円滑な事業承継を実現するには、期限を定めて行うべきことをまとめる事業承継計画の作成が欠かせない。中小企業の事業承継支援で豊富な実績を持つ増山英和税理士らに取材し、経営者と後継者がともに計画を作り上げるポイントなどについてまとめた。
Q1 事業承継計画作成でまずすべきことは?
A 中小企業庁などが公表しているひな形などを使って、まず社長の年齢と後継予定者の年齢をスケジュール表に書き込んでみましょう。人間は当然毎年1歳ずつ年をとり、あっという間に時間は過ぎ去っていきます。社長交代の時期が遅くなればなるほど、その準備期間は短くなります。高齢になっても元気な経営者は、その責務を無限に果たしたいという欲求にかられるかもしれませんが、人生には必ず限りがあります。どこかのタイミングで退く時を決めなければなりません。事業承継計画にまず2人の年齢を書き込むことで、この現実をあらためて実感することができます。そうして初めて株式の移転をどのようにすすめていけばよいのか、後継者をどのように教育していけばよいかなどの各論の検討に入ることができます。また事業承継はあくまで経営計画の一部であるというとらえ方をしてください。経営計画の実現のために何が必要かということを考えれば、おのずと事業承継の方法や後継者の教育方法が浮かび上がってくると思います。
Q2 作成のタイミングは?
A 事業承継を計画するにあたっては株式の評価が欠かせないので、直近の自社株式評価を行う決算終了後がベストでしょう。なぜなら決算報告会が行われる時期はPDCAサイクルが最も意識される時期であり、基本的な経営計画とともに策定された事業承継計画を1年ごとに再検討する最適なタイミングだからです。明日あさってやらなければならないような緊急性があるものではないため、どうしても事業承継の検討は後回しになりがちですが、各種計画の見直しを行う決算と同時期に、事業承継の進捗(しんちょく)状況を確認するような体制を整えておくべきです。
Q3 計画をつくる前にすることは?
A 後継者が継ぎたくなる会社に磨き上げていくことが大切です。後継者が頭を下げて「継がせてください」と頼みにくるような状態が理想でしょうが、そのためにはまず借入金の圧縮を検討すべきです。事業承継イコール債務承継でもあり、相当な重荷がのしかかることが予想されるのであれば、後継者の意欲は大きくそがれます。いわんや社員などへの第三者承継は非常に困難になります。従って承継するタイミングがひとたび決まれば、経営改善が必要な会社ほど真摯(しんし)に債務の削減に取り組むべきでしょう。場合によっては税理士など認定支援機関の支援を受けながら経営改善計画策定支援事業などを活用し、借入金残高の圧縮に向けた努力が必要になることもあります。
また金融支援をともなうほど深刻な場合でなくても、何の努力をしなくても安泰な会社などはないのですから、若干生じている問題に対し早めの対策を打っておくのもおすすめです。もちろん新たに制定された「早期経営改善計画策定支援」の枠組みを活用し、設備投資や新製品開発など経営革新をともなう前向きな計画を立案してもよいでしょう。いずれにしろ経営者と後継者が一緒に計画を作成し、現社長が「おまえが継ぎたくなるような良い会社に仕上げていく」というメッセージを伝えることが大切です。
議決権3分の2確保を優先
Q4 資本政策のポイントは?
A 何より大事なのは、後継者が会社を支配するために必要な3分の2の議決権を確保できるようにすることです。しかし相続等により事業に関係のない親族の方が株式を取得し、経営権が分散してしまうこともあります。その場合は、会社がその株式を強制的に売り渡すことを請求できる「売渡し請求制度」を利用することが考えられますが、制度を導入するには定款変更が必要となるため、スケジュールをあらかじめ考えておかなければなりません。また後継者に普通株式を相続させ、他の相続人には配当優先無議決権株式を相続させることを目的にした種類株式の発行という手段もあるので、必要に応じ検討するとよいでしょう。
Q5 親族や社員、取引先、金融機関などステークホルダーへの対応は?
A 一般的には、家族会議の開催→社内での計画発表→取引先や金融機関への紹介という順番になります。事業承継の計画公表と今後の経営の方向性を周知徹底することが大切ですが、特に金融機関への紹介は重要な意味を持ちます。金融機関は、経営能力や担保価値となりうる財産提供があるかどうかという視点で後継者を評価しますので、現社長と後継者の信用度が変わる場合もあります。金融機関との関係性を維持するうえでも、早くからコミュニケーションをとって相互理解を深めておくことが大切です。決算報告への同行や融資の相談への同席など、資金繰り折衝の現場には早くから慣れさせておくべきだと思います。
Q6 公正証書遺言の作成はいつごろがいい?
A ひとたび後継者が明確になれば、今度は可能な限り円滑に事業用資産が移転できる措置を施すことが必須になり、その役割は公正証書遺言が担うことになります。関与先企業でかつて、遺言がなかったがために事業を引き継がないお子さんが法定相続分の権利を主張し、会社の敷地や建物、工場を承継したことがあります。結局後に「家賃が低すぎる」といって賃料の引き上げを要求してきました。 また社長が会社に貸し付けている貸付金は本来事業承継者が取得すべきですが、事業に関係ない親族が相続したばかりに、最初は黙っていたものの、相続税を負担してまで取得した債権ということもあり、しばらくしてから「返済しないと第三者に債権譲渡する」と要求してきたケースもあります。見ず知らずの人に債権が渡るのも怖いことですから、そうした場合には最悪借り入れをしてまで返済を余儀なくされることもありますが、そうなれば財務内容の大幅な悪化は避けられません。遺言の作成は早めに行っておくべきだと思います。
Q7 非後継者への対応は?
A 後継者1人に事業用資産の承継を集中させると、複数の相続人がいた場合、当然取得資産額がでこぼこになってしまいます。あまりに取得額に格差が出ると、不公平感から親族間の関係が悪化することにつながりかねません。そこで私がおすすめしているのが、生命保険を活用した代償分割です。契約者=経営者(後継者)、被保険者=経営者、受取人=後継者とする生命保険を契約し、経営者が亡くなったときに受け取った保険金をもとに後継者が非後継者に一定額を支払うことで、相続人間の取得財産の格差解消を図ります。
計画作成は経営者の「使命」
Q8 株式移転の計画はどのように?
A 通常、110万円の基礎控除がある暦年課税を選択し、数年に分けて経営者から後継者に贈与していきます。しかしあまり110万円にこだわりすぎると、よい会社ほど限られた株数しか贈与できず、全株式を移転するのにかなりの期間がかかることも想定されます。その間、社長に万が一のことがあったときに、かえって期待していた節税効果を得られないこともあるため、相続税率よりも贈与税率のほうが低い場合には、たとえ110万円を超えて贈与税を負担することになったとしても、ある程度まとまった数の株式移転を優先させることもあります。
また取引相場のない株式の原則的評価方法の一つである類似業種比準方式の算定方法が今年改正されたため、株価の評価額に変動が生じている企業も多いと考えられます。改正により「退職金を払って利益を少なくして株価を下げる」といった株価対策の効果は以前ほどなくなると思いますが、一方で内部留保が厚い老舗企業などは株価対策が必要になってくるかもしれません。いずれにせよ事業承継計画の作成プロセスでは、改正後の評価方法で自社の株価をあらためて確認することになります。
Q9 後継者教育のポイントは?
A 基本的には社長本人によるOJTになりますが、どんなところにでも「連れ回す」ことが重要です。また独立性の高い事業部門の長として利益に責任を持つ経験を積ませることも必要でしょう。複数の会社を経営している経営者であれば、多少失敗してもダメージの少ない子会社の社長に就任させて「プチ経営者」として意思決定をする訓練をさせるのもよいかもしれません。
また社外の研修に参加して勉強することももちろんのこと、人脈づくりの重要性をしっかり伝えられるような計画を立ててください。後継者は社長の人脈をそのまま引き継ぐわけですが、青年会議所や商工会議所青年部、中小企業家同友会などの集まりに積極的に参加し、自身で新たにビジネス上のネットワークを広げていく必要があります。
Q10 事業承継を検討する適切な年齢は?
A 中小企業庁が昨年改定した「事業承継ガイドライン」で明記された60歳を一つの目安にして、70歳までの10年間で事業承継を進めるイメージを持つとよいと思います。60代になると生存率が大きく落ちると言われています。何ら事業承継の準備をしないまま経営者が突然死去した場合、親族に後継者が見つからず、社内でも引き受け手がおらず、経営方針が定まらないまま業績不振に陥ってしまうということも起こりえます。事業価値が毀損(きそん)すればなおさら、難易度の高いM&Aが実現するはずもありません。対応が後手に回って倒産や廃業という最悪のケースになったらそれこそ社会的な損失です。事業を何としても継続して社員を路頭に迷わせないためにも、いつごろバトンタッチするのが最適か明確にしておかなければなりません。これは経営者としての使命のひとつであることをあらためて肝に銘じてほしいと思います。
(本誌・植松啓介)