5月末からスタートした「早期経営改善計画策定支援」は、経営改善に前向きな中小企業・小規模事業者にとって多くのメリットがある制度だ。事業の枠組みや手順の詳細、計画に必要な資料の作り方などをまとめた。
健康的な生活を送るためには、定期的な健康診断と、適度な運動・健全な食生活が欠かせない。この定期チェックと予防措置の有効性は、会社経営にも当てはまるだろう。経営危機ともいうべき状況になって初めて対応策にあたふたするのでは遅すぎる。中小企業や小規模事業者がそうした緊急事態に陥る前の段階で適切な対応をとることを促し、より一層経営改善への意識を高めようと5月からスタートしたのが、「早期経営改善計画策定支援」である。事業を担当する中小企業庁金融課の茂木(もぎ)高志課長補佐はそのねらいについてこう語る。
「リーマンショック後の経済は回復基調にあるといわれていますが、貸し付け条件の変更などいわゆる『リスケ』を受けている中小企業の数はいまだに40万超あり、景気の回復状況に比べるとまだまだ改善していません。リスケを繰り返すような状況になる前に経営者自らが経営課題を発見し、それに適切な対応をとる、いわば『早期発見、早期治療』による効果的な経営改善を推進するのが、この事業の目的です」
会社版「人間ドック」と位置づけることもできるこの事業ではまず、税理士など外部専門家(認定支援機関)の支援を受けながら中小企業・小規模事業者が「早期経営改善計画」を策定。その計画を取引金融機関と共有することで経営改善を進めるというスキームになっている。外部専門家の支援を受けるため、当然計画の策定費用やモニタリング費用といった支出が必須になるが、2/3(上限20万円)の補助金が支給される。
三位一体で経営改善を推進
個人事業主や医療法人を含むさまざまな事業者がこの制度を活用できるが、社会福祉法人やLLP(有限責任事業組合)、学校法人は適用対象外となっている。また◎経営改善支援センターを活用した経営改善計画を策定済み、あるいは実施中◎中小企業再生支援事業を活用した事業再生計画を策定済み、あるいは実施中の企業がこの制度を重複して利用することはできないので注意が必要だ。
次に具体的な利用の手順についてみてみよう。
①相談・事前相談書の受け取り
まず経営者と認定支援機関が事業の適用を決めた後に、メイン行や準メイン行に対しこのことについて事前相談をしなければならない。金融機関からは「事前に相談を受けた」ことを明記した「事前相談書」を入手する。
②連名で相談・申し込み
税理士などの外部専門家と中小企業・小規模事業者が連名で「経営改善支援センター事業利用申請書(早期経営改善計画)」を、経営改善支援センターに提出する。また①で入手した事前相談書もあわせて提出する。
③計画策定支援
外部専門家の支援を受けて中小企業者・小規模事業者が早期経営改善計画を策定する。
④計画提出・受取書等の受け取り
作成した早期経営改善計画を金融機関に提出する。その際、計画を受け取ったことを明記した「受取書」を取得する。
⑤計画の策定費用の1/3を認定支援機関に支払う
⑥費用の2/3を支援
経営改善支援センターに対し、事業者と外部専門家が連名で「経営改善支援センター事業費用支払申請書(早期経営改善計画)」を提出する。その際、④で取得した「受取書」を添付する。
⑦モニタリング
外部専門家は、経営改善計画の記載に基づき事業者のモニタリングを実施し、「モニタリング報告書」を経営改善計画支援センターに提出する。
基本的な内容の書類を作成
周知の通り、経営改善を支援する事業はすでに存在している。税理士などの認定支援機関のサポートを受けながら経営改善計画を策定し、リスケなどの金融支援を受けられるようにする「経営改善計画策定支援事業」である。両者の違いは何か。従来の事業の基本的な枠組みを援用し、名称に「早期」を加えた早期経営改善計画策定支援の目的は、中小企業・小規模事業者が、早期から資金繰り管理や採算管理で基本的な内容の経営改善(早期経営改善計画の策定)に取り組むよう支援をするところにある。つまり従来の経営改善計画は金融機関から返済条件を緩和してもらうなどの金融支援を受けることを目的としていたが、早期経営改善計画では金融支援を目的としていないのだ。そのため、金融調整を伴う本格的な経営改善計画を作成する必要はなく、簡潔で基本的な計画を作成するだけでよい。茂木課長補佐はこう語る。
「営業から目先の資金確保、トラブルが起きた場合にはその対応など何から何まですべてやっている中小企業の社長は、近い将来であっても資金繰り管理や採算管理といったところまでなかなか十分に手が回らないのが現実だと思います。しかし資金繰り管理や採算管理は、経営改善の効果を直接高める『基礎』の部分。早期経営改善計画策定支援は、この『基本的な内容だが経営改善には不可欠』というところを後押しする施策です。こうしたことが整理できていれば、いざリスケなどの金融支援が必要になったときも、具体的な支援策として幅広い選択肢を持つことができるようになります。事業者と税理士などの外部専門家が早期経営改善計画にまとめたものをメイン行や準メイン行と情報共有することで、金融機関側もそうした情報を活用して、より効果的な支援を行うことができるものと考えます」
ここで早期経営改善計画に求められている書類の具体的な内容を確認してみよう。中小企業庁では原則として「ビジネスモデル俯瞰(ふかん)図」「資金実績・計画表」「損益計画」「アクションプラン」の4つを含むこと、と説明している。いずれも簡潔にまとめられた基本的な水準でよく、同庁ホームページに掲載されているサンプルをみれば具体的なイメージが湧くだろう。計画の詳しい策定方法については20ページ(『戦略経営者』2017年7月号P20)で取り上げているので、ぜひご参照いただきたい。
ロカベン活用でさらに効果
このように、早期経営改善計画策定支援は、「ここのところ資金繰りが不安定だ」 「よくわからないが売り上げが減少している」「専門家等から経営に関するアドバイスがほしい」といった悩みを抱えていたり、「今のところ返済条件等の変更は必要ないが、専門家の力を借りて自己の経営を見直したい」「自社の状況を客観的に把握したい」と考えていたりしている経営者に最適な制度なのである。①自己の経営の見直しによる経営課題の発見や分析ができる②資金繰りの把握が容易になる③事業の将来像について金融機関に知ってもらえる――などといったメリットが得られることから、経営改善支援に積極的に取り組んでいる増山英和税理士も活用を強く推奨している。
「早期経営改善計画策定支援は、設備投資を積極的にしたいという経営者にぴったりだと思います。また、よろず支援拠点などで認定支援機関のネットワークが活用できるのも大きなメリットです。当事務所ではこれまで、財務のプロである私と事業戦略のプロである中小企業診断士が共同で経営改善計画をつくり、大きな成果が出た実績もあります。意欲のある経営者にはぜひ前向きに活用を検討してもらいたいですね」
計画策定から1年後には、モニタリングによるフォローアップで進捗(しんちょく)を確認できるのも大きな特徴だ。モニタリングでは策定した早期経営改善計画が計画どおりに進捗しているかどうか、計画を策定した1年を経過した最初の決算時に、事業者が金融機関にその内容を報告すること。その際外部専門家が、早期経営改善計画と実績が乖離(かいり)している場合には、計画実現に必要な適切なアドバイスを行う。その後、必要に応じて本格的な経営改善や事業再生の支援策を活用することも可能だ。
本事業を通じて現状分析の重要性について認識を新たにし、「さらに分析をしたい」という企業があれば、ローカルベンチマークの活用をおすすめする。ローカルベンチマークとは、財務データなどを入力することで経営状態を簡単に把握することができる仕組みで、経済産業省が公式ツールをホームページ上で提供している(詳細は同・P22を参照)。金融機関との対話の際に活用されることが期待されており、早期経営改善計画策定支援とあわせて利用することで、金融機関とのよりよい関係構築に大きく寄与するだろう。
(本誌・植松啓介)