貴重な戦力になるまで育てた女性社員が、出産・育児を理由に辞めていく──。そんな状況を変えようと、いま事業所のなかに保育園をつくる会社が増えている。

プロフィール
おおつか・まさかず●1966年、栃木県生まれ。大学卒業後、大学附属幼稚園勤務を経て、27歳で起業。実家は幼稚園を経営しており、跡継ぎでもあったが、自らが理想とする幼児教育を追い求めて、病院内・企業内保育施設の運営代行サービスや認可保育園の事業を展開中。
保育所のある会社

 人手不足が叫ばれるなか、女性のさらなる活躍が期待されている。だが、女性が働き続けるうえで大きなネックになっているのが、「仕事と子育ての両立」だ。なかでも、小学校にあがる前の未就学児をもつ女性にとって深刻な悩みは、子どもを預けられる保育園がなかなか見つからないこと。いわゆる待機児童問題だ。

 これを解消する〝切り札〟のひとつとして注目されているのが、「企業内(事業所内)保育所」である。要は、企業や病院などが子育て中の従業員のために、事業所のなか(あるいは近接地)に設置する保育所のことだ。会社に保育所があれば、子どもの送り迎えが楽だし、「朝グズっていた子どもの様子を見に、休憩時間にちょっと顔を出す」といったことも気軽にできる。

認可保育園なみの助成金

 企業内保育所の運営委託事業を手がける、キッズコーポレーション代表の大塚雅一氏がこう語る。

「地域の保育園に子どもを預けられなかった場合、せっかく戦力として戻ってきたいという女性を職場に復帰させることができません。それまで何年もかけて育ててきた女性社員をそのままみすみす離職させてしまうのでは、会社にとって大きな痛手。そんな状況をどうにかしたいとの思いから、企業内保育所を新たに設ける会社も増えています」

 企業内保育所を新設する動きが加速したのは、内閣府が2016年4月に「企業主導型保育事業」の制度をスタートさせたことが大きなきっかけとなった。一定の基準を満たして保育所を新設する会社を、認可保育園なみに助成(補助金支給)する制度である。

「認可外とはいえ、施設を作るための整備費、そして保育事業を行っていくうえでの運営費についても、認可施設と同水準の助成が受けられます」

 イオングループ、損害保険ジャパン日本興亜、ヤフー、LINE、ユーグレナなど、規模の大小を問わず全国各地の会社がこの制度を利用して企業内保育所を設立。これまでに累計2597施設(2018年3月31日現在)が助成の対象となっている。

待機児童の解消に向けて

 以前から、企業・病院などが従業員向けに設置する保育所(いわゆる「従来型」)はあったが、自治体の認可を受けない認可外保育施設であることから、国からの運営費補助は微々たるもので、企業側の負担は重かった。2015年4月からは「子ども・子育て支援新制度」(地域型保育事業)によって、市区町村の認可を得た事業所内保育施設を設置できるようになったものの、地域住民の子どもを一定数受け入れる必要がある(地域枠)などの条件がハードルとなって、利用件数が思うように伸びずにいた。

 そこで新たに制度化されたのが、企業主導型保育事業である。折しも、「保育園落ちた日本死ね」の匿名ツイートをきっかけに、待機児童問題がクローズアップされていた時期。企業内保育所が増え、待機児童問題が少しでも解消されることに、国も大きな期待を寄せているのだ。

 企業主導型保育事業の制度を活用して企業内保育所を作るのなら、従業員の働き方にあわせた施設運営ができる。例えば、従業員の休日勤務や昼夜交代制などを考慮して、土日の保育や、夜間保育も可能など、開所日や時間を自分たちで設定することが認められている。

「認可保育園なみの助成を受けながら、自社の就労形態にあった柔軟な保育サービスの提供ができることは、大きなメリットといえます。ただ、認可保育園に準じた施設を作る必要があるなど、簡単なキッズスペースを社内に設けるだけとはいきませんので注意が必要です」

 また、1社単独で設置・運営する「単独型」のほか、複数の企業が共同で設置する「共同利用型」が認められていたり、地域住民の子どもを受け入れる地域枠についても、定員の50%以内で任意に設定可能(設定しなくても可)とされていたりするなど、柔軟な運営ができる点も、企業主導型保育事業の特徴だ。この先、企業内保育所の設立を考えているのなら、活用しない手はないだろう。

「運営委託」の選択肢も

 ただ、これまで何のノウハウも持っていなかった会社が、いきなり企業内保育所を運営するのはなかなか大変である。それなりの規模をもつ会社なら、保育園を直営することもできなくはないだろうが、中堅・中小企業の場合はそう簡単にはいかないだろう。

 そこで注目したいのが、保育所の運営を代行してくれる「委託運営」サービスの利用である。要は、企業内保育所の企画から運営までをプロの事業者に任せてしまうのである。大塚氏が代表を務めるキッズコーポレーションも、そうした委託運営業者の1社だ。

「餅は餅屋で、きちんと教育を受けたプロの保育スタッフに任せたほうが保育の質も上がります。保育園の建設から運営までを自分たちでやるとなると相当な覚悟が必要ですしね」

 建物の設計にしても、子ども1人あたり何平方メートル以上のスペースを確保する必要があるといったことが事細かに決められていたりするので、なかなか一筋縄ではいかないところがある。専門性のある会社に任せてしまったほうがスムーズにいくのは確かだろう。

 なおキッズコーポレーションのほかにも、「アートチャイルドケア」「ピジョンハーツ」「ライクアカデミー」「ニチイ学館」などが保育園の委託運営事業を手がけている。そうした中から、自分たちが理想とする保育園運営をしてくれそうなところを探してみてはどうだろうか。

「ちなみに私たちキッズコーポレーションが大事にしているのは、『自由保育(※)』と呼ばれる保育方法です。子どもたちが主体となって能動的に〝やりたいこと〟をさせる自由保育を通じて、子どもの主体性を育てたり内面的な成長を促すことを、教育理念として掲げています」

 地域枠を設定して、地域住民の子どもを預かる事業者が、いい加減な教育姿勢しか持っていないのでは、自社のブランドイメージに傷が付きかねない。また、「三つ子の魂百まで」ではないが、従業員の子どもたちにきちんとした幼児教育を受けてもらうためにも、委託運営事業者がそれぞれ掲げている教育方針・理念がどんなものかをチェックし、自分たちが賛同・共感できるところを選ぶことが必要になってくるかもしれない。

 いずれにしても、社内保育所を設立すれば、従業員の福利厚生という面でもメリットは大きいし、新規採用の活動を進めるうえでも有効な武器となる。事実、社内保育所の設置によって企業価値を高めている会社は全国にいくつも存在するのだ。

※子どもには、自分たちで創意工夫して遊んだり学習したりする能力がもともと備わっている。その能力を伸長させてあげるのが、自由保育である。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2018年10月号