中小企業のあいだで、企業を退職した人材を活用する動きが広がっている。新卒学生の売り手市場が定着するなか、豊富な知識、経験を有する企業OBいわゆる「プロフェッショナル人材」に熱い視線が注がれる。プロ人材をいち早く“戦力”として役立てている中小企業を追った。

プロ人材が会社を救う

 政府も企業を退職した人材の再就職に向けた動きを後押ししている。「プロフェッショナル人材事業」(プロ人材事業)を行っているのが内閣府だ。東京都をのぞく46道府県にプロフェッショナル人材戦略拠点(プロ拠点)を設置。各拠点のプロフェッショナル人材戦略マネージャーが地域金融機関などと連携し、中小企業とのマッチングをサポートしている(詳細は『戦略経営者』2017年5月号16頁)。

 拠点のひとつ大阪府プロフェッショナル人材戦略拠点は2016年1月に開設された。同拠点の乾俊人マネージャーによると、ことし3月末までに成約したマッチング件数は91件。海外への赴任経験者、設計技術者、経理業務経験者などさまざまな人材を地元の中小企業に橋渡ししてきた。なかでもシャープ元社員に関わる案件は20件以上を占めるという。

「まずは中小企業経営者や経営幹部と面談して課題点をうかがい、求める人材像を明確化するところからはじまります。連携している民間の登録人材紹介会社が候補者を選定し、企業は面接等の選考を実施して採用を決めるという流れです」(乾マネージャー)

年功序列を改める

 東大阪市で特殊ナットの製造を手がけるハードロック工業もプロ拠点を活用し、OB人材を積極的に採用している1社。看板商品の「ハードロックナット」は絶対にゆるまないネジとして知られ、東京スカイツリー、新幹線といった日本のシンボルといえる建造物に用いられるなど、オンリーワンの技術をもつ。雇用しているOB人材はシャープやパナソニック出身者をはじめ、7名にのぼる。ほとんどが海外勤務経験があり、語学も堪能だという。

 ハードロックナットが新幹線に採用されたのは、「100系」といわれるモデルの開発が行われていた80年代後半のこと。鉄道技術総合研究所による厳格な性能検査では他社製品を寄せつけないほどのお墨つきを得た。16両編成の新幹線で使用されるナットは2万個以上。100万キロ走行するたびにメンテナンスを行い、全てのナットを交換する。継続的な受注が見込める効果は計り知れない。

 一方で、要求される品質水準はシビアそのもの。取引開始当初はJRがハードロックナットの受け入れ検査を実施していたが、現在はハードロック工業が社内に品質検査部門を立ち上げ、品質保証を徹底している。鉄道業界に出荷するナットは年間数百万個に達するが、不良品が1個でも紛れ込めば〝アウト〟。たちまち取引停止を宣告される。近年は海外企業との取引が増え、より一層きびしい品質検査体制が求められるようになった。若林克彦社長が明かす。

「これまでは、年功序列でところてん式に経験豊富な社員から工場長やグループ長に指名してきました。ことしで創業42年になりますが、いわば我流で会社組織を運営してきた面があります。海外からの需要の高まりを考えると、このような体制では顧客の要求に応えきれない点が多々あると気づいたんです」

 品質保証の要を担う人材を求めていた若林社長は意中の人物にめぐりあう。元シャープの藤田浩一(56)さんだ。シャープが実施した2015年9月末付けの早期希望退職に応募したのは3200名ほど。藤田さんもそのひとりだった。

特別扱いはしない

 若林社長がプロ人材事業を知ったのは、大阪府プロ拠点主催の「経営力強化セミナー」に林雅彦常務が参加したのがきっかけだった。約40社が参加したセミナーでは人材コンサルタントが登壇し、企業の採用戦略立案のノウハウについて講演した。開催後のアンケートに寄せられた要望をうけ、同拠点の加地裕子サブマネージャーは林常務のもとを訪れた。

「経営計画や組織図などを確認しながら、会社の目指す理想の姿を林常務からとことんうかがいました。理想像に近づけるために必要となる人、モノ、カネのうち、人の部分をお手伝いするのが私たちの仕事です。林常務の頭の中では求める人材像がすでに明確になっており、最優先で挙げられたのが品質管理部門と技術開発部門を束ねる社員でした」(加地サブマネージャー)

 大企業出身とはいえ、入社1年目は誰もが新人。採用面接に際しては、謙虚な姿勢が感じられるかもポイントとなった。「特別扱いは一切ない」との若林社長の言葉どおり、藤田さんも他の社員同様、月曜から金曜日まで毎日8時から17時半までフルタイムで勤務している。隔週土曜日も出勤日で、1年ごとに雇用契約を更新する。入社後半年間は知識の習得に努め、販売商品のねじに関するいろはを学んだ。1000種類以上におよぶ商品のピッチ、材質、特性といった特徴点である。

「入社当初は勝手が異なり手探りの状態ですから、ひと通りの知識を身につけてもらうのがスタートラインです。知識をベースに、長年培ってきたノウハウを生かして付加価値をつけてほしいと思っています。期待しているのは歯車のひとつではなく、グループのリーダーとして全体を俯瞰(ふかん)する役割。狭く深くひとつの仕事を究めるというより、広く浅くいろいろな仕事をカバーできるようになってもらいたいですね」(若林社長)

 藤田さんが就いたポストは品質保証グループ長だった。ミクロン単位の精度で品質を確かめる方法を部下に指導。さらに月に一度開催している勉強会では藤田さんが講師となり、品質管理の国際基準を教示している。若林社長はつづける。

「取引先さまを営業のために、訪問するとき、ご要望をうかがい解決策を提案していますが、お客さまを指導するぐらいの専門知識がないと務まりません。我流ではどうしても超えられない一線があるんです」

 書籍などでは〝東大阪のエジソン〟とうたわれる若林社長だが、ハードロック工業の原点である「発明」にかける思い入れはひときわ強い。発明するよろこびを初めて味わったのは10歳のとき。疎開先の長野県で人々が手作業で種まきをしていたのを目にして、楽に行える方法を考案した。

 それが廃材を集めてつくった「種まき機」。車輪のような回転する容器に種をいれておき、回転するたびに等間隔で空けられた穴から種が出る。腰をかがめて行う重労働から解放されたと大人たちは手放しで喜んだ。以来、「たまご焼き器」、「ペーパーホルダー」など独創的な商品を世に送り出していく。こうして「アイデアは人を幸せにする」という言葉が若林社長の座右の銘となった。

発明クラブで切磋琢磨

 そして品質保証とならび、林常務が課題としていたのが技術開発部門。同部門を統率する人材として採用されたのが、三好範和技術グループ長(51)である。シャープではエンジニアとして開発チームのリーダーを務めていた三好さんは、若手社員が製品を生み出す発想力を養う場を早速立ち上げた。毎週火曜日の終業後に開いている「発明クラブ」だ。自由参加のあつまりで、話し合った成果を「発明クラブ通信」としてまとめ食堂内に掲載している。

「メンバーのリクエストに基づきネジの改良方法など、テーマを決めて自由な雰囲気で話し合っています。なお若林社長にはアドバイザーになっていただいています」(三好技術グループ長)

 継続的なフォローアップが行われるのもプロ人材事業の特徴で、加地サブマネージャーは定期的に同社を訪問し、林常務と面談している。あっせんした社員の働きぶりを確認し、今後の経営課題なども話し合っているという。

「ハードロック工業さまでは各グループを率いるトップの方がそろいつつあります。海外市場に果敢に打って出る、テークオフのお手伝いができたと思っています」(加地サブマネージャー)

 今回のプロ人材採用にあたりキーマンとなった林常務は、日ごろのコミュニケーションを重視する。毎朝マンツーマンのミーティングを行うなど、会社の雰囲気になじんでもらうための心配りも欠かさない。若林社長は強調する。

「われわれ中小企業経営者は成果をすぐに追い求めがちですが、企業OBの方に即効性を期待するのは酷な話。新しい環境にとけこんでこそ真の実力を発揮できる。中長期の視野で戦略を立てるべきです」

 ハードロック工業は社内改革を推し進めている最中。4月には、従来グループ単位に設定していた目標を個人レベルにまで落とし込んだ。海外からの引き合いも急増中で、プロ人材の力を武器にさらに飛躍を図ろうとしている。

(本誌・小林淳一)

会社概要
名称 ハードロック工業株式会社
設立 1974年4月
所在地 大阪府東大阪市川俣1-6-24
売上高 16億円
社員数 86名
URL http://www.hardlock.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2017年5月号