官公庁の人員水増しが大きな問題になっている障害者雇用。企業の人事担当者、障害者の就労を支援する側、障害のある子の親という三つの立場を知る松原未知氏に、障害者雇用の現状と「障害者を戦力にする」中小企業の採用戦略の可能性について聞いた。

プロフィール
まつばら・みち●NPO法人NECSTが運営する「障害者就職サポートセンタービルド神保町」就労支援員。大手広告代理店グループ会社、人材派遣会社、外資系保険会社、大阪府豊中市の生活困窮者自立支援員などを経て2017年4月から現職。

──障害者と雇用の問題に取り組むようになったきっかけについて教えてください。

松原未知 氏

松原未知 氏

松原 2002年から私はある人材派遣会社の人事部に勤務していましたが、そこで経営課題を調べているときに、納付金という名目で年間3000万円ほどのお金を支出していることに気付きました。障害者雇用の法定雇用率に達成していない企業に対し、納付することが義務付けられているお金です。これは本来、障害者を雇用すれば支払わないで済むお金なので上司に改善を提案したところ、「うちは人材派遣会社で、人材が『商品』だ。障害者は雇えないので納付金をはらっている」との回答でした。ハローワークに行って相談してみても、対応してくれた職員から「御社は障害者雇用に全然取り組んでいません。管内でワーストスリーに入っていますよ。しかも納付金を払ったからといって障害者雇用の義務がなくなることはありません」ときつく指摘される始末。しかし3000万円の利益といえば、売り上げにすれば30億円もの金額になります。本気で障害者雇用を進めることによって会社の業績にも貢献できると考え、上司に直言したところ、「おまえがやってみろ」とプロジェクトの責任者をまかされたのが、障害者雇用に本格的に取り組むようになったきっかけです。

──取り組みの内容について具体的にお話しください。

松原 本社総務部のなかに障害者雇用推進グループを新設し、「ビジネスサポートセンター」という名称で知的障害者がメインとなって社内の間接業務を一括管理する組織を立ち上げました。まずはじめたのが備品の一括管理。部署ごとにバラバラに行っていた文房具の購入をまとめて行い、事務用品メーカーと交渉し単価も引き下げました。また各部署、支店間でやりとりされる社内郵便物の管理もビジネスサポートセンターで手がけました。例えば複数の部署から「A支店」あてに出された荷物を集約した混載便を活用すれば、輸送経費の削減につながります。それまで外注していたオフィス清掃業務や役員車の清掃なども内製化しました。正確な試算はしていませんが、人件費を出せるくらいの効果が出てもおかしくなかったと思います。

──その後就労を支援する側で活躍されることになります。

松原 外資系保険会社に転職し特例子会社の立ち上げに携わりました。その後夫の転勤をきっかけに関西地方に転居することになり、豊中市役所で生活困窮者の自立支援員として就労支援の仕事をはじめました。子どもを授かったのは40歳すぎで、「お母さんが就職の支援をしてくれる」と狙ったのかどうかは分かりませんが、ダウン症の子でした。その後再び夫の転勤で2017年10月に東京に戻り、現在は主に精神障害者を対象とした就労移行支援事業所「障害者就職サポートセンタービルド神保町」で勤務しています。

上昇が続く法定雇用率

──障害者雇用に関連する法規制について簡単にご説明ください。

松原 企業の人事が直面するのは、障害者の雇用を推進するための法律「障害者雇用促進法」です。同法は①雇用義務制度②障害者雇用納付金制度③職業リハビリテーションの実施④差別禁止や合理的配慮、苦情処理・紛争解決援助――の4つの柱で構成されていますが、端的にいえば「定められた数の障害者を雇用する義務があります。また達成できていない場合は納付金を納める義務も生じます」ということ。雇用しなければならない障害者の数は現在「常時雇用している労働者数」の2.2%以上と定められていて(法定雇用率)、45.5人に1人の割合になります。法定雇用率は5年に1度改定されることになっていますが、毎回上昇しており、すでに2.3%になることまで決まっています。生産年齢人口に占める障害者の割合などを考慮に入れると、今後最大で3%程度まで引き上げられるのではないかとみる関係者は少なくありません。

──雇用率とそのカウントの仕方にも注意が必要だとか。

松原 従業員100人の会社は2人の障害者を雇う必要がありますが、厳密にいうとその単位は人数ではなくカウント数で数えます。重度障害者は2人分としてカウント、重度障害の短時間労働者は1カウント、短時間労働者は0.5カウント(精神障害者は1カウント)など、障害の状態によって細かくカウント数が分かれているのです。例えば従業員500人の企業の場合は11カウントの障害者を雇用する義務がありますが、軽度知的障害者のみを雇用する場合は週30時間働ける障害者が11人必要になります。一方重度知的障害者で雇用した場合は、週30時間勤務の障害者6人で水準を満たすことになります。企業の人事担当者の本音をいえば、1人で10人の雇用管理をするよりは重度知的障害者6人の方が、目が行き届くかもしれません。仕事の切り出し方を工夫したり、時間をかけて仕事を覚えられる職場の環境があったりすれば、重度の人でも十分戦力になるでしょう。

──雇用納付金制度が罰則のようなものですか。

松原 法定雇を超えている事業主に対しては、1人当たり月額2万7000円の調整金が支給されます。一方従業員101人以上の企業で未達成の場合、不足数1人当たり月額5万円の「納付金」を納めなければなりません。ここで注意したいのは、納付金は罰金ではないため、障害者雇用をしていないことによる不利益はそれだけにとどまらないこと。例えば障害者雇用が公共入札の条件に入っている自治体では、事業参入の機会を失うことになります。「経営努力が足りない」と株主から見なされるリスクもあるでしょう。

「売り手市場」の需給環境

──障害者雇用の現状をどのように認識されていますか。

松原 2017年12月に厚生労働省が発表した最新の障害者雇用状況によると、民間企業の実雇用率は1.97%(民間企業)で前年比0.5ポイント上昇しました。法定雇用率達成企業の割合も前年比1.2ポイントアップの50%に達しています。企業規模が大きいほど高い傾向があり、従業員数1000人以上では実雇用率2.12%。法定雇用率達成企業の割合は62.0%に達しています。これらの統計から、大企業における障害者雇用の取り組みはすでにかなり進んでいるといえるでしょう。そのため現場の肌感覚としては、従業員300人未満程度の中堅・中小企業における障害者雇用の求人が急速に増えていると感じています。8月に従業員250人程度の企業の人事部長が面会に見えて、「ハローワークの雇用指導官から障害者雇用について指導が入った。これまで全くしたことがなかったが、12月までに1人雇わないとかなりまずい。いったいどうすればよいか」と相談を受けました。

──売り手市場というわけですね。

松原 はい。それともう一つ、支援者側の問題もあると思います。障害者総合支援法が制定されて以降、障害者が地域で働きながら生活していくための福祉サービスに給付金が手厚くなる方向へシフトしてきています。例えば民間企業の参入が自由化された就労移行支援施設はここ4、5年で激増しました。しかし障害者の就労支援は、障害に対する知識はもちろん、経験や高度なノウハウも必要になります。事業所は増えたものの肝心の人材が不足しており、求人の増加に対応しきれていないのが現状ではないでしょうか。

──障害者雇用で企業にはどんなメリットがありますか。

松原 第一は法令を順守するということ。二つ目は企業の社会的責任の一環として障害者雇用を位置づけることができるということ。いわゆるCSRの充実です。そして第三点はダイバーシティーの推進につながること。従業員の多様性を認める企業文化の構築や障害者もカスタマーであるという視点を育むことにつながります。
 こうした直接的なメリットのほかに、①業務の効率化②安全面の向上③仕事の見える化の促進④社員の活性化・帰属意識の向上などの効果も期待できるでしょう。ある食品メーカーの製造ラインで障害者雇用を開始した事例では、ラインに入った障害者の作業スピードが若干遅かったため、ベルトコンベヤーのスピードを遅くしました。当然1日の生産量は減少します。ところがスピードが遅くなった分安全性が向上しました。しかも正確性も増し、欠品率が少なくなりました。結局その工場では全ラインのスピードを落とす決定を下しました。ハンディキャップがあっても、環境をその人に合わせることで、企業価値の向上が実現した実例といえるでしょう。

公的制度・サービスの活用を

──間接業務も少ないうえ、ただでさえ人手不足の中小企業では、「障害者雇用まで手が回らない」というのが現状なのでは?

松原 おっしゃる通りです。社長がいて、妻が経理担当、長男が役員を務めていて……といった中小企業では、大企業のように膨大な数の間接業務はありませんから、業務を切り出して雇用を作り出すことは非現実的です。そもそも経済合理性からいって間接業務は本来機械やITによって省力化されるべきで、これを障害者の仕事にするという発想にはおのずと限界があります。そこで私が中小企業の経営者に最近提案しているのが、障害者雇用で即戦力を確保するということです。特に最近では精神障害者の採用事例が急速に増えてきています。例えば従業員300人規模のある会社は、新規事業の立ち上げとプライバシーマーク取得にかかる業務を担当する人材を障害者雇用で獲得しました。雇用したのは、大手企業の財務部長の経歴を持つ双極性障害を抱える50代男性。経営を俯瞰(ふかん)して見ることのできる優秀な人材を、決して高くない給与水準で採用することに成功したのです。精神障害のある人材には、①障害者雇用の歴史が浅いため、フレッシュな人材がたくさん残っている②中途で精神障害を発症するため社会経験が十分ある場合が多い③高学歴、有資格者が多い④若い世代が多い――などの特徴があります。またハローワークが障害者雇用について積極的に対応してくれるので、費用をかけずに採用することが可能です。

──早期退職のリスクを考えると二の足を踏んでしまう経営者もいると思います。

松原 お試しで雇用する「障害者トライアル雇用」制度がおすすめです。この制度は障害者を原則3カ月間試行雇用することで適性や能力を見極め、継続雇用のきっかけにすることを目的とした制度です。労働者の適性を確認した上で継続雇用へ移行することができ、障害者雇用への不安を解消することができます。仮に正式採用が困難であると会社が判断し、トライアル期間後に雇用関係を終了した場合でも、会社都合の退職にはなりません。さらにこの制度の利用にあたっては助成を受けることも可能です。
 特定求職者雇用開発助成金という制度もあります。これは週30時間以上勤務する障害者に1人当たり年間最大240万円を支給する制度で、助成対象期間中の人件費を助成金でまかなうことも可能になります。このほか1人当たり最大120万円が支給される東京都の「東京都障害者安定雇用奨励金」や障害者雇用継続を支援する「東京都中小企業障害者雇用支援助成金」なども整備されています。
 また東京・千代田区では、法的には義務が発生しない従業員45.5人未満の中小企業が障害者雇用を行った場合、1人当たり月額2万円を援助する独自の制度を実施しています。ハローワークにいけば障害者雇用に関する相談を親身になって聞いてくれますし、障害者が職場に適応できるよう専門家が職場に出向いて直接支援を行う「職場適応援助者(ジョブコーチ)制度」を利用することもできます。こうしたさまざまな公的サービスのメニューが豊富に用意され、それを無料で活用できる環境が整ってきており、障害者雇用のハードルがだいぶ下がってきていると感じています。

──受け入れる側はどのような心構えが必要でしょうか。

松原 固定観念を捨て、一人一人に向き合うことが第一ではないでしょうか。障害といってもその状況は個人によって全然違うので、できることとできないことを慎重に見極めながら、基本的にはその人のストレングスを発揮できるような環境を整備することが必要です。また医療機関ときちんとつながっている人を選ぶというのもポイントですね。当事者からみれば障害は治すものではなく一生付き合っていくものなので、通院や服薬を通じて上手に症状をコントロールしていかなければなりません。そうした事情を考慮して、企業も長い目で考える必要があります。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年12月号