返済条件の変更(リスケ)等の金融支援を必要とするほど経営状態は悪くないが、このところなぜか売り上げが減少している──。そんな中小企業が現状を突破するために不可欠のツールが「経営計画」だ。経営改善を成功に導くためのポイントを、経営コンサルタント・志村和次郎氏の話をもとに解説する。
- プロフィール
- しむら・かずじろう●群馬県生まれ。同志社大学法学部卒業。大手自動車メーカーの管理職、子会社役員を歴任。経営コンサルタント(中小企業診断士)として独立。中小企業大学校の講師、IT企業、ベンチャー企業の社長、役員を経て、起業支援団体・ニュービジネスブレイン機構の代表理事に就任。著書に『売掛債権資金化の新型資金調達法』(中央経済社)、『ヤマハの企業文化とCSR』(産経新聞出版)、『活力を生む経営60のヒント 経営改善の勘どころ』(TKC出版)などがある。
グローバル化やITを活用した技術革新が進むなかで、ユーザーが求めている商品・サービスの趣向は目まぐるしく変わっている。いま人気のある商品もあっという間に陳腐化してしまう時代なのだ。そんな中では、中小企業も「経営改善」の名のもとに、ビジネスの形態をどんどん〝衣替え〟していかなければならないだろう。
できれば経営改善に着手するのはなるべく「早め」のほうがいい。風邪が重症化してからクスリを飲むよりも、引き始めにクスリを飲んだほうが治りが早いように、経営改善も会社の経営状態が悪化する前の早めの時期に着手することが肝要なのだ。
そして、経営改善に取り組むのなら、ぜひとも目を向けてほしいのが「経営計画」の策定である。これがあるとないとでは、経営改善を成し遂げられる可能性は大きく変わってくる。経営改善を実現させるうえで不可欠のツールといえるだろう。
早期経営改善の支援制度
しかし、おおかたの中小企業経営者にしてみれば「そうは言っても、うちに計画を作れるようなノウハウがあるわけない」というのが、正直な気持ちかもしれない。でもご安心いただきたい。そんな中小企業経営者にうってつけの制度がある。平成29年5月から中小企業庁の後押しではじまった、「早期経営改善計画策定支援」制度がそれだ。税理士などの外部専門家(認定支援機関)の支援を受けながら、早期経営改善計画を作ることができる。計画策定からその後のフォローアップに掛かる費用のうち2/3(上限20万円)の補助金が支給されるというから、中小企業にとってありがたい制度である。
ただし、計画作りの一切合切を外部専門家に丸投げしてしまったら、それこそ魂が抜け落ちた経営改善計画にしかならない。そんな計画では、会社は何も変わらないだろう。
「とにかく本気で会社を変えたいと思うのなら、経営者の情熱と決意が織り込まれた経営計画を作る必要があります」
そう語るのは、経営コンサルタントとして活躍する志村和次郎氏である。昨年11月に、早期経営改善計画を策定する中小企業経営者に経営改善のヒントを提供しようと、『経営改善の勘どころ』(TKC出版)を上梓(じょうし)した。
志村氏によると、経営改善の成果をあげるには、自社の経営の見直しによるソリューション(課題解決)の推進が欠かせないという。そのためにはまず、ヒト・モノ・カネ、情報の経営資源を棚卸ししたうえで、自社の強みと弱みの両方をしっかりと認識し、課題を明確にしていかなければならない。つまり、「強みをどうやって伸ばすか」「弱みをどう改善していくのか」を考えることが先決となるのだ。
「経営改善というと、会社の問題点(弱み)を発掘して、それをどう克服していくかが重要なことに思われるかもしれませんが、自社にとって一番の強みであるコア・コンピタンスをさらに活(い)かしていくことも、会社の経営をより良くしていくためには重要なことだと思います。意外にその視点が欠けている中小企業が多いのはもったいない話です」
現状分析とソリューション
志村氏が長年にわたり経営指導をしてきたA社は、今でこそ何百人もの従業員を雇用する上場企業に成長を遂げたが、当初は東大出身の社長が起業したちっぽけなソフトウエア開発会社だった。A社の一番の強みは、社長の優秀な頭脳と、人を引きつけてやまない人間的な魅力だった。東大の学生がしょっちゅう会社に泊まり込んで、当時世界でも最先端だったAI(人工知能)と通信に関するソフトウエア開発を手伝っていたのは、彼らの探究心をあおる興味深い内容だったことに加え、社長の人柄に引き寄せられたからだった。その後、A社は卓越したテクノロジーを武器に少しずつ頭角を現していったのだが、これは会社の強みをとことん磨き続けていった結果といえる。
「自社の強み・弱みを分析することは、すなわち『自社の経営の見直し』にほかなりません。さらにそのうえで、会社の経営をもっと良くしていくための〝ソリューション〟を考えていきます。ソリューションとは要するに、こうしたいという期待値と、『しかし現状はこうである』というギャップを明確にして、期待値をどう実現するかという課題解決策のことです。経営改善は、このソリューションと表裏一体で進めていく必要があります」
ソリューションを実行していくための具体的な取り組み内容をアクションプランとして計画に落とし込み、さらにその達成度合いを数値管理していくことにより、経営改善の実現に向けて着実に前に進むことができるのだ。
「せっかく立案した計画を『絵に描いた餅』にしたくないなら、単に目標だけを掲げるだけではダメで、手段と方法をセットにする必要があります。現状分析のうえ、何を改善するかを的確に見極め、改善と対策が並行した戦略を実行していくのです」
経営改善の3つのキーワード
志村氏が、経営改善に取り組むにあたってのキーワードとして掲げているのが、
①売り上げ増の決め手であるマーケティング戦略
②コスト低減で競争力のあるプロダクション
③変化に挑戦する組織にするための人づくり
の3つである。たとえば①において、志村氏が特にその有効性を強調しているのが「ウェブマーケティング」だ。
「以前は、ある限定された地域(小商圏)に経営資源を集中するエリアマーケティングこそが中小企業にとってふさわしいとされてきましたが、いまやウェブマーケティングがそれを超越したといっても過言ではありません。出来ばえのよいECサイトを作れば、日本全国、あるいは世界を相手にしたビジネスを展開できます。非常に幅広いエリアに低予算でアプローチすることが可能になっているのです」
また、消費者へ個別のアプローチがしやすいことも、ウェブマーケティングの特徴のひとつだ。メールなどを通じて顧客一人ひとりのニーズにきめ細かく対応することで、顧客の利便性と満足度を高め、リピーター(常連客)として育成することができる。
つぎに②についてだが、これが経営改善の重要な要素になるのは、グローバル化が進行するなかで、中小企業もコスト競争力を高めていかなければ、勝ち残ることが難しくなっているからだ。メーカーはもちろん、何らかのサービスを提供している非製造業者についても、目標コストを設定し管理していくことが、利益の追求のための大切な要素となる。
そして③が必要となるのは、いかに事業コンセプトや製品力があっても、行動を起こし、結果を出すのは「人」であるからだ。経営者のマネジメント力によって、そうした人材を育成できれば、組織力は自ずと高まっていくだろう。
「場合によっては今までの経営をリセットし、ゼロベースでビジネスモデルを作り直していく手術も必要になるでしょう。従来とは異なる販売方法、サービスの提供方法を考案することが、商品力の強化とともに重要になってくるのは確かなので、勇気を持って取り組むべきです」
金融機関と連携するために
さて、経営改善に取り組むにあたっては、まず現状分析が必要なことは先に述べた通りだが、そのためのツール(道具)として今、注目を集めているのが「ローカルベンチマーク」である。これは、「財務情報(6つの指標)」と「非財務情報(4つの視点/商流・業務フロー)」をもとに会社の経営状態を分析できる、「企業の健康診断ツール」と言えるものだ。経済産業省がその公式ツールをホームページ上で提供しているほか、TKCでも昨年6月から「TKCローカルベンチマーク・クラウド」の提供を開始している。
どちらも、企業経営者が自社の経営状態を把握し、金融機関や支援機関(認定支援機関、商工会・商工会議所など)と同じ目線で会話をするための基本的な枠組みとなるもので、事業性評価の「入り口」として活用されることも期待されている。
事業性評価とは、担保・保証に必要以上に依存することなく、取引先企業の事業内容の有望さ、成長可能性などを適切に評価して行う、融資判断の際の評価手法のこと。平成26年に出された金融庁の方針のなかで、「(金融機関は)担保・保証に必要以上に依存することなく、借り手企業の事業の内容や成長可能性などを適切に評価し(事業性評価)、融資や助言を行い、企業や産業の成長を支援していくことが求められる」と明記されたことを受けて、多くの金融機関が事業性評価にもとづく融資に力を入れるようになった。
「事業性評価の前提になるのは、企業の実態を正しく反映した会計帳簿と決算書・月次試算表です。金融機関はこれらを通じて、企業の変調にいち早く気付くことができるし、対策を行動に移すのも早くなります」と志村氏は語る。
ちなみに、事業性評価の前提となる決算書や月次試算表をインターネット経由で金融機関に簡単に送れるサービスもある。それが、「TKCモニタリング情報サービス」だ。法人税の電子申告後に決算書や申告書等のデータを提供する「決算書等提供サービス」、TKCの会計事務所による月次巡回監査の終了後に月次試算表等のデータを提供する「月次試算表提供サービス」、早期経営改善計画やローカルベンチマークのデータを提供する「早期経営改善計画提供サービス」などの種類がある。経営改善を進めるにあたって金融機関の協力を得るためにも、積極的に活用したいところだ。
「経営改善を本気で成し遂げたいのなら、①企業②税理士などの外部専門家③金融機関の〝三者連携〟を組むことは有効な手段となります。そして、その三者が同じ方向に向かって進むためにも、経営計画は絶対にあったほうがいい」
まだ一度も経営計画を作ったことがないという経営者は、「早期経営改善計画策定支援」制度の活用をひとつのきっかけとして、その有効性を体感してみてはどうだろうか。それだけで、経営者としての実力を一段階上にあげることができるはずだ。
(本誌・吉田茂司)