は各部門の責任者に対し、メンバーがプロジェクトへ参加することを前提としたマネジメントの工夫を要請しなければならないだろう。

目標は可能な限り数値化を

 さてプロジェクトの運用設計のポイントに移ろう。まず目標はできるだけ数値化しなければならない。残業時間削減プロジェクトであれば「残業時間数」や「時間当たり生産量」、女性が活躍できる職場づくりであれば「補助的業務から転換した女性社員数」、会社ブランディング推進であれば「新卒採用応募数」や「離職率」などが想定できるだろう。

 広報活動も極めて大切である。進捗(しんちょく)状況を定期的に各部署に報告することで、協力を得やすい雰囲気づくりをすることができる。また進行に応じて、どんな小さなことでもよいので成果が出れば積極的にアピールしよう。そうすることで社員全体の関心を高めることにつながり、何かトラブルが発生したときでも、「こうしたら解決できるのでは」と社内から提案が上がってきやすくなる。

 プロジェクトの進行はチームの自主性に任せるのが基本だが、経営者が解決に乗り出さなければならないときもある。明確な反対派への説得や、出遅れているパートや部署のバックアップである。プロジェクトメンバーの然(しか)るべき人材が行うことが望ましいが、最終的に経営者の手を借りることはやむを得ないだろう。

 社内プロジェクトの運用に関しよく受ける質問が、「日常業務とどう折り合いをつければよいのか」というもの。これについては、「週に○時間程度」「業務時間中の△割」など、最初にある程度ルールを決めておいたほうがよいだろう。そうすることによって、選抜されたメンバーも上司に対し、「3カ月くらいは週に1回打ち合わせで業務を抜けます」と正確に伝えることができる。実態が合わなければその都度打ち合わせペースなどを見直せばよい。

 自部署と自らに実利がないと動きにくいベテラン社員と、夢や問題意識、ビジョンに関心のある若手社員とのやる気の違いも問題になることがある。若い人に比べ、ベテランの方が新しい取り組みに対し腰が重いのは現実問題として仕方がない面がある。若手と同じような姿勢を最初から求めるのはそもそも無理であって、意欲のある人が引っ張っていく体制からまずはスタートしよう。

 マーケティング理論の一つに、イノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる少数の革新者層と、それ以外の一般層の間に深い溝(キャズム)が存在するとされるキャズム理論がある。この理論によると、新商品や新サービスを市場に浸透させるためには、流行をいち早く取り入れるアーリーアダプターに浸透させることが必要。社内プロジェクトでも同様に、まずは若手を中心としたアーリーアダプターへの働きかけを強め、彼らの行動を見たベテランが自らやる気を出すような雰囲気をつくっていくことが大切である。「残業削減なんか絶対無理」と冷ややかな目でチームに参加していたメンバーも、アーリーアダプターが率先して参加している他の部署で効果が上がりはじめるのを知れば、態度はおのずと変わってくるはずである。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年12月号