「月額○円で使い放題」─。1回だけの売り切り型の取引とは異なる、顧客との長期的な関係を前提とした定額継続課金のビジネスモデルが広がっている。「サブスクリプションビジネス」と称されるこの手法の、中小企業における導入事例を取材した。

プロフィール
ふじた・けんじ●1969年生まれ。東京工業大学卒業。1992年に三井物産に入社し、シマンテックや日本ユニシスなどIT分野を担当。2002年にライセンスオンラインを設立、代表取締役として3000社のECサイト販売網を構築。2006年に三井物産を退職しサブスクリプションビジネスのプラットフォームを提供するビープラッツを設立、代表取締役に就任。
成功する定額制ビジネス

──サブスクリプションビジネスとは何ですか。

藤田 これまでは、購入者が販売主に購入代金を支払い、モノの所有権が移転する取引がビジネスにおける取引の主流でした。基本的に1回の処理で完結する「ワンタイムトランザクション」の取引です。しかし昨今、動画や音楽などを定額で聞き放題、見放題できるサービスで一般消費者にもおなじみになった「サブスクリプション」と呼ばれる形態が増えつつあります。これは事業者と利用者がまずサービス契約を締結し、定額あるいは使った分(従量課金)だけ利用料を支払う取引です。前者が購入・所有を前提にした取引なのに対し、後者は、事業者と利用者の長期的なリレーションをベースに利用体験や価値共創にフォーカスを当てた取引といえます。このサブスクリプションビジネスの初歩として最も導入しやすいのが、1月ごとなど一定期間に定額の料金を支払うサービスを契約し、継続課金する定額継続販売モデルです。もちろん1回買い切りのビジネスモデルがなくなるわけではありません。音楽愛好家はどうしてもハードで手元に置いておきたいCDがあるものです。しかし買い切りや定額使い放題、従量課金などサービスの利用形態を複数のなかから選べるのは消費者の利便性を間違いなく高めると思います。

──なぜサブスクリプションビジネスが増えてきたのでしょうか。

藤田 インターネットが全世界で普及し、誰もが当たり前のようにスマートフォンを手にする時代になったという技術的な背景が一つ。クレジットカードをはじめ決済手段も多様化しているので、専用の会員プログラムなどによる課金が以前に比べ圧倒的に実行しやすくなりました。
 それからもう一つは人々の意識の変化。シェアビジネスが一般的になったことに代表されるように、適切な価格でサービスを利用できれば、消費者が必ずしも所有にこだわらなくなってきたのです。動画や音楽コンテンツの世界ではすでに、月額定額で聞き放題・見放題のサブスクリプションサービスが主流になりつつあります。
 企業にとっても、安定的な収益を得られる可能性が拡大するというメリットがあります。いかに既存顧客を維持し、離反させないかを重要視するマーケティングの手法を「リテンション・マーケティング」と呼んだりしますが、サブスクリプションはこのリテンション・マーケティングでも理にかなっている仕組みです。
 ここで頭に入れていただきたいのは、ライフタイム・バリューの考え方。ライフタイム・バリューとは、ロイヤルティーの高い常連客になってもらい、顧客が現在から将来にわたって企業にもたらすであろうトータルの利益から割り出される価値のことです。企業が継続的に発展していくためには、このライフタイム・バリューの高い顧客を確保していくことが重要ですが、サブスクリプション契約をすれば、長期にわたってリピート購入が期待できる顧客を確保することができます。
 道具がそろった、ユーザー側のライフスタイルが変わってきた、今後有望視される戦略として経営側が重視しつつある。これら三つの要素がすべてそろい、定額継続販売、ひいてはサブスクリプション型ビジネスモデルが拡大する方向に市場が大きく移り変わってきているのだと思います。

──定額制といっても昔からありますが……。

藤田 もともとサブスクリプションとはソフトウエアなどIT業界の契約で使われていた用語ですが、雑誌の定期購読という意味もあることから、現在は「定額で使い放題」という意味で使われることが多いようです。定期購読の月刊誌や、月謝を払って毎月一定の教材が届くサービスも広い意味でサブスクリプションビジネスといってもいいと思いますが、これに加え近年では、「旬のお花をピックアップして届ける」「栄養バランスを考えてお弁当を毎日宅配する」など専門家に委ねて一番いいサービスの組み合わせを提供するタイプのものが増えてきているように感じます。

既存事業プラスαで始める

──このビジネスモデルに適した業種や業態はありますか。

藤田 サブスクリプションビジネスに適している商品やサービスの分野については、私自身あまりよく分かっていません。しかしサブスクリプションサービスについての経済ニュースを普段から注意してチェックし、できる範囲で利用者としてさまざまなサービスを試してきた経験からいうと、一つの見方として、大きな投資を必要とするものや、専門家によるセレクトされた商品が定期的に利用できるようなものは、定額課金でシェアしたほうがいいという流れが強まることが考えられます。また高齢者比率の拡大とともに買い物難民の問題がいよいよ顕在化しつつあるなか、飲み水やお米などの食料品、医薬品などを定額で定期的に宅配するサービスの需要が高まることも十分予想できます。使ったこともないものを人に勧めることはできませんから、まずは経営者自ら何らかのサブスクリプションサービスを体験してみることをおすすめします。

──取り組む時のポイントは?

藤田 すでに提供している自社の商材やサービスに、キーとなる別のサービスを加えるやり方がよいでしょう。例えばカメラメーカーが、カメラの利用と撮影した写真を保管するデータストレージをセットで提供するサービスは需要があるかもしれません。高価なカメラを購入することなく、しかも容量のかさばる写真データを定額で使えるので、かなりの需要が見込まれるのではないでしょうか。カメラは単なるインプットのための機械という位置付けになり、その先の写真の保管や活用方法を含めたトータルでのサービスの価値が問われることになります。
 お弁当の定額継続販売に、ヘルスケアサービスを組み合わせるのもいいと思います。弁当を供給する企業は、その人が口にした食事の栄養素やカロリーの計算をすることができます。配達している人を通じて血圧測定ツールなどを渡せば、簡単な健康チェックと食事アドバイスをすることができるかもしれません。既存事業にプラスアルファを組み合わせたり、モノのサービス化を行うことで、無限のビジネスモデルが広がっていると思います。
 欧州では大手電球メーカーが、それまで空港の管理会社にその都度電球を販売していたやり方を変え、明るさそのものを年間契約で販売する手法を導入しました。安定的な収益につながるうえ、同社がメンテナンスを行って電球交換を効率化することで、商品パッケージなどの無駄なゴミを大きく削減することに成功。地球環境に優しい「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の先例として大きな話題を集めました。空港管理会社も照明に関する業務をメーカーに一任できるので、経費削減につなげることができます。このようにモノのサービス化には、売る側、買う側、地球環境の三方が得をする大きな可能性が秘められていると思います。

まずは売上高の1割程度から

──定期継続販売型のビジネスモデルを開始するにあたり、実務的な注意点はありますか。

藤田 先行事例などを参考にしながら利用契約をまずは整備しなければなりません。自社でできそうになかったら弁護士などの専門家に相談する必要があるでしょう。またより緻密な顧客管理や法令を順守した個人情報の取り扱いが求められるため、一定のIT投資が不可欠になるかもしれません。ただし基幹システムを刷新するような大幅な投資は必要ないでしょう。月額500円、1000円、2000円の3コースなど、そんなに複雑でない価格体系であれば、比較的安価な定期通販専用のカートシステムを提供している企業のサービス利用をおすすめします。いずれにしろアドビシステムズやマイクロソフトなど市場占有率が高いソフトウエアを提供している会社は、一気にサブスクリプションモデルに移行できますが、一般的な中小企業がこれをやろうとしても無理。多額の資金を調達し3年で回収するような事業計画を立てるのではなく、まずは売り上げの1割程度を目標にするのが現実的でしょう。課金の仕組みもクレジットカードなどの決済サービスと連携すれば、比較的容易に自動化ができるようになります。

──サブスクリプションビジネスの普及によってビジネス環境はどう変わりますか。

藤田 比較的導入しやすい定額販売モデルを初級モデルと位置付けるとすると、契約をベースに使った分だけを一定期間ごとに請求する従量課金モデルを中級モデル、複雑な料金体系を組み合わせる従量課金の複合販売を上級モデルとすることができます。さらにIoT(モノのインターネット)の普及で、製造業やメーカーによる活用も拡大していく見込みです。例えばGEは、航空機エンジンを航空会社に販売するのではなく、利用した分だけ請求するサービスをすでに導入していますが、これはIoTの技術によってリアルタイムの稼働状況が把握できるようになったから実現したことです。同じように工作機械メーカーのなかには、機器の稼働状況などのデータを蓄積しているところもあります。このデータの活用の仕方によっては、機械を持っていない会社でも、3Dの設計データをやりとりするだけで、他社の稼働していない機械を使って試作品の生産ができるようになるかもしれません。機械を時間貸しする企業も遊休資産の有効活用を図ることができます。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年8月号