東京、神奈川、大阪でイタリアンレストラン5店舗を展開しているジュン・アンド・タン。食通の間では「サローネグループ」と呼ばれ、いずれの店舗も予約が取れない名店として知られる。一流のシェフであるだけでなく、財務に精通した名経営者でもある平高行社長の手腕に迫った。

プロフィール
たいら・たかゆき●1973年11月、東京都生まれ。高校卒業後に叔父が経営していたベルギーのフランス料理店に勤務。その後フランスやイタリアなど20を超えるレストランを渡り歩き料理の腕を磨く。東京・広尾の人気店「アクアパッツァ」勤務を経て2000年に独立。趣味はドライブとツーリングで、愛車はダッジ・バイパーとハーレーダビッドソン。
平高行 氏

平高行 氏

 東京・南青山のイタリアンレストラン「イルテアトリーノダサローネ」。店内はヨーロピアン調の落ち着いた、しかしどことなく和の香りの漂うぜいたくな空間で、メニューは月替わりの昼・夜共通おまかせコースのみ。ランチ8,500円(消費税・サービス料金別)ディナー1万2,000円(同)と決して安くはないが、予約困難な超人気店として知られる。「おいしいものを出すのは当たり前」という平社長は、店舗の雰囲気や内装も含めた「トータルエンターテインメント」の提供にこだわっているという。

「美しい空間と料理は必ずシンクロします。当店では昨年に着任した料理長が、品格がありながらどことなく和の粋な部分も感じさせる料理をつくったので、その雰囲気に合うような内装に一から模様替えしました」

 個室のテーブルには岡山県産のカヤの木を使用。平社長自ら全国の材木店を探し回りイメージに合う原木を見つけた。デザインも自らが手がけ、ガラス職人や鉄工所の協力のもと、ガラスを木材で挟み込んだ斬新な形状のオリジナルテーブルを完成。食器一枚一枚から照明カバーに至るまで店舗の内装すべてに平社長の美意識が込められている。

「欧州では昼に来て夕食をとり、夜中を通り越して2時、3時までレストランにいる人がいます。みんな癒やしを求めて旅行みたいに楽しむんですね。忙しい日本ではなかなかできないかもしれませんが、『あのレストランにいくために1年間頑張れる』といってもらえるようなお店であれば本望ですね」

グラスワイン強化で在庫圧縮

 欧州で6年間修行したプロの料理人としての顔や、空間デザインも手がけるデザイナーとしての顔だけでない。平社長は数字にめっぽう強い経営者としての優れた資質も兼ね備えている。会社設立当初から同社の経営をサポートしてきた飯室税務会計事務所の飯室真人税理士もその手腕に舌をまく。

「原価管理に対するこだわりは本当にすごいですね。『かかったものはしょうがないね』というあいまいさは一切ありません。店舗ごとに個性が異なるにもかかわらず一定の原価率の達成を周知徹底し、しかもクオリティーを落とさない――このこだわりこそが同社の最大の強みです」

 各店舗が毎月守らなければならない売り上げに対する原価率の目標値を設定し、オーバーした分は店舗の「借金」とみなされ、翌月や翌々月の原材料費で調整しなければならないというから大変である。しかし一体どのようにしてこのような厳密な原価管理を行っているのだろうか。

「例えば突き出しとして薄いA5ランク牛のサーロインのなかにトリュフとポテトを合わせた一品を出すとすれば、だいたいその料理に使う牛肉は10グラム。それに対する塩分率は1.2%……といった具合に、コースメニューが前もって決まっていれば一品一品の料理であらかじめ原価を把握することができます」

 同グループではすべての店舗で毎月10日頃までに、翌月のコースメニューを決定する。それぞれの料理人から提出されたメニュー案を最終的にシェフが10品程度選考。それから15日ごろまでに使用する食材を確保できるかどうかと値段の交渉を各店舗で行う。この時にシェフは、材料が確保できるかどうかも含め原価を詳細に見積もり、決められた原価率のハードルを越えないようにしなければならない。予算のなかでロス率を少なく、最高の料理を提供するためにはどうしたらよいか常に現場のシェフが考えなければならないような組織運営がなされているのである。

 ワインの提供方法にも同社ならではの戦略が潜んでいる。同グループでは来店客にグラスワインを積極的にすすめるのが大きな特徴となっているが、そこにはアビナメント(ワインと料理の相性)を知り尽くしているプロの目利き力をサービスするという目的の他に、もう一つ理由があった。

「常温の赤ワインがよいのか、それとも温度設定した白ワインがいいのか、あるいは抜栓(ばつせん)してから3日目がよいのか、それとも1週間後か、即飲んだ方がよいのか……これらをすべて考えたうえでコース料理を決定する際におすすめのワインも決めてしまいます。ワインに対するわれわれの思いを理解していただいたリピーターのお客さまは、だいたい次回からは『おまかせで』となりますね。

 当社のワインは自然派農法の本当におすすめできるものばかりですが、グラスワインを多く提供することで、高価なボトルを多く保有しなければならないという在庫過多の状態からも解放されます」

 グラスワインを重点的に強化するという手法は、顧客満足度の向上と在庫負担の軽減、アルコール以外の食材にかける費用の捻出を一挙に実現する妙手なのである。

毎週日曜、隔週月曜は定休日

 徹底した原価管理を追求する一方、社員の働きやすい職場づくりには惜しみない力を注ぐのも平流だ。同社の成長の階段を共に歩んできた飯室税理士は特にその点を評価している。

「どんなに立派なビルに入っていても、毎週日曜日と隔週月曜日を全店定休日にしています。会社設立時は寝る間も惜しんで長時間働いていたにもかかわらず、社員にはできるだけ家族との時間が取れるよう配慮しているのがすごいと思いますね」

 長時間労働が常態化している業界にあって平社長のように明確なメッセージを発している経営者はそう多くない。加えて平社長は、社員の業務内容を一から見直してアルバイトスタッフとの役割分担をすることで労働時間の短縮を図った。

「料理にかかわるのはプロ中のプロですから、これはアルバイトにやらせるわけにはいきません。しかし出勤前や閉店後の作業になりがちな掃除や皿洗いなどの業務については、それを専門に行うアルバイトを別途雇うことができます。やはり先進国である以上、私は労働時間とそれに対する対価をはっきりさせなければならないと思います。しっかり休養がとれてこそベストのパフォーマンスが出せると思いますね」

 優秀なスタッフがいて初めて人気店になることができる。人材の重要性を熟知している平社長は、人件費だけは下げられないと強調する。

「高級店の展開でどうしてもパーセンテージを落とせないのが人件費です。横浜や大阪など比較的規模の大きな店舗では常時14人のスタッフがいます。同じような店と比べやや人数は多いですが、新卒社員を含めなにかあった時のためのプラスアルファの人員を確保しているからです。社員が急病やけがをしてしまうときに、提供する料理のクオリティーが下がったり他のスタッフの負担が重くなったりするのはまずいですからね」

 昨年8月には山形県南陽市にワイナリー会社・グレープリパブリックを設立し、高品質日本産ワインの生産に参入することに決めた。グループの店舗で提供するワインの付加価値向上という目的に加え、高齢化の危機に直面している1次産業を支援したいという強い使命感もある。

「ブドウ農家は後継者不足が本当に差し迫った問題となっていて、多くの農園が耕作放棄するかブドウの木を切るしかないという状況に陥っています。このままではブドウ産地としての歴史が消滅してしまいかねない。これをなんとか食い止め、就農を希望する若者が働く場所を提供したいという思いがあってグレープリパブリックを設立しました」

 昨年、委託醸造で初めて自社ブランドのワインを醸造した。小ロットだったが「ピカイチに味がよかった」(平社長)という。農地と栽培家宿泊施設、ワイナリー建設予定地も確保済み。地元自治体の支援もとりつけ今年には醸造免許を取得する予定だ。このほかにもさまざまな事業計画が進行中で、「これだけ飽食・美食の国は他に世界では見当たらない」(平社長)という日本でこれからも同社は時代の先端を走り続ける。

「駆除された鳥害獣の食肉を使った鹿肉のラグーソースを開発し、一部百貨店で販売したところこれが完売するなど大好評だったため、さらなるビジネス展開を考えています。また大手製粉企業とタイアップしたパスタ専用小麦粉の普及にも取り組んでいきます。さらには1泊1、2組だけでしっかりとした料理を出せる宿泊施設の運営にもトライしてみたいと思っています」

(取材協力・飯室税務会計事務所/本誌・植松啓介)

会社概要
名称 有限会社ジュン・アンド・タン
設立 2001年1月
所在地 東京都渋谷区神南1-13-4 フレームインボックス2階
売上高 4億8,000万円
社員数 約60人(パート含む)

掲載:『戦略経営者』2016年7月号