個人番号の記載された「通知カード」の郵送が始まって1年。社会保障・税番号(マイナンバー)制度の利用範囲が着々と拡大している。番号収集、管理にあたっての留意点、企業経営に与える課題など、いま押さえておくべき最新情報をまとめた。
- プロフィール
- うめや・しんいちろう 野村総合研究所未来創発センター制度戦略研究室長。東京大学工学部卒。同大学院工学系研究室科履修。マイナンバー制度に関して関係省庁、関連団体との共同検討を多数実施。『これだけは知っておきたいマイナンバーの実務』(日経文庫)、『知らないとどうなる!?いちばんわかりやすいマイナンバー』(日本能率協会マネジメントセンター)、『知っておくと絶対損しない!マイナンバー』(ダイヤモンド社)などマイナンバー制度をテーマとした著書多数。
Q マイナンバー制度の進ちょく状況を教えてください。
A ほぼ計画通り進んでいます。2016年1月以降、社会保障、税に関わる行政手続きで個人番号の利用が始まっています。例えば住民票の異動や固定資産税の手続き、児童手当の申請手続きなどで個人番号の提示が求められます。個人番号カードの発行に関しても当初遅れが発生していましたが解消しつつあり、申請枚数はすでに1000万枚を超えました。
Q 2015年10月時点で海外に赴任していて日本国内に住民票がなかった人が帰国した場合、どんなタイミングで個人番号は付番されるのでしょう。
A 日本に帰国し自治体で住民登録すると後日、通知カードが郵送されることになっています。逆に個人番号を保有している人が国外へ転出する場合は自治体窓口に通知カードを返納します。
Q 個人番号カードの申請方法を教えてください。
A 市役所等の窓口で申請し、後日交付を受ける方法が一般的です。また、企業や学校等で一括申し込み(交付)することもできます。ある程度従業員のいる企業にかぎられますが、職員が職場に出向き申請手続きを行っている自治体もあります。実施の有無は自治体のホームページや窓口で確認してください。
Q 企業が今後実施することになるマイナンバーに関連する実務は?
A まず正社員、契約社員、嘱託社員、パート・アルバイトの入退社時、または結婚出産などによる扶養親族の異動があるときは、従業員から個人番号を収集する必要があります。従業員の入れ替わりが頻繁にあるスーパーやコンビニエンスストアをはじめとする小売店、外食チェーン店などでは、収集作業が煩雑になる可能性があります。なお、派遣社員は派遣元企業に個人番号を届け出ることになっているため、派遣先企業が収集する必要はありません。
扶養親族の中に従業員本人と離れて暮らしている親や子どもが含まれている場合も要注意です。よくあるのはお子さんが住民票を移さずに大学などに通っているケース。個人番号は住民票登録住所に届きますから、住民票は現住所に異動しておく方が望ましいでしょう。
それから年末年始にかけて行われる年末調整では、個人番号を記載して提出する支払い調書があります。例えば講演や原稿執筆を依頼した有識者や、会社がテナントとして借りているビルや駐車場のオーナーが個人の場合には個人番号を申告してもらい本人確認を行います。
Q 従業員以外から個人番号を書類で収集する際、普通郵便によるやりとりでも大丈夫ですか。
A はい。必ずしも書留で送る必要はありません。いつ、誰が送ったのか、あるいは受け取ったのか記録を残しておけば大丈夫です。記録を取るのは万一漏えいが起きたとき、原因を特定しやすくするためです。郵送する際は外から中身が見えない封筒で送るようにしてください。
Q 個人番号の提出を拒否されたときの対応は?
A 社会保障や税金等に関わる書類への個人番号の記載は法律で定められた義務です。その旨を従業員や支払先に説明を尽くしたものの提出を拒否された場合は、経緯を記録するよう国税庁は推奨しています。
就業規則に従業員は個人番号を申告する必要があるとの規定を盛り込むのも手です。ただ、個人番号を提出しないことのみを理由に従業員を懲戒解雇することはできません。厚生労働省ウェブサイトのFAQに掲載されていますが、会社が法令違反にわれる可能性が高いでしょう。
内定者への対応方法もよくいただく質問です。内定や採用条件として個人番号の届け出が必要であると明記されているにもかかわらず提出してもらえない場合、採用条件を満たさないため内定の取り消しも可能と考えられます。
ただし、災害で被災したり、DV(家庭内暴力)の被害者で居住地が住民票住所と異なると、通知カードが届かないケースもあるため、提出できない理由をしっかり確認することが大切です。
Q 企業が行うべき個人番号の保管におけるポイントをお聞かせください。
A 従業員などから取得した個人番号は必要がある場合にかぎり、企業は保管することができます。 個人番号をデータとしてパソコン等に保管する場合、
●社内で決められた担当者以外はアクセスできないようにする
●ID、パスワードの管理に留意する
●ウイルス対策ソフトを導入し、社内外のネットワーク接続には十分留意する
といった点がポイントになります。
一方、個人番号の記載された用紙をそのまま保管するときは、
●鍵のかかる引き出しや書棚等に施錠保管する
●鍵の管理に留意する
●いつ、誰が書類を利用したか記録をとる
といったことが重要です。高額の金庫をわざわざ購入するよりも、マイナンバーの担当者がどのような用途で個人番号を利用したのか記録をとる方が有益です。
雇用契約や賃借契約を解除したとき、あるいは個人番号記載書類の法定保存期間が経過したときには個人番号を廃棄する必要があります。後日復元できないようにシュレッダー等で裁断するか焼却溶解するようにしてください。パソコンの中に残っているバックアップデータも削除します。廃棄、削除した際も記録に残しておくようにしましょう。
Q 通知カードの写しの紛失やウイルス感染などで個人番号を流出させてしまうと処罰されるのでしょうか。
A 個人番号の漏えいが起きたときは個人情報保護委員会と漏えいの対象者に速やかに連絡してください。特に漏えいした件数が100件以上だったり、不正目的での漏えいが起こった場合は、個人情報保護委員会への報告が義務づけられています。報告後、個人情報保護委員会から必要なアドバイスを仰いでください。
故意の場合を除き、漏えいさせたことのみで刑事上の責任を問われることはありませんが、安全管理に問題があると見なされた場合は損害賠償の対象となります。個人番号は「特定個人情報」であり、漏えい時には漏えいを起こした当事者だけでなく、企業側の責任も問われます。日ごろの安全管理を徹底することはもちろん、漏えいした場合の対処方法も周知しておいた方がよいでしょう。
Q マイナンバー制度の今後について教えてください。
A 2017年7月以降、行政機関が保有する自分の個人情報などを確認できるポータルサイト「マイナポータル」が開設されます。
確定申告時の控除証明書を電子文書で提出したり、引っ越しの手続きをワンストップで行えたり、行政機関からのお知らせを受け取ることができるようになります。
そして、2018年には預貯金口座への任意による個人番号の付番も始まります。金融機関の預貯金口座に個人番号がひも付けされれば、生活保護の不正受給や脱税を防ぐことができるようになります。当初は任意でのスタートになりますが、将来的には付番が義務づけられると考えておいたほうがよいでしょう。日本国内の金融機関口座はおよそ10億口座あり、休眠口座や架空名義の口座が少なくないといわれています。そうした口座も整理されるはずです。さらに固定資産情報や戸籍への個人番号ひも付けも検討されており、議論の推移を見守る必要があります。
Q マイナンバー制度の本格的な運用が始まるとどのような労務管理上の問題が起こりますか。
A 日本国内には社会保険料の支払いを逃れている企業が相当数あるといわれています。報道によると、厚生年金や健康保険未加入の疑いのある企業は79万社にのぼるといわれており、企業に付番された法人番号を利用して特定を図る動きがあります。年金事務所の調査で未納が判明した場合、さかのぼって追徴されることもあります。心当たりのある経営者の方はまずは年金事務所に相談してください。
また、最近は就労資格のない外国人を日雇いで雇っている企業もあるようです。個人番号は国籍を問わず住民登録されていれば付番されます。そのため、就労資格のない外国人は日本に住民票がなく、個人番号は配布されません。したがって、税金や社会保険手続きに関連した書類では、個人番号欄を空欄にして提出することになります。その場合、個人番号を何らかの理由で提供できない人物であるとマークされる可能性があります。そもそも不法就労は法律違反です。個人番号を保有していない時点で雇用主は不法就労である事実に気づいているわけですから、不法就労助長罪として罪に問われる可能性もあります。
マイナンバー制度により、法律違反であるにもかかわらずこれまで看過されてきた事柄にメスが入れられるでしょう。法律を順守し、公明正大な経営を行っていれば問題はないのです。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)