前月号で、エクセレント企業への道筋について、経営コンサルタントの形岡暁生氏とTKC顧問の宮田矢八郎氏に語り合ってもらった。今月号はその第2弾。優良企業になるためのより具体的な方策について、話は縦横に進展していく。
- プロフィール
- かたおか・あきお●中小企業金融公庫(現・日本公庫)勤務後、平成19年に独立。経営計画の策定、債務者区分ランクアップ、アメーバ経営による後継者・管理職育成などに通じる。中小企業診断士、ITコーディネーターの肩書きを持ち、経営、会計、ITの3方向から企業を語ることができるコンサルタントとして活躍中。
宮田 前月号では、エクセレント企業には経営の可視化が絶対条件であり、また、その際の「早く」「細かく」「正しく」「広く」という4つのキーワードについてお話しいただきました。
さて、近年、中小企業経営にもITやクラウドといった要素が色濃く入ってきているわけですが、このあたりからお話を再開していただきましょう。
形岡 クラウドソフトを活用すればライセンスを有する関係者間でリアルタイムに情報共有ができます。前回お話ししたように、どのレベルまで公開するかなど、戦略的にも自在性が出てくる。基本的にはより多くの社員、場合によっては外部のステークホルダーにも公開していく姿勢が必要な時代になってきているといえるでしょう。もちろん、信用不安が発生するほど業績が傷ついている場合は別ですが……。
パブリックカンパニーへ
宮田 金融機関への迅速な情報公開はポイントでしょうね。たとえば、TKCでは「TKCモニタリング情報サービス」という画期的なサービスをスタートさせています。これは企業の決算書や試算表などのデータをオンラインで(TKC会員税理士事務所を通じて)金融機関が閲覧できるというもの。もちろん、企業側の承諾の上ですが、これが思いのほか評判がいいようです。
日本橋経営研究所 形岡暁生 氏
形岡 金融機関から見て、中小企業の業績がガラス張りになれば、とりあえずの信頼性アップは期待できます。また、それが信頼のおける税理士さんのもと、集計されたものであればなおさらでしょう。一方で、経営者の方々に言いたいのは、「ディスクロージャー資料などを分析することで、金融機関を選びましょう」ということ。しっかりとした経営をしている金融機関とつきあった方がいい。債務者も金融機関もお互いに業績を分析し合う姿勢が大事です。
宮田 お互いのつっこんだ理解が必要ということですね。
形岡 金融機関の評価ができるようになると、経営者にも幅が出てくる。「あの金融機関はダメだね」などと対等な立場に立てるようになります。
宮田 少し話を戻しましょう。情報の公開にもさまざまな形があります。経営幹部だけの企業もあれば、部課長クラス、あるいは全社員、さらには、先ほど形岡さんがおっしゃったように、外部のステークホルダーにまで公開するというスタイルもあるでしょう。私は少なくとも部門の責任者までは公開すべきだと思いますが……。
形岡 業績の公開を通じて、マイカンパニーからアワーカンパニー、そしてパブリックカンパニーへと成長していく。株式上場企業は四半期ごとに業績を世界に公開しています。中小企業にそこまで要求するのは酷ですが、マイカンパニーのままではもはや通用しない時代です。少なくとも早くアワーカンパニーにしましょうと。そうすれば、社員の忠誠心が向上し、会社の体質が変わってきます。
宮田 とはいえ、その公開された情報が粉飾されたものであることも少なくない。金融機関の仕事の半分は「粉飾排除」です。でも、そのすべてを見破るのは大変。だから、これからは、金融機関が企業を見る際には、顧問税理士を見てから選別するようになるでしょう。ちなみに、TKC全国会は巡回監査、月次決算、書面添付、中小会計要領準拠などを推進していて、決算書の信頼性にブランドをかけています。
在庫管理の重要性を証明
株式会社TKC顧問 宮田矢八郎 氏
宮田 在庫管理の重要性について、もう少し突っ込んで話したいのですが。
形岡 そこです。分かりやすく、前段から話をしますね。昭和50年のことですが、私が在籍していた中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)で、「判別得点」という大発明がありました。後のスコアリングモデルです。
宮田 これは画期的でした。
形岡 判別得点が高ければ無条件で融資を行い、低ければ融資の見送り、グレーゾーンは審査をしましょうと……。企業を単一の指標で評価するこの手法はとてもありがたかったですね。われわれは、これをもう一つ進めて、縦軸に判別得点、横軸に「因子」を置いて、企業の分析をしてみたのです。例えば、試算表作成期間を因子として月次試算表が翌月の1週間以内に完成する企業グループAと、2週間以内B、1カ月以内C、1カ月超Dとしてそれぞれの平均得点を算出すると、見事に業績の良い方からABCDという順になる。最終的には2週間を分岐点に一気に悪くなります。また、1週間以内に完成しないと勝負にならない。これらの結果は不思議なほどかちっと出てくるんです。
宮田 つまり、前回うかがったように「スピード」がいかに企業業績に影響を及ぼすかを証明したわけですね。
形岡 はい。そこで、この理屈を在庫管理にあてはめるとどうなるかと考えました。仮説としては「単品管理を行っている企業の方が、そうでない企業よりも業績が良い」というものだったので、母集団を販売業に絞り、単品管理システム導入の有無を因子として2つのグループに分けて、分析を試みたのです。
宮田 なるほど。結果はどうなりましたか。
形岡 結果的には差はでませんでした。どちらでも業績は変わらなかったのです。
宮田 え? それは意外な感じがしますが。
形岡 で、私は考えました。たとえシステムを導入しても、それがワークしていないとダメなのだと。じゃあもっと単純に、実地棚卸しの回数を因子にして調べてみました。すると見事に相関性が出たのです。年12回以上のグループ、6回、3回、1回の4グループ間では、数が多いほど、業績が良かったんですね。とくに、年1回の企業は、極端に業績が悪かった。
宮田 それは示唆的ですね。TKCの仕事でも、たとえば、自計化(企業自らが会計システムを導入して帳簿を作成)したとしても、ただ数字を打ち込んでいるだけではダメですよね。数字の内容を把握し、定期的な業績検討がなされていないと意味がない。それと、その棚卸しの話は同様なんだと思います。ところで、棚卸しは「実地」が必ず必要になりますか。
形岡 実地の数字と「理論在庫」のロス率が許容範囲ならば、毎月行う必要はないでしょう。たとえば鉄板や柱など重くて大きい商材を扱うところでは、盗難のリスクは少ないので3カ月に1回の実地棚卸しでかまわないかもしれません。しかし、万引きの頻発する小売業などでは、少なくとも毎月、できれば週一くらいで、「循環棚卸し」(ロケーションごとに日程を組み、順番に棚卸しをしていくこと)を行う必要がある。業種によって違ってきます。
他社がまねできない差別化とは
宮田 判別得点が良いということは、財務内容が良いということ。それが実地棚卸しと明確な相関関係があるのはなぜでしょう。
形岡 たとえば、注文を電話で受けるとします。在庫管理がなされていなければ、倉庫へ行って確認しなければなりません。ところが、精度の高い管理が行われていれば、PC画面で有効在庫(実在庫?受注引当在庫+発注在庫)を基に顧客のニーズに合わせた対応ができます。これは大きいですよ。レスポンスタイムが違ってきます。前回お話しした「早さ」ですね。
ここで気をつけたいのは、在庫管理は精度が絶対条件だということ。在庫管理システムを導入し、一応、棚卸しをしていても、倉庫の在庫と違っているという事故を一度でも起こしてしまうと、担当者はデータが信用できなくなる。PCにせっかく数字が出ていても、結局は倉庫に確認しに行かなければならなくなるのです。
在庫管理は知識集約的な業務です。やり方次第で他社がまねできない差別化ツールとして顧客満足度、従業員満足度につなげることができると思います。
宮田 手元の資料には、形岡さんのコンサル事例がありますが、少し参照させていただきますね。
食品卸業社のA社では、商品横領が多発していた。そこで、倉庫内に地番を付し、ロケーション管理するとともに循環棚卸しを実施。これによって、持ち出しやすい菓子パンなどのロス率が高いことが判明した。その菓子パンを含め、問題が多いロケーションは日々、棚卸しを実施し、ロスが判明次第、翌日、全社にアナウンス。これによってロスは解消し、業績も黒字基調を維持しているそうです。
この会社などは典型的なケースでしょう。経営者の「実態を把握したい」という意思がうかがえますよね。
形岡 POSレジは理論在庫が一瞬で出ますが、横領や万引きが行われると、数字が違ってきます。それはもう実地棚卸しをするしかない。コンビニなどは、横領と万引きの両方を心配しなければならず、棚卸しが極めて大事になってくるし、そのデータをもとに、陳列を工夫することができます。盗難に遭いやすい商品を常に目に見えるロケーションに置くとかね。そのためには、ロケーション管理と単品管理がうまくかみ合ってなければなりません。
宮田 やはり、PCソフトを入れるだけではダメなんですね。在庫管理が尻抜けになっていると、会社は儲(もう)からないというわけだ。
形岡 ITに関していえば、約40年前、オフコンベースのパッケージソフトが、経営の主要業務を対象とする基幹ソフトとパソコンベースの会計ソフト等に分かれていきました。その際、売掛・買掛管理、在庫管理等主要な業務を基幹ソフトの方でやるようになってきた。要するにITベンダーのシステムエンジニアの守備範囲となったのです。結果、税理士の守備範囲からは、在庫管理等主要業務がやや外れたような状態になってしまった。これは自然科学にたとえると「プレートテクトニクス」(マントルの対流によって地球の外殻が四方に分かれていくこと)を思わせます。
※前月号の対談で形岡氏は、「自然科学を参考にすることの重要性」を説き、在庫管理の細分化の必要性を素粒子理論、共通経費を部門に公平に案分して社内一体感を出す工夫を磁性体にたとえている(本誌編集室)。
宮田 要は、形岡さんのような会計と経営とITの3つの領域すべてをケアできる人材が少ないという現状にもつながってきますね。ここを「伴走型」の税理士という存在がケアできれば、状況が変わってくる。中小・零細企業は非常に顧問税理士への信頼感が高い。その意味でも、税理士主導の在庫管理が求められているのではないでしょうか。
形岡 誰が全体をカバーするかです。それは税理士かもしれないし、SE、あるいは私のようなコンサルタントかもしれない。
宮田 TKCはITと税理士をつなげる役割をしています。そして、そのシステムには経営支援の仕組みもうんと入っている。
形岡 ITベンダーのSEは会計の勉強をしてませんからね。私は、現場で会うSEには、簿記2級程度の勉強をしてからでないと来るんじゃないと言います(笑)。
金融機関との連携がポイント
宮田 金融機関との連携なくして中小企業はありません。昔、数十年前になりますが、私が中小企業金融の現場にいた頃、金融機関は、審査をし担保をとって連帯保証をとる、つまり、なぜ三つもリスクヘッジをかけるのかと批判したことがありました。金融専門誌がそれを掲載してくれたのですが、これからは、その批判が的外れではなくなる。「日本型金融排除」の見直しへ向けて、時代が追いつこうとしているというわけです。いま、金融庁がさかんに言っている「事業性評価融資」は間接金融の本質なんです。昔は、銀行預金が100%保全されるんだから、融資も100%保全されるべき、との思想のもとに、担保至上主義が横行していました。リスキーな金融はベンチャーキャピタル(投資)にまかせていた。それをいま、金融庁は「事業性評価融資」という言葉で表現して方向転換を促している。これはもう文化大革命です(笑)。
形岡 さすがに革命にはまだ道は遠いかもしれませんが、中小・零細企業といえども経営者がきちんとマネジメントを行っていくことが、金融機関を含めたあらゆるステークホルダーに信頼感を植え付ける時代になってきました。システム的にも基幹ソフト、会計ソフト、賃金ソフトという「三種の神器」をひと通り理解しながら、予実対比を行って、問題があれば対策を打つ。つまり、IT、会計、経営を包括しながら、しっかりとPDCAを回していくことが重要だということ。それと、私はマネジメントは社会科学の範疇(はんちゅう)にあると思っています。そのため、日常の業務におけるさまざまなシーンを観察して仮説をつくり、それを統計的に証明していくことを繰り返している。そういう意味では統計学は大事です。
宮田 統計学ということでいえば、さきほどの、試算表作成のスピードや実地棚卸しの回数の多寡が、業績に直接結びついているというお話には衝撃を受けました。これはオリジナルの統計ですからね。世の中にはこういう着眼点の鋭い人もいるんだと感心しました。
(構成/本誌・高根文隆)